教えて清水先生!!住まいの相談室 ー住宅は、生涯の耐久消費財(第2回:家のしまい方)|PropTech-Lab

清水 千弘・PropTech-Lab 所長
一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て、現職に至る。
皆さん、こんにちは。
株式会社property technologiesが設立した不動産テック研究・開発組織 『PropTech-Lab(プロップテック・ラボ)』所長の清水千弘です。
前回(第1回)のテーマは、長く住むための「リフォームの順番」でした。限られた予算で中古住宅をリフォームする際にどう判断すべきかを、ユーザーコストの視点から解説しました。
【関連記事】 住宅は、生涯の耐久消費財(第1回:住み続けるための中古住宅)
今回は、住宅という「生涯の耐久消費財」と向き合うとき、避けて通れない一つの現実についてです。それが「出口戦略」、つまり家のしまい方です。
サンクコスト(埋没費用)を見える化し、ユーザーコストで“出口”を選ぶ
「親の家を相続したけれど、住む予定がない」
「売りたいのに売れない。貸したいのに貸せない」
「兄弟姉妹で話がまとまらず、手続きが進まない」
「空き家のまま何年も放置してしまっている」
こうした相談は、この数年で急増しています。いわゆる“相続できない家”“引き継げない家”の問題です。ここで重要なのは、「法律的に相続できない」というよりも、実務的に“持ち続けられない”という意味での「相続できない」が増えていることです。
背景には、人口構造の変化、地域による需要の差、そして建物の老朽化があります。住宅は、うまく使えば生活を支える“資産”ですが、使われない住宅は、固定資産税や管理、修繕、防犯、近隣対応といった負担を生み、資産というより“管理の対象”になります。
この問題をこじらせる最大の要因が、経済学でいうサンクコスト(埋没費用)です。そして、解決のために強力な道具になるのが、これまでの連載で扱ってきたユーザーコストの枠組みです。

結論を先に言えば、家のしまい方は次の二つを同時に満たすように設計するのが最も合理的です。
1.サンクコストに引きずられない(過去ではなく未来で決める)
2.ユーザーコストを基準に、最も損失の小さい“出口”を選ぶ
以下、その考え方を、できるだけ専門的に、皆さんにも共感できる言葉で整理します。
まず明示したい「サンクコスト」:家が動かなくなる最大の心理的原因
サンクコスト(埋没費用)とは、すでに支払ってしまい、どんな選択をしても取り戻せない費用のことです。代表例は、「昔建てたときにかかった建築費」「過去に払った固定資産税」「昔のリフォーム代」などです。
相続の現場でサンクコストが強く働くと、次のような“止まり方”が起きます。
▢建てたときは3,000万円かかったのに、今は数百万円と言われる
→ “損を確定したくない”気持ちで売れない
▢親が大切にした家を、安く手放すのは申し訳ない
→ 感情が価格に乗り、値下げができない
▢片付けや修繕にすでにお金を使ったのだから、ここで手放すのはもったいない
→ 追加投資を重ね、さらに抜けられなくなる(典型的なサンクコスト効果)
しかし、経済学の意思決定は冷たいのではなく、むしろ“家族を守る”ために冷静です。大事なのは、この一点です。
今日の意思決定で問題になるのは、過去にいくらかかったかではなく、
今日から先、いくらかかるか/いくら入ってくるかです。
建築費3,000万円は、過去の事実として尊重してよい。けれど、それは「今日から先の最適な選択」を決める材料にはなりません。
この“切り分け”ができると、家のしまい方は急に前に進みます。
ユーザーコストで見ると、空き家は「家賃を払って住んでいない状態」になる

ここからが本題です。ユーザーコスト(user cost)とは、住宅を「持つ」ことで毎年どれだけのコスト(または収益)を生むか、という概念です。
簡略化して言えば、

