医療法人社団久視会いわみ眼科

    眼内レンズは、なぜここまで進化したのか―水晶体再建術の歴史から考える【後編】

    ―水晶体再建術の歴史から考える【後編】ー

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    2026年6月28日 16:00

    はじめに ― 後編のテーマは「屈折の再建」

    前編では、白内障手術を「光路の再建」という視点から見てきました。
    しかし、水晶体の役割は光を通すことだけではありません。
    もう一つの重要な役割があります。
    それが、ピントを合わせる「屈折」です。
    水晶体の機能は、
    光を通す「透光」とピントを合わせる「屈折
    の二つです。
    そのため白内障手術は、濁りを取るだけでは完結しません。
    光が通るようになったあと、どのようにピントを合わせるのか。
    どの距離を見やすくするのか。
    どのような見え方を目指すのか。
    後編では、「屈折の再建」という視点から、眼内レンズの進化を見ていきます。


    1. レンズを失うという問題

    白内障手術では、濁った水晶体を取り除きます。
    しかし水晶体を取り除くということは、目の中のレンズを失うということでもあります。
    水晶体には、約20D、つまり強い凸レンズとしての力があります。
    この屈折力を失うと、目は強い遠視の状態になります。
    かつてはこれを、分厚い眼鏡で補っていました。
    いわゆる「牛乳瓶の底」のような眼鏡です。
    しかし、この方法には多くの問題がありました。
    物が大きく見える。
    距離感が狂う。
    視野が狭くなる。
    左右差があると両眼で見にくい。
    光は通るようになっても、快適に見えるとは限らなかったのです。

    そこで生まれたのが、
    「目の中に人工のレンズを入れる」
    という発想でした。


    2. 戦闘機の風防から生まれた眼内レンズ

    眼内レンズの誕生には、非常に興味深い歴史があります。
    第二次世界大戦中、戦闘機の風防が砕け、その破片が目の中に入った兵士たちがいました。
    通常であれば、強い炎症が起こりそうに思われます。
    ところが、その破片は意外にも目の中で大きな問題を起こしませんでした。
    この風防に使われていた素材が、PMMA、ポリメチルメタクリレート、
    いわゆるアクリルガラスです。
    PMMAは透明性が高く、軽く、比較的安定した素材です。
    現在でも、水族館の大型水槽、展示ケース、透明な板材などに使われています。

    この経験から、
    「この素材なら、目の中に入れるレンズとして使えるのではないか」
    と考えた眼科医がいました。Harold Ridleyです。

    1949年、Ridleyによって世界初の眼内レンズが誕生しました。
    これは現代白内障手術における、大きな転換点でした。
    白内障手術は、光を通す手術から、ピントを再建する手術へと進み始めたのです。


    3. 眼内レンズはどこに置くのか

    眼内レンズが作られても、すぐに現在の形になったわけではありません。
    次の大きな課題は、
    「そのレンズをどこに置くのか」
    でした。

    虹彩の前に置く方法。
    虹彩に固定する方法。
    水晶体嚢の外に置く方法。
    さまざまな方法が試みられました。

    しかし、眼の中は非常に繊細です。
    角膜の内側には、角膜内皮細胞という大切な細胞があります。
    この細胞は角膜の透明性を保つために重要ですが、一度大きく失われると基本的には再生しません。
    眼内レンズが角膜内皮に近すぎると、長期的に角膜が濁る原因になります。

    また、虹彩に負担がかかれば、炎症や眼圧上昇の原因にもなります。
    長い試行錯誤の中で、最終的に最も自然で安定していたのは、人間が元々持っていた水晶体の袋の中に入れる方法でした。

    前編でお話ししたCCCや後嚢温存は、このために存在します。
    水晶体嚢は、濁った水晶体を取り除いた後の「空き袋」ではありません。
    眼内レンズを安全に、長く、安定して支えるための土台なのです。


