光による概日リズム調節が性周期によって変化することが明らかに...

光による概日リズム調節が性周期によって変化することが明らかに ~女性は光の浴び方に注意~

・明治大学農学部生命科学科動物生理学研究室の中村孝博専任准教授らの研究グループは、雌性マウスを用いた実験により、光を浴びた次の日の体内時計の針の進み方が性周期のステージで異なることを明らかにした。 

・女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)が減少している時期(発情後期)では、通常光に対して感受性が低い時間帯で光に反応しやすいことがわかった。

・健常女性においても、月経周期の各ステージ(月経期、増殖期、分泌期)で概日リズムの光反応性が変化している可能性がある。


【概要】   

 明治大学農学部生命科学科動物生理学研究室の中村孝博専任准教授らの研究グループが、雌性動物の性周期による概日リズムの光反応性の違いを発見しました。

睡眠-覚醒リズムなどに代表される概日リズム※1には、光によりそのリズムの基となる体内時計の針を進めたり、遅らせたりする基本特性があります。例えば、普段より早く起きた次の日の朝も早く目が覚めてしまうのは、早く起きた日の朝に光を浴びて体内時計の針が進んだからです。このような概日リズムの光反応性は位相反応曲線(図1)※2として表現することができます。しかしこれまで、雌性動物は性周期※3による血中ホルモン濃度などの生理的な変動があるため、無処置の状態での位相反応曲線は調べられていませんでした。すなわち、性周期による概日リズムの光反応性の違いは明らかではありませんでした。

中村准教授らのグループは、雌性マウスの輪回し活動リズムを記録するだけで、マウスの性周期のステージを判定できるアルゴリズムを用い、性周期の各ステージにおいて、15分間の光照射(200 - 300ルクス)に対する輪回し活動リズムを指標とした位相反応曲線を作成しました。その結果、(1)雌性の位相反応曲線は雄性のものとほぼ同じであること、光を浴びた次の日の活動開始期を指標とした(2)位相反応曲線は性周期のステージごとに異なることが明らかになりました。特に、通常光に対して感受性が低い昼の時間帯において、(3)発情後期の動物は光に対して時計の針が前に進む反応を示しました(図2)。これまでの報告と合わせると、本研究結果は、女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンが概日リズムの光反応性の大きさに深く関わることを示しています。特に女性でも月経期では、普段と異なり日中の光が時計の針を動かし、次の日の体内リズムのズレを引き起こす可能性があります。

性周期による概日リズムの光反応性の違いがわかったことで、これらの結果は、今後の概日リズム(体内時計)研究の発展に貢献するとともに、女性特有の睡眠障害などの概日リズムに関連した疾患の発症機構の解明やその治療や対策方法の考案に寄与するものと考えられます。

本研究成果は、日本学術振興会科学研究費補助金及び明治大学科学技術研究所重点研究の助成によって得られたもので、行動神経内分泌学会(Society for Behavioral  Neuroendocrinology)オフィシャルジャーナル『Hormones and Behavior』(ELSEVIER社;オンライン版7月31日付け)に掲載されました。


【研究の背景】    

 睡眠-覚醒リズム、循環機能のリズム、ホルモン分泌リズムなどに表出する概日リズムは、雌雄差(性差)があることが知られています。このような性差は、実生活において大変重要であるにもかかわらず基礎研究を進める上では他の生理機能と同様に軽視されてきました。雌性マウスの概日輪回し活動リズムは、4~5日間で回帰する性周期に伴って、活動期の開始タイミングや、活動量の増減が認められます。この性周期と概日リズムが関連する分子機構の解明は本研究グループを中心に進められてきました。しかしながら、これまでマウスなどのげっ歯類の性周期を判定するにはある程度の侵襲的を伴う方法しかなく、性周期のステージごとの生理現象の変化はあまり報告されてきませんでした。本研究グループは、2015年に輪回し活動リズムを記録するだけで性周期のステージが連続的に把握できるアルゴリズムを開発しました(Takasu et al. 2015 Cell Rep.)。本研究ではその非侵襲的な方法を用い、性周期のステージごとの概日リズムの光反応性の検討を行うことが可能になりました。

今回報告する研究結果は、「性周期に伴って変化する概日リズムの光反応性」であり、(1)概日リズムの光反応性に性差があること、(2)性周期のステージによって概日リズムの光反応性が変化することを明確に示しています。この成果は、今後の体内時計・睡眠研究分野の発展、さらには、女性医学研究に大きな貢献をすることが期待されます。

