坂本龍馬の「北辰一刀流長刀兵法目録」が高知で見つかる

坂本龍馬の「北辰一刀流長刀兵法目録」が高知で見つかる

~幕末のロマン再び!本資料から初めて龍馬と千葉佐那(さな)との接点が明確に~

幕末の志士 坂本龍馬が、江戸の千葉道場で修業した北辰一刀流の免状「長刀兵法目録」一巻(安政五年正月吉日付)が、このほど高知で発見され、実物を坂本龍馬研究では著名な京都国立博物館 宮川禎一氏に調査依頼しておりましたところ、調査検討した結果、他の剣術目録と共通性があることなどから間違いなく坂本龍馬が道場主の千葉定吉より受けた免状(目録)であることが判明しました。

目録01
目録01

「北辰一刀流長刀兵法目録」は、若い龍馬が江戸で鍛錬に汗を流した北辰一刀流の武術のうちの長刀兵法の目録で、安政五年一月(1858年2月)、龍馬24歳のときに、龍馬が修行した桶町千葉道場の道場主・千葉定吉から「北辰一刀流長刀兵法目録」を授けられたと言われています。
この目録は、千葉定吉の娘たちの名前 佐那・里幾・幾久(さな・りき・いく)が連なっているというユニークな形式から、以前は一部の研究者達の間で本物かどうかを疑問視する向きもありましたが、龍馬生誕150周年の年(昭和60年)に札幌市で公開された、文久三年(1863年)に龍馬が姉・乙女(おとめ)に宛てた手紙の中で、龍馬自身がこの目録の存在について言及していたため、真贋論争には終止符が打たれたと言います。
また、この目録には、「龍馬の許嫁」と言われる千葉佐那(さな)の名前が記されており、佐那の名前が入った目録はこれだけとも言われています。したがいまして、龍馬と佐那の関係性を裏付ける唯一の物的証拠ともなる資料です。

この「北辰一刀流長刀兵法目録」は一時、行方不明といわれていましたが、高知県に本社のある東証二部上場の企業、株式会社技研製作所の北村精男(きたむらあきお)氏が、所有しており、高知の龍馬歴史館(創造広場「アクトランド」内)に大切に保管されていることがわかりました。

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