となります。
これまでの連載でも繰り返してきたように、均衡に近い状態では、住宅の「住む価格」である家賃と、「持つ価格」であるユーザーコストは大きくズレません。ズレれば、人々が借りる/買うの行動を変えて、ズレが縮む方向に動くからです。
ここで空き家を考えてみます。空き家は「住んでいない」ので、住むサービス(家賃に相当する便益)を得ていません。つまり、空き家の所有者は、
▢住む便益:ほぼゼロ
▢持つコスト:税・管理・劣化・リスクは発生
という状態になります。
言い換えると、空き家を放置することは、
家賃を払って住んでいない(=負の家賃を払い続けている)のと同じです。

この感覚を、あえて“生活者の言葉”に変換するとこうなります。
▢賃貸:毎月、家賃を払う(目に見える)
▢空き家放置:毎月、税と管理と劣化を払う(見えにくい)
見えにくいだけで、実際には支払いが発生し、さらに建物は時間とともに傷み、経年減価率が上がる(価値の落ち方が速くなる)ことすらあります。

だから「とりあえず放置」は、多くの場合、最もコストが高い選択になります。
しまい方の第一歩は「空き家のユーザーコスト家計簿」を作ること

では、どうやって現実に落とすか。おすすめは、空き家を“家計簿”にすることです。難しくありません。次の項目を年額で足していきます。
▶固定資産税・都市計画税
▶火災保険(必要なら)
▶最低限の管理費(草刈り、換気、通水、雪国なら除雪)
▶交通費・時間(遠方だとここが大きい)
▶小修繕(雨樋、鍵、割れ窓、害獣対策など)
▶劣化・減価(これは“見積もり”でよい)
▶リスク(倒壊・漏水・近隣苦情・不法侵入などの期待損失)
ここまで合計すると、「この家を空のまま持つコスト=空き家の家賃」が見えます。
月換算にすると、驚くほど実感が湧きます。月2万円、3万円、地域や状態によってはそれ以上になることもあります。
この時に大切なのは、サンクコストを混ぜないことです。
「昔かかった建築費」「過去の税金」は家計簿に入れません。今日から先の家計簿だけを作ります。
“出口”をユーザーコストで比較する:売る・貸す・壊す・譲る
家の出口は、原則として4つです。
1.売る
2.貸す
3.壊す(更地化)
4.譲る(無償譲渡、寄付、制度を使う)

ここでの判断は、思想ではなく比較です。ユーザーコストの枠組みに落とすと、論点は明確になります。
(A) 売る:将来のユーザーコストを“ゼロ”にする選択
売る最大の意味は、将来のユーザーコストを止められることです。
空き家の問題は、「価値が低いこと」ではなく、「価値が低いのにコストが出続けること」です。売却が成立すれば、この“出血”は止まります。
ここでサンクコストが邪魔をします。
「買値(建築費)より安い=損」という感覚は自然ですが、意思決定としては危険です。損を確定したくないために放置すると、将来コストが積み上がり、結果的に損が拡大することがあるからです。
したがって売却の要点は、精神論ではなく、
▢価格は市場に合わせる(期待ではなく成約可能性)
▢時間をかけすぎない(劣化で条件が悪化する)
です。
(B) 貸す:家賃収入でユーザーコストを相殺できるか
賃貸は「家が収益を生む」ように見えるので魅力的です。しかし、判断は必ずユーザーコストで行うべきです。
賃貸で見るべきは家賃の額そのものではなく、
家賃収入 − (空室・修繕・管理・更新費)
が、空き家のユーザーコストをどれだけ相殺できるかです。
そして、もう一つ重要なのは「初期投資の扱い」です。
賃貸に出すためのリフォーム代は、過去ではなく未来の投資です。つまりサンクコストではありません。だからこそ、
▢その投資で、家賃がどれだけ上がるのか
▢空室期間がどれだけ短くなるのか
▢将来の修繕ショックがどれだけ減るのか
という“未来の効果”で評価しなければなりません。

