芝浦工業大学(東京都江東区/学長 山田純)工学部・堀顕子教授(分子集合学研究室)らの研究チームは、同大・野村幹弘教授や名古屋大学・日下心平講師、松田亮太郎教授と共同で、取り込む分子に応じて層と層の間隔を変化させ、二酸化炭素(CO2)や芳香族分子を選択的に認識する新しい結晶材料「層間適応結晶(Interlayer Adaptive Crystal, LAC)」を開発しました。
一般的な多孔性材料では、あらかじめ形成された細孔の大きさや形を利用して分子を取り込みます。これに対して今回開発した結晶は、もともと約0.26ナノメートルという非常に小さな隙間しか持たないにもかかわらず、動力学的直径0.33ナノメートルのCO2だけでなく、直径約0.59ナノメートルのベンゼンのようなより大きな分子まで取り込むことを見出しました(図1及び2)。分子が近づくと結晶の層間が「蛇腹」のように広がり、分子を取り込んだ後も結晶性を保ちます。さらに、この結晶は単に分子の大きさを見分けているのではなく、フッ素化された層間表面と分子との静電的な相性を利用して分子を識別します。CO2を窒素(N2)やメタン(CH4)より選択的に取り込み、高湿度条件でもその選択性を維持しました。また、似た大きさをもつ芳香族分子の中でもベンゼンを優先的に認識しました。本成果は、従来の「孔の大きさで分子をふるい分ける」材料とは異なる、分子との相互作用によって結晶自身が形を変えて分子を選ぶ新しい材料設計を示すものです。
※本研究成果はWiley「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版に掲載されています。
■ポイント
●分子を取り込むと層間が伸縮する新しい「層間適応結晶(LAC)」を開発
●小さな隙間しか持たない結晶が、それより大きなCO2やベンゼンを取り込む
●フッ素化した結晶表面との静電的相互作用により、CO2をN2やCH4から分離
●高湿度条件でもCO2の選択的な取り込みを維持
●ベンゼンなどの芳香族分子を結晶内部に一次元配列させることに成功
●ベンゼンをフッ素化ベンゼンやシクロヘキサンから高選択的に分離

図1
図1. 層間適応結晶(LAC)のイメージ図

図2
図2. ゲスト分子に応じて層間距離が可逆的に変化する層間適応結晶(LAC)のa) 合成法、b) 微細孔が存在する結晶構造、c) 分子の吸着実験。フッ素化された二次元亜鉛錯体シートが積層して結晶を形成し、もとの隙間より大きなCO2やベンゼンを取り込む。取り込まれた分子は結晶内部で一次元的に配列する。
■研究の背景
CO2の回収や混合ガスの分離、化学物質の精製には、特定の分子だけを効率よく取り込む材料が重要です。現在広く研究されている金属有機構造体(MOF)などの多孔性材料では、結晶中にあらかじめ存在する細孔の大きさや形、細孔表面との相互作用を利用して分子を選択的に吸着します。しかし、CO2、N2、CH4のような小分子や、ベンゼンとそのフッ素化誘導体のように、大きさや形がよく似た分子を区別することは容易ではありません。単純な「分子の大きさ」だけでは十分な選択性が得られないためです。一方、分子結晶の中には、外部から分子が入ることで結晶構造自体を変化させるものがあります。こうした柔軟な結晶では、固定された孔を利用するのではなく、分子との相互作用に応じて結晶構造を変化させることで、従来とは異なる分子認識が可能になると期待されています。
研究チームはこれまで、結晶中の弱い分子間相互作用を利用して分子を認識・配列させる研究を進めてきました。今回、フッ素化芳香環がつくる「π-hole」と呼ばれる電子の少ない領域に着目し、この静電的な性質と結晶層の柔軟性を組み合わせることで、新しい分子認識材料の構築を試みました。
■研究の概要
研究チームは、亜鉛イオンと二種類の有機分子からなる二次元の亜鉛錯体シートを合成しました。このシートでは、フッ素化した有機分子が表面に並び、電子の少ないπ-hole領域を形成しています。二次元シートが積層すると、層と層の間に平均直径約0.26ナノメートルの非常に小さな隙間が形成されます。
興味深いことに、この隙間は分子が通過するための通常の「孔」として働くのではありませんでした。CO2など相性のよい分子が近づくと、層と層の間隔が広がり、分子を結晶内部へ取り込みます。つまり、小さな隙間が分子の侵入経路そのものになるのではなく、分子を認識して結晶構造を変化させる「きっかけ」として働いていることが明らかになりました。
CO2の吸着では、非常に低い圧力領域から取り込みが始まり、最大で亜鉛錯体の基本単位あたり約2分子のCO2を取り込みました。さらに、CO2/N2およびCO2/CH4の混合ガスを用いた破過実験(図3)では、N2やCH4が先に結晶を通過する一方、CO2は結晶中により長く保持されました。このCO2選択性は水蒸気の相対圧が0.89という高湿度条件においてもほとんど低下しませんでした。この選択性は、単純な分子サイズだけでは説明できません。フッ素化芳香環のπ-hole表面は正に偏った静電的性質を持ち、これと相補的な電荷分布をもつCO2を安定化しています。

