京都大学コミュニケーションデザインとDE&Iコンソーシアム

    DE&Iは風ではない。京都大学が東京で示した、現場発「集合知」のかたち

    東京で初開催、 建前で終わらせない“本気のDE&I”を、企業間の対話から育む

    2025年11月27日(木)、立命館東京キャンパスにて、「京都大学コミュニケーションデザインとDE&Iコンソーシアム 東京フォーラム2025」を開催しました。
    本フォーラムは、社会や組織におけるDE&I(Diversity / Equity / Inclusion)の実践知や課題を持ち寄り、異なる立場の参加者同士の対話により「集合知」を育むことを目的としたものです。これまで、2024年5月・2025年6月に京都で開催したシンポジウムに加え、東京での開催は今回が初めてとなりました。

    本フォーラムは、第1部の基調トークセッションおよびクロスオーバーミーティング、第2部のポスターセッション・ポスターミーティングの二部構成で実施されました。
    当日は、企業・大学・NPO・自治体など多様なセクターから参加があり、首都圏の参加者にも裾野を広げながら、DE&Iをめぐる最新の実践や意見が交わされる時間となりました。

    主催のコンソーシアムは、“誰ひとり取り残さない”社会の実現を建前で終わらせず、産学官民が対等に学び合う場をつくることを目的として、人材育成や対話の場づくりを行っています。今回のフォーラムでも、多様なセクターのDE&Iを推進するメンバーが分野を越境して「集合知」を生成する場を目指しました。

    第一部:基調トークセッション『B CorpのJEDIが拓く“公正な企業”への道筋』

    基調トークセッションでは、鳥居希氏(B Market Builder Japan共同代表、バリューブックス代表取締役)から、世界で1万社以上が参加する B Corp 認証の最新動向、新基準の中心に据えられた JEDI(Justice, Equity, Diversity, Inclusion) の考え方、そして バリューブックスの実践 が紹介されました。

    写真)鳥居希氏(一般社団法人B Market Builder Japan 共同代表/株式会社バリューブックス代表取締役)
    写真)鳥居希氏(一般社団法人B Market Builder Japan 共同代表/株式会社バリューブックス代表取締役)

    B Corpとは何か?

    「B Corporation™︎(以下、B Corp)」とは、社会や環境に対するインパクトや透明性、説明責任などについて高い基準を満たし、社会性と事業性を追求する企業のことです。世界ではすでに1万社を超え、パタゴニアなどが代表的な例です。
    B Corpの「B」は Benefit for All の略で、「株主だけでなく、従業員、取引先、地域社会、環境など、企業に関わるすべてのステークホルダーにベネフィットをもたらす」という理念を内包しています。B Corp ムーブメントは、B Lab™︎(世界に約40法人)が推進し、日本では B Market Builder Japan がその役割を担っています。

    バリューブックスの取り組み

    鳥居さんからは、B Corp の一社であるバリューブックスの取り組みが紹介されました。
    バリューブックスは、長野県上田市に拠点を構えるオンラインを中心とした書店です。インターネットを中心とした本の買取・販売を軸足に置きつつ、本に関わるさまざまなプロジェクトに挑戦しています。その規模は、全国から1日約3万冊が届くほどで、約300名の方が働いています。

    B Corp に向けた取り組みの過程で、同社が直面した最大の課題がジェンダー構造の偏りでした。
    従業員の半数以上が女性であるにもかかわらず、役員は長らく男性中心で、女性は鳥居さんただ一人という状況が続いていました。
    あるとき、泊まり込みで行われた経営会議の最後に、鳥居さんはこう投げかけます。
    「この会議に、女性が私ひとりしかいないという状況は、おかしくないですか?」
    この言葉は、他の役員やリーダーも認識していた違和感を明確化するものであり、あらためて組織としての課題を特定する契機になりました。その後、同社は ジェンダーギャップ解消を重要課題に位置付け、役員構成を見直し、倉庫部門リーダーの女性、デザイナーの女性という2名が新たに役員として加わりました。