ここを曖昧にすると、「直せば貸せるはず」という期待だけで投資してしまい、回収できずに終わることがあります。
(C) 壊す(更地化):建物の減価とリスクを止めるが、税や管理は残る
解体は「しまう」手段として有効です。倒壊リスクや近隣リスク、建物の急速な劣化(高い減価率)を止められるからです。
ただし、解体は万能ではありません。理由は二つあります。
▢解体費がかかる
▢更地にしても、土地の管理と税は残る(地域によっては売れにくい)
さらに政策面では、空き家が適切に管理されず自治体から勧告等を受けると、固定資産税の住宅用地特例の扱いが問題になります。近年の制度は、放置を抑制する方向に動いています。国土交通省の資料では、特定空家等だけでなく管理不全空家等でも、勧告により住宅用地特例の対象から除外され得ることが示されています。

つまり「放置しても税が軽いから解体しない」という期待は、制度の方向性として弱くなっています。解体は、税の損得だけでなく、リスクとユーザーコストの総額で判断する必要があります。
(D) 譲る/手放す:市場が薄い地域では「価格より“総額の最小化”」
市場が薄い地域では、「売値がつくか」より、「総額の負担をどう減らすか」が中心になります。
このとき現実的に選択肢になるのが、無償譲渡、地域団体との連携、自治体の仕組み、そして制度利用です。
近年の大きな制度として、相続等で取得した土地について、一定の要件を満たせば国に帰属させる道を開いた仕組みがあります。制度の趣旨は、望まない土地取得が所有者不明土地や管理不全化につながることを抑える点にあります。運用開始日や制度趣旨、申請・承認・負担金納付といった流れ、運用状況は法務省関係者による整理でも説明されています。また、制度概要として、審査手数料が土地一筆あたり14,000円であることは法務省の案内でも示されています。

ここで皆さんに強調したいのは、制度名を覚えることではありません。
大事なのは、「無料で捨てられる」かどうかではなく、“将来のユーザーコスト”と“手放すための費用”を比べて、総額で最小化するという意思決定の型です。
「相続できない家」を生み出さない:三つの見える化を“サンクコスト抜き”で行う

ここまでの話を、生前対策に落とすと結論は明快です。“相続できない家”を生まないためには、次の三つを見える化し、それを家族で共有することが重要です。
(1)権利関係の見える化:誰が決める家なのか
相続後にトラブルになりやすい最大の原因は共有です。共有になると、売る・貸す・壊す・修繕する、すべてが止まりやすくなります。
さらに近年、相続登記については申請義務が明確化されています。法務省によれば、相続(遺言を含む)で不動産を取得した相続人には、知った日から3年以内の相続登記申請が義務付けられ、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象となり得ます。また、施行日(令和6年4月1日)より前の相続についても対象となり、一定の猶予期間が設けられています。
この制度は、「名義が曖昧なまま放置」を減らし、動かせない不動産を減らす方向の政策です。
(2)コストの見える化:空き家の“家賃”はいくらか
固定資産税、管理、修繕、そして劣化。
これを今日から先で見積もる。過去の建築費は入れない(サンクコストだから)。
この見える化ができると、家は感情論ではなく「設計」に戻ります。
(3)出口の見える化:売る/貸す/壊す/譲る
出口は期待ではなく、条件で決まります。
売れるのか、貸せるのか、壊した方がよいのか、譲る道があるのか。
出口が曖昧なまま時間が過ぎることが、空き家問題の出発点になります。
すでに空き家になっている場合:棚卸しは「ユーザーコストの分解」から始める
空き家になってしまった場合、最初の一手は“行動”ではなく棚卸しです。焦ってリフォーム投資をしたり、価格設定を強気にして売れ残ったりすると、時間だけが過ぎます。
棚卸しは次の順番です。
1)権利関係(登記、共有の有無)
2)建物の状態(危険性・雨漏り・シロアリ・倒壊リスク)
3)市場性(売れる/貸せる可能性、周辺相場、需要)
4)管理の実行可能性(誰が、どの頻度で、どの費用で)
5)方針決定(売る/貸す/壊す/暫定利用/譲る)