 

【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】

 女性の社会進出が促される日本の現状において、女性の健康増進は急務であり、これまで軽視されがちであった女性(雌性)特有の生理現象のメカニズムの解明は、喫緊の社会的問題を解決する糸口になる研究です。このような背景により、本研究の主旨である「雌性の概日リズム変化の観察」は、新しい治療方法確立、治療薬の開発などを促し社会に貢献する重要な課題であると考えられます。具体的に、本研究成果は、女性特有の睡眠障害などの概日リズムに関連した疾患の発症機構の解明やその治療や防止策の考案に寄与するものと考えられます。本研究グループでは「サーカディアン(概日)タイミング戦略」を提示し、ライフコースを通した心身の健康増進に貢献していきます。


【用語説明】

 ※1「概日リズム(サーカディアンリズム)」:地球上のあらゆる生物は約1日(概日)周期の体内時計機能を有しており、「昼間は活動し、夜間は休む」などの基本的スケジュールに備えて生理機能が変動します。通常、概日リズムは24時間周期に調節され、時刻情報がない(実験的)環境下では“およそ1日”周期で変動します。「概日リズムの分子機構の発見」に対して、2017年ノーベル生理学・医学賞が授与されました。    ※2「位相反応曲線」:リズムの位相を変化させる刺激を与えた時刻を横軸に、刺激によって生じた位相の変化を縦軸にプロットした曲線。図1参照。    

※3「性周期」:ほ乳類の発情周期のこと。卵巣周期とも言い、卵巣の周期的な変化に伴って誘発される周期でもある。性周期の期間は動物種によって様々で、マウスなどのげっ歯類は4‐5日周期で回帰する。発情前期、発情期、発情後期、発情休止期の4つのステージに分けられることが多い。このステージの判定は通常、毎日膣の垢を採取し組織学的に判定する。ヒトでは、子宮内膜の変化を示す“月経周期”と表されることが多く、月経期、増殖期、(排卵)、分泌期に分けられる。


【特記事項】   

※掲載誌:行動神経内分泌学会(Society for Behavioral Neuroendocrinology)オフィシャルジャーナル『Hormones and Behavior』(ELSEVIER社),  Volume 105, September 2018, Pages 41-46

論文タイトル:Photic  phase-response curve for cycling female mice

著者:Shuto  Mizuta, Mizuki, Sugiyama, Isao T. Tokuda, Wataru Nakamura,  Takahiro J. Nakamura

DOI: 10.1016/j.yhbeh.2018.07.008

論文ダウンロード:https://authors.elsevier.com/a/1XTgf,QxXSadY

※助成:本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金および明治大学科学技術研究所重点研究の一環として行われました。

※共同研究:本研究は、長崎大学、立命館大学との共同研究です。


【図と図の説明】

図1 光に対する位相反応曲線

マウスの輪回し活動(B)を長期間記録すると、Aの図が作成できる。黒い点が活動を示す。明暗サイクルで飼育している場合、照明が点灯している昼に休息し、消灯した夜に活動する。24時間真っ暗な恒常暗条件で飼育すると、活動期と休息期を保ったままマウスは自身が持つ時計の周期で活動リズムを刻む。その途中で光に暴露されると、光が当たった時間帯によって、時計の針を進めたり、遅らせたりし、その度合いも変化する。この針の進み方を図にしたのが、Cの「位相反応曲線」である。この図はマウスに6時間の光曝露を行い数日後の活動開始期を目安に時計の針の動き方を示したものである。時計の針が(1)遅れる時間帯(昼の後半から夜の前半)、(2)進む時間帯(夜の後半から昼の前半)、(3)変化しない時間帯(昼の真ん中)に分けられる。この光による位相反応曲線はヒトでもよく保存されている。

        

図2 性周期による位相反応曲線の違い

性周期が正常に回っている雌性マウスを恒常暗条件下で飼育し、15分間の光照射(200 - 300ルクス)を行い、位相反応曲線を作成した。図では、発情前期と発情後期の位相反応曲線を模式的に示している。休息期(昼)の後半(点線囲い部分)は通常光に反応しないか、反応しても位相の後退を示す時間帯であるが、発情後期の動物では位相前進を示した。

カテゴリ:
技術・開発
ジャンル:
教育 健康・ヘルスケア 美容

取材依頼・商品に対するお問い合わせに関しては
プレスリリース内にございます企業・団体に直接ご連絡ください。