    ここで鳥居氏が強調していたのは、「役員が会社のメンバーを代表している状態になっているのか?」という視点でした。
    鳥居さん自身、子どもを持たない立場であり、多くの女性従業員が抱える育児や働き方の実感を完全には代表できていない葛藤を抱えていたといいます。鳥居さんは、役員構成を決めたときの意図について次のように説明しています。

    「会社のみんながこの役員メンバーを見たときに、“少なくとも1人は自分とつながっている”と思える構成にしたかった。“自分の意見を代表している”とか“自分と背景が似ている”というつながり。可能な限り、そういうメンバー構成にしたかった。」

    これは、単純に女性の人数を増やすという話ではなく、「誰の経験や背景が会社の意思決定に反映されているのか」という組織構造そのものを問い直す取り組みといえます。

    バリューブックスの取り組みは、現在進行形で進んでいます。最近では、「資本主義に最適化された組織構造が、マイノリティ同士の連帯、JEDIの実現を阻んでいるのではないか」という議論も生まれており、その解決策はまだ模索中だと語られました。

    第一部:クロスオーバーミーティング

    第1部後半では、鳥居希さん、杉浦伸哉さん(スギホールディングス 代表取締役副社長)、星野大輔さん(エスケー鉱産株式会社 代表取締役)を迎え、クロスオーバーミーティングが行われました。本セッションは、結論を出すための討議ではなく、多様な実践知を交差させることで新たな「集合知」を生み出すことを目的としています。テーマはあらかじめ設定されず、登壇者の語りから自然に論点が広がり、会場からのコメントや質問も交えて活発な対話が展開されました。

    写真)杉浦伸哉 氏(スギホールディングス 代表取締役副社長)
    写真)杉浦伸哉 氏(スギホールディングス 代表取締役副社長)

    議論の中では、
    ◆女性管理職比率や、部門ごとに異なる働き方をめぐる公平性の難しさ
    ◆現場の多様性と意思決定層とのギャップ
    ◆数値化しにくい多様性(認知的マイノリティなど)をどう扱うか
    ◆非正規雇用・在宅ワークの拡大に伴う「望まない孤独・孤立」への対応
    など、企業の現場で現実に直面している課題が次々に投げかけられました。

    写真)星野大輔 氏(エスケー鉱産株式会社 代表取締役)
    写真)星野大輔 氏(エスケー鉱産株式会社 代表取締役)

    人材・時間の「ポートフォリオ」という視点

    多様な論点が行き交う中で、第1部の締め括りとしてコンソーシアム共同代表・京都大学経営管理大学院 特定准教授の蓮行氏が提示したキーワードが 「ポートフォリオ」 でした。
    ポートフォリオとは「配分」を意味する言葉です。蓮行氏は、ここで考えたい「配分」には人材のポートフォリオ と 時間のポートフォリオ の2つがあり、これには経営層の意思決定が必要であると指摘しました。

    ・人材のポートフォリオ:「誰が意思決定の場にいるのか」、また、「その構成が組織の多様性を代表しているか」といった観点。
    ・時間のポートフォリオ:働く時間を何にどれだけ配分するかという観点。たとえば、工場や店舗で1日7〜8時間働く人が、その時間のすべてを「目の前の作業の実行」に使わざるを得ない場合、専門部署がどれほど優れた施策を設計しても、「忙しくて時間が取れない」という理由で現場には届きません。

    もし、組織として「多様なコミュニケーションが大切で、これがイノベーションや新しい働き方を生む」と考えるのであれば、経営層には次のような意思決定が求められます。
    働く時間の中で、対話や協働に割く時間をどれだけ確保するか。その時間を評価制度の中に位置づけるかどうか。
    蓮行氏は、「人材のポートフォリオと、時間のポートフォリオを組み替えない限り、多様性や対話は“必要だ”と言うだけで終わってしまう」と問題提起しました。