この棚卸しをすると、感情が整理されます。「親の家だから」という気持ちは大切です。ですが、現実の制約を無視すると、家族や近隣との関係が壊れます。気持ちを守るためにも、ユーザーコストを分解して“現実”を共有するのです。
政策の方向性:放置の社会的コストを、所有者の意思決定に反映させる
制度の細部は自治体で運用差がありますが、国の方向性は概ね一貫しています。
▢放置させない(管理不全の段階から介入しやすくする)
▢流通させる(中古流通・利活用を後押しする)
国土交通省は、空家法関連情報として、改正法(令和5年法律第50号)が令和5年12月13日に施行されたこと、関連する基本指針やガイドラインが整備されていることを示しています。
また、管理不全空家等・特定空家等への措置と、住宅用地特例の扱いに関する整理も公表されています。

経済学的に言えば、ここで起きているのは、空き家放置が生む外部不経済(近隣への危険・景観・治安など)を、政策によって意思決定に織り込もうとしている、ということです。 だからこそ、「そのうち誰かが何とかしてくれる」という期待に依存した放置は、制度的にも不利になりやすい。ここは、はっきり押さえておくべき点です。
まとめ:トラブルにならない“しまい方”とは、サンクコストを手放し、ユーザーコストで設計すること
最後に、今回の結論を短くまとめます。
▢相続できない家の多くは、「権利」「出口」より先に、サンクコストで止まっている
▢意思決定は「過去」ではなく「今日から先」で行う(過去の建築費は取り戻せない)
▢空き家は、住む便益がほぼゼロなのに、税・管理・劣化が出続ける=負の家賃
▢だからこそ、家のしまい方は、空き家のユーザーコスト家計簿を作り、
売る/貸す/壊す/譲るを“総額”で比べて選ぶ
▢政策は「放置させない」「流通させる」方向に進んでおり、放置は選択肢を減らしやすい
家は人生の舞台です。
でも同時に、管理できない家は、家族に負担を残します。だからこそ“しまい方”は、家族を守るための設計です。
トラブルにならない家のしまい方とは、早めに、現実(未来のコストと出口)を共有し、期待ではなく、ユーザーコストで前に進めることです。
住宅を「ユーザーコスト」で捉える習慣は、維持管理から出口戦略まで、住まいに関する複雑な決断を支える明確な指針となります。今回の学びが、皆さんとご家族の未来を確かなものにする一助となれば幸いです。
それでは、次回の連載でまたお会いしましょう!
『PropTech-Lab(プロップテック・ラボ)』について

『PropTech-Lab』は、不動産市場に新たな価値をもたらし、人々が住まいを選ぶ際の新たな基準や簡便さ、価値観を醸成し、提供することを目指します。市場のニーズに応え、価格高騰のスパイラルを抑制し、より多くの人々が質の高い住宅を手に入れられるよう努めてまいります。
『PropTech-Lab』 所長 清水 千弘 について
一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授等を歴任。
2022年1月より、当社グループ参画。社外取締役を経て、2024年7月より、当社研究・開発組織『PropTech-Lab』所長に就任。

株式会社property technologies(プロパティ・テクノロジーズ)について
「UNLOCK YOUR POSSIBILITIES. ~テクノロジーで人生の可能性を解き放つ~」というミッションを掲げています。年間36,000件超の不動産価格査定実績やグループ累計約15,000戸の不動産販売で培ったリアルな取引データ・ノウハウを背景に、「リアル(住まい)×テクノロジー」で実現する「誰もが」「いつでも」「何度でも」「気軽に」住み替えることができる未来に向け、手軽でお客様にとって利便性の高い不動産取引を提供しています。
<会社概要>
会社名:株式会社property technologies
代表者:代表取締役社長 濱中 雄大
URL:https://pptc.co.jp/
本社:東京都渋谷区本町3-12-1 住友不動産西新宿ビル6号館12階
設立:2020年11月16日
上場:東京証券取引所グロース市場(5527)





















