8月5日「発酵の日」に考える“発酵と腐敗”の正体

8月5日は「発酵の日」。味噌、醤油、納豆、甘酒など、発酵食品の健康効果や日本の食文化に注目が集まる日です。しかし、発酵をビジネスパーソンの視点で見直すと、そこには「組織の腐敗」という切実な問題にも通じる本質が見えてきます。発酵も腐敗も、微生物の働きによって物質が変化する現象である点では同じ。では、なぜ一方は価値を生み、もう一方は忌避されるのでしょうか。室町時代から600年続く種麹メーカーの29代当主・村井裕一郎氏は、著書『ビジネスエリートが知っている 教養としての発酵』で、その境界線は人間の目的意識や解釈にあると説きます。組織もまた、放置すれば腐敗し、意図して環境を整えれば発酵する。その違いはどこにあるのでしょうか。以下にて解説いたします。ぜひ専門家取材などのご参考にしていただけましたら幸いです。
そもそも「発酵」とは一体何なのか
そもそも、「発酵」とは何でしょうか。 発酵とは狭くも広くも様々な定義がありますが、本書ではまず、「微生物の活動によって物質が変化すること」 と定義します。
発酵食品としてイメージしやすいものに、味噌や醤油があります。これらは、大豆など の原料が、微生物の働きによって味噌や醤油に変化しています。
また、酢やみりん、納豆や漬物も発酵食品です。納豆は納豆菌、漬物は乳酸菌によって 発酵します。ヨーグルトや発酵バター、乳酸菌飲料などもすべて発酵食品の仲間です。変 わったものでは、ナタデココも発酵食品です。
清酒、焼酎、ワイン、ビールなどのアルコールも、発酵によってつくられます。清酒は 米、ワインはブドウ、ビールは麦から、アルコールという物質を微生物たちがつくり出し ています。
このように、発酵は単なる「食品加工」の枠を超え、人類の食生活やさまざまな産業を裏から支えてきたダイナミックな仕組みなのです。
「発酵」と「腐敗」を分けるのは人間の主観
「発酵」と「腐敗」を分けるものとは何でしょうか。実は、それは、われわれ人間が主観的にどう思うか、です。シンプルに言うと、人間にとって 役に立てば「発酵」、役に立たない、あるいは害になれば「腐敗」になります。
牛乳に乳酸菌が湧いてヨーグルトになる。これは、人間にとって役に立つので「発酵」、 しかし、梅雨時に牛乳を外に1日置いたことで大腸菌という微生物が湧き、食中毒が起こっ てしまったら、「腐敗」と言います。
また、科学的には全く同じ現象でも、人間がどう解釈するかによって「発酵」になった り、「腐敗」になったりするものがあります。
例えば、東海地方でよく食べられる豆味噌をつくる際には、まず大豆に麹菌を生やした 豆麹をつくります。この豆麹をつくるときに、麹菌ではなく納豆菌が生え、大豆がネバネ バと糸を引いてしまうことがあります。これは、麹をつくりたい立場からすると、「腐敗」 です。実際の現場でもこれを納豆麹と言って、麹づくりの失敗例の1つに挙げます。
しかし、納豆をつくろうとして、大豆に納豆菌が生えて大豆が糸を引いたら、それは「発酵」となるわけです。逆に(こちらのパターンはあまりないのですが)、納豆をつくろう として、カビの仲間である麹菌が生えてしまえば、「腐敗」となります。
つまり、「発酵」と「腐敗」は、微生物が引き起こす現象に対して、人間が勝手にそれ を分類しているだけなのです。
「発酵」と「醸造」の違い
発酵によく似た言葉に「醸造」があります。
「醸造」の「醸」という字は、お酒を意味する 酉(トリ)偏に、豊かな状態を意味する襄(ジョウ)というつくりから成り立っています。 襄とは、祓はらい清めるという意味があり、「発酵」よりもこれから食品をつくろうという強 い意志や、食品そのものに対する敬意のようなものを感じます。
日本語よりも、英語で考えたほうがわかりやすいかも知れません。 「発酵」は英語で言うとfermentation(ファーメンテーション)、「醸造」は英語で言うと brewing(ブリューイング)です。英語に直したとき、「醸造」は動詞からきた名詞である ことを示す「ing」が付いています。このことから、「醸造」は人間の関与度が高いニュア ンスを持つことがうかがえます。
このように、「発酵」という言葉は微生物の成り行きに任せている、「醸造」という言葉 は「発酵」よりも目的意識を持って製造するという感覚がある単語と言えるでしょう。
このように、「発酵」か「醸造」かは、人間がどこまで微生物が物質を変えていくプロ セスをコントロールしたいかによって用語を使い分けているとも言えるでしょう。
奇跡的な調和を生み出す日本の発酵食品
また日本の発酵は、単一のスタープレイヤーに依存する組織ではなく、異なる個性を持つ多様な存在が手を取り合う組織の理想形を体現しています。さて、これまで「微生物」と繰り返してきましたが、発酵に使われる微生物は大きく3 種類に分けることができます。
具体的には、 ①カビ ②酵母 ③細菌 と呼ばれる3つです。
カビ、酵母、細菌、3種類すべてを使うのが、味噌、醤油、清酒などの日本の発酵食品です。西洋のワインやビールのようにつくりがシンプルな組織も美しいですが、日本の味噌や醤油、清酒は全く異なる3つの生態系が1つのタンクの中で同時に働き、奇跡的な調和を生み出します。
8月5日の「発酵の日」を機に、リベラルアーツとしての「発酵の教養」に、あなたも深く触れてみてはいかがでしょうか。
書籍情報

タイトル:ビジネスエリートが知っている 教養としての発酵
著者:村井裕一郎
ページ数:224ページ
価格:1,650円(10%税込)
発行日:2024年1月16日
ISBN:978-4-86667-649-4
書籍紹介ページ:http://www.asa21.com/book/b634307.html
著者プロフィール

株式会社糀屋三左衛門 代表取締役社長・第二十九代当主
株式会社ビオック 代表取締役社長
1979年、愛知県豊橋市生まれ。2002年に慶應義塾大学経済学部、2004年に慶應義塾大学環境情報学部卒業。2006年にアメリカのサンダーバードグローバル国際経営大学院にて国際経営学修士(MBA)取得。 その後、室町時代の創業以来、種麹を作ってきた家業である株式会社糀屋三左衛門、またその研究開発企業である株式会社ビオックに入社。以来、得意先である味噌、醤油、清酒、焼酎などの醸造メーカーと関わり「発酵」のプロとして家業に携わる。 2016年に家業を継ぎ第二十九代当主に就任。各種セミナーや執筆など、麹、発酵の魅力を発信する活動にも力を入れる。2022年には京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域修了(芸術修士)。2023年より公益財団法人日本醸造協会 理事。その他、2019年公益社団法人豊橋青年会議所理事長、豊橋市男女共同 参画審議会委員など地域社会活動の役職も多数務める。


