図3
図3. a) N2、b) CH4よりもCO2が優先的に結晶内に取り込まれる破過実験。CO2を導入すると二次元シートの層間距離が拡大するが、CO2を取り除くと構造は元に戻る。
同じ仕組みは芳香族分子の認識にも働きます。直径約0.59ナノメートルのベンゼンは、もとの約0.26ナノメートルの隙間よりはるかに大きいにもかかわらず、層間を広げながら結晶内部へ取り込まれました。ベンゼンを取り込むと、結晶内の空隙体積は取り込み前の約186%まで拡大しました。それでも単結晶状態が保たれ、結晶構造解析によって分子がどこに、どのように取り込まれているかを直接観察することができました。さらに、ベンゼン/ヘキサフルオロベンゼンやベンゼン/シクロヘキサンの混合条件からも、ベンゼンが高選択的に取り込まれ(図4)、分子の大きさではなく、π-hole表面との静電的な相性によって芳香族分子を識別できることが示されました。
本研究では、このように「固定された孔に分子を入れる」のではなく、「分子との相互作用によって層間を必要なだけ広げる」という新しい分子認識機構を明らかにしました。研究チームは、この新しいタイプの結晶を「層間適応結晶(Interlayer Adaptive Crystal, LAC)」と位置付けています。

図4
図4. 結晶は層間を広げて多くの物質を取り込むがベンゼンへの選択性が突出して高い。ベンゼンはサイズや沸点が似たフッ素化ベンゼンC6F6やシクロヘキサンC6H12との混合物からでも、ベンゼンだけが結晶内に取り込まれる。
■今後の展望
これまで多孔性材料の分子認識では、「どの大きさの孔をつくるか」が重要な設計指針の一つでした。本研究は、固定された孔の大きさに依存するのではなく、分子との静電的な相互作用を利用して結晶自身が必要なだけ構造を変化させることで、取り込む分子に合わせて最適な空隙を形成し、分子を選択的に取り込めることを示しています。この考え方を発展させれば、CO2回収や混合ガスの分離だけでなく、形や大きさが非常によく似た有機分子の識別や精製にも応用できる可能性があります。また、取り込んだ分子を結晶内部に一次元的に並べることができるため、分子輸送や反応、物性制御を行う結晶材料への展開も期待されます。
さらに、π-holeなどの弱い分子間相互作用をあらかじめ結晶表面に設計することで、「孔の形」だけではなく「分子との相性」によって応答する結晶を合理的につくることが可能になります。今回提案した層間適応結晶(LAC)は、多孔性材料の高い取り込み能力と、分子結晶がもつ精密な分子認識能力を組み合わせた新しい材料設計につながると期待されます。
■研究助成
本研究はJSPS科研費 基盤研究(B)(23K21122)および芝浦工業大学が支援するS-SPIREプログラムによる助成を受けて実施されました。
■論文情報
著者:
芝浦工業大学大学院理工学研究科 修士課程 阿部 将大
芝浦工業大学大学院理工学研究科 修士課程 實方 友輝
名古屋大学大学院工学研究科 講師 日下 心平
名古屋大学大学院工学研究科 教授 松田 亮太郎
芝浦工業大学大学院理工学研究科 教授 野村 幹弘
芝浦工業大学大学院理工学研究科 教授 堀 顕子
論文名:
Low-Pressure CO2 and Aromatic Recognition by Interlayer Adaptive Crystal of π-Hole-Functionalized Zn(II) Coordination Sheets
掲載誌: Angewandte Chemie International Edition
DOI : 10.1002/anie.4090353
■芝浦工業大学とは
工学部/システム理工学部/デザイン工学部/建築学部/大学院理工学研究科
https://www.shibaura-it.ac.jp/
理工系大学として日本屈指の学生海外派遣数を誇るグローバル教育と、多くの学生が参画する産学連携の研究活動が特長の大学です。東京都(豊洲)と埼玉県(大宮)に2つのキャンパス、4学部1研究科を有し、約10,000人の学生と約300人の専任教員が所属。2024年には工学部が学科制から課程制に移行。2025年にデザイン工学部、2026年にはシステム理工学部で教育体制を再編し、新しい理工学教育のあり方を追求していきます。創立100周年を迎える2027年にはアジア工科系大学トップ10を目指し、教育・研究・社会貢献に取り組んでいます。



