    4. 素材の進化が手術を変えた

    初期の眼内レンズはPMMAで作られていました。
    PMMAは透明性が高く、目の中で安定した優れた素材でした。
    しかし、大きな弱点がありました。
    硬いことです。
    硬いレンズは折りたためません。
    そのため、眼内に入れるにはレンズの直径に近い大きな切開が必要でした。
    せっかく手術手技が進歩しても、硬いレンズを入れるために傷が大きくなってしまう。
    これは大きな課題でした。
    その後、シリコーンやアクリル素材の眼内レンズが登場します。
    これらの素材は、折りたたんで小さな切開から挿入することができます。
    この進化により、白内障手術の小切開化は大きく進みました。
    つまり眼内レンズの進化は、単にレンズの進化ではありません。
    手術そのものを、より小さく、より安全にする進化でもあったのです。


    5. 眼内レンズは「見え方」を変えてきた

    眼内レンズの進化は、素材だけではありません。
    見え方そのものも進化してきました。
    初期のレンズは、球面レンズでした。
    その後、より自然で歪みの少ない見え方を目指して、非球面レンズが使われるようになりました。
    乱視を補正するトーリックレンズも登場しました。
    さらに、複数の距離にピントを合わせる多焦点眼内レンズ、焦点の幅を広げる焦点深度拡張型眼内レンズも使われるようになりました。
    白内障手術は、
    見えるようにする手術」から、「見え方を設計する手術
    へと進化してきたのです。


    6. 眼内レンズの度数計算は未来予測である

    患者さんから、
    「眼内レンズの度数はどうやって決めるのですか」
    と聞かれることがあります。
    実は、眼内レンズの度数決定は非常に精密な作業です。
    眼科医は、眼球の長さである眼軸長、角膜のカーブ、前房の深さなどを測定します。
    そして、手術後にどのようなピントになるかを計算します。

    しかし、本当に難しいのは、
    「眼内レンズが術後にどこへ落ち着くか」
    です。

    同じ度数のレンズでも、目の中で少し前に位置するのか、少し後ろに位置するのかで、術後のピントは変わります。
    この術後のレンズ位置の予測が、眼内レンズ計算の重要な部分です。
    眼内レンズ計算式は、経験則の時代から始まりました。
    その後、光学理論を取り入れた計算式が発展しました。
    現在では、ビッグデータやAIを活用した計算式も使われるようになっています。
    白内障手術は、単なる手技ではありません。
    その人の術後の見え方を予測する、精密な予測医学でもあるのです。


    7. なぜ多焦点眼内レンズが生まれたのか

    人間は、光が通るだけでは満足しません。
    遠くを見たい。
    パソコンを見たい。
    スマートフォンを見たい。
    新聞や本を読みたい。
    現代の生活では、必要とされる距離が一つではありません。

    そこで生まれたのが、多焦点眼内レンズです。

    現在主流の多焦点眼内レンズの多くは、回折型と呼ばれる構造を持っています。
    レンズ表面に細かな同心円状の段差を作り、入ってきた光を複数の焦点へ振り分けます。
    遠方を見るための光。
    中間距離を見るための光。
    近方を見るための光。
    こうして、眼鏡への依存を減らそうとするのが多焦点眼内レンズの考え方です。

    しかし、ここには避けられない代償があります。
    光の総量が増えるわけではないからです。
    複数の焦点を作るということは、光を分配するということです。

    その結果、ハロー、グレア、コントラスト感度の低下が起こることがあります。
    ハローとは、光の周囲に輪がかかって見える現象です。
    グレアとは、まぶしさを強く感じる現象です。
    コントラスト感度が下がると、くっきり感や暗い場所での見やすさが低下することがあります。
    つまり多焦点眼内レンズは、
    焦点を増やす代わりに、画質を少し犠牲にする」レンズなのです。


    8. 単焦点、多焦点、EDOFの違い

    眼内レンズを選ぶときに大切なのは、
    「どのレンズが一番高性能か」ではありません。
    何を優先し、何を許容するか」です。

    画質そのものは、現在でも単焦点眼内レンズが最も優れています。

    単焦点眼内レンズは、一つの焦点に光を集める構造です。
    光を分散させないため、コントラストが高く、見え方も自然で、夜間視力にも有利です。
    その代わり、はっきり見える距離は基本的に一つです。
    遠くに合わせれば、近くを見るときに眼鏡が必要になります。
    近くに合わせれば、遠くを見るときに眼鏡が必要になります。

    一方、多焦点眼内レンズは、遠方・中間・近方など複数の距離を見やすくするために作られたレンズです。
    現在主流の多焦点眼内レンズの多くは、回折型と呼ばれる構造を持っています。
    これは、レンズの表面に非常に細かい同心円状の段差、いわば「刻み」を入れることで、入ってきた光を複数の焦点に振り分ける仕組みです。
    遠くを見るための光。
    中間距離を見るための光。
    近くを見るための光。
    このように光を分けることで、眼鏡への依存を減らすことを目指します。

    しかし、光の総量が増えるわけではありません。
    一つの焦点に集めていた光を、複数の焦点に分配することになります。
    さらに、レンズ表面の細かな段差構造によって、光がにじんだり、輪のように広がったりすることがあります。
    これが、ハローやグレアの原因になります。
    ハローとは、夜間のライトの周囲に輪がかかって見える現象です。
    グレアとは、光をまぶしく、にじんで感じる現象です。

    また、光が分配されることで、くっきり感、つまりコントラスト感度が下がることもあります。
    つまり多焦点眼内レンズは、
    焦点を増やして眼鏡依存を減らす代わりに、画質や夜間の見え方を少し犠牲にする」レンズなのです。

    焦点深度拡張型眼内レンズ、いわゆるEDOFは、単焦点と多焦点の中間的な考え方のレンズです。
    多焦点眼内レンズのように、遠方・中間・近方という明確な複数の焦点を作るのではありません。
    一つの焦点の幅を広げることで、単焦点よりもピントの許容範囲を広げるレンズです。
    そのため、見え方の質を比較的保ちやすく、ハローやグレアも単焦点眼内レンズと同等程度とされています。

    一方で、眼鏡への依存を減らす効果は、回折型多焦点眼内レンズには及びません。
    近方視力には限界があり、細かな文字を読む場合や長時間の読書では、眼鏡が必要になることも少なくありません。

    つまりEDOFは、
    「眼鏡から完全に卒業するレンズ」
    というより、
    単焦点に近い見え方の質を保ちながら、焦点の幅を少し広げるレンズ
    と考えると分かりやすいでしょう。

    眼内レンズ選びには、必ずトレードオフがあります。
    画質を重視するのか。
    眼鏡依存を減らしたいのか。
    夜間運転をするのか。
    読書を重視するのか。
    パソコン作業が多いのか。
    その人の生活によって、最適な選択は変わります。


    9. 未来の見え方を設計する時代へ

    墜下法の時代、人類はまず光を取り戻そうとしていました。
    それは、白内障手術における「光路の再建」でした。

    現代の白内障手術は、その先へ進んでいます。
    どの距離を見やすくするのか。
    どの見え方を優先するのか。
    どの不便さを許容できるのか。
    どの生活を大切にしたいのか。

    これは「屈折の再建」です。

    万能の眼内レンズは存在しません。
    しかし、その人に最適な眼内レンズは存在するかもしれません。
    だから私は、手術前に生活スタイルを詳しく伺います。
    眼内レンズ選びは、単なるレンズ選びではありません。
    その後の人生の見え方を設計する作業だからです。
    白内障手術は、単に濁りを取る手術ではありません。

    水晶体が担っていた「透光」と「屈折」を再建し、その人の未来の見え方を整える医療なのです。


    医療法人社団久視会 いわみ眼科
    理事長:岩見 久司(医学博士・日本眼科学会認定 眼科専門医)
    所在地:兵庫県芦屋市公光町11-2 CH158 BLDG HANSHIN ASHIYA 2F
    公式サイト:https://iwami-eyeclinic.com/
    TEL:0797-35-0183

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