    第二部:ポスターセッション

    第2部では、会員団体や一般参加者によるポスター発表が行われました。会場には、企業、非営利団体、京都大学の学生など多様な立場の参加者が集まり、各ポスターを囲んで活発な意見交換が行われました。随所で対話が生まれ、互いの現場で直面する課題や工夫を共有しながら、批判的な意見を率直に交わしあう場面も見られました。

    写真)第2部 ポスター発表の様子
    写真)第2部 ポスター発表の様子

    続いて行われたポスターミーティングでは、会員団体の発表内容をもとに少人数のグループで議論を行いました。本セッションは、発表者同士の対話的な交流と相互フィードバックを促すことを目的としたもので、第1部の登壇者である鳥居希さんにもご参加いただきました。蓮行先生の進行のもと、会場全体を巻き込む率直な意見交換が展開されました。

    数値目標の功罪と、「必要条件主義」・「十分条件主義」

    写真)蓮行 共同代表(京都大学経営管理大学院 特定准教授)
    写真)蓮行 共同代表(京都大学経営管理大学院 特定准教授)

    ポスターミーティングのなかでは、「心理的安全性は単なる優しさではなく、批判を受け止めながら改善に向かう姿勢や、建設的なフィードバック文化の醸成が重要である」という意見が共有されました。また、「今日参加者が持ち帰る “集合知” を、いかに社内での議論へつなげていくかが重要」という発言もあり、多くの参加者が頷いていました。

    質疑応答の場面では、会場から「女性管理職比率など “目に見える指標” が注目されがちだが、考え方の違い・意見の相違など、“見えにくい多様性” こそ議論されるべきではないか」という問いが投げかけられました。また、「女性管理職比率という数値目標を掲げること自体が、時に、本質を見失わせてしまうのではないか」という「数値化の功罪」への懸念も指摘されました。

    この問いに対し、鳥居さんからはバリューブックスの取り組みが紹介されました。第1部でも紹介されたように、同社ではジェンダーギャップ解消が重点課題とされ、役員の半数を女性にするという方針を実現しています。
    鳥居さんはこの経験をもとに次のように語りました。

    「同じ “女性” といっても、ひとりひとりの意見はまったく異なります。役員に女性が複数参加したことで、役員会での議論は格段に豊かになりました。ジェンダーギャップ解消を契機として、性別を問わず多様な意見が出やすくなる効果は、確実にあると思います。」

    また、鳥居さんは代表取締役社長を「3年任期」で交代するという同社の制度に触れ、「現在はジェンダーギャップ解消 を重点課題としているが、次期代表は状況に応じて別の重点課題を掲げる可能性がある」と述べ、組織の状態に合わせてテーマを柔軟に切り替える仕組みも共有されました。

    蓮行氏は、こうした議論を受けて「必要条件主義」と「十分条件主義」というキーワードを挙げ、DE&I推進における思考の整理を行いました。
    (※注:両概念は蓮行氏の造語)

    ・必要条件主義:
     クリアすべき必要条件を、一つひとつ積み重ねていくという考え方。
     不完全であっても、その取組のプロセス自体にも価値があり、評価されるべきである。

    ・十分条件主義:
     十分条件を達成することに意味があると捉える考え方。
     この思考に陥ると、「未達だから意味がない」、「どうせできない」、「やっても仕方がない」という冷笑主義や「これさえ達成されれば十分」という過度の単純思考に結びつく危険がある。

    蓮行氏は次のように述べました。

    「数値目標の達成は “必要条件” として重要です。しかし、『これをクリアさえすれば十分だ』と捉えるのは危険。必要条件と十分条件を混同してはいけません。
    逆に、『十分条件を達成して初めて意味がある』、『ある数値目標が達成されれば十分』という “十分条件主義” の思考パターンに陥るのも危険です。基本的人権に関わる課題は、“十分条件主義” ではなく “必要条件主義” で、一つ一つ地道に積み重ねていくしかありません。」

    フォーラムの最後に、共同代表の蓮行氏は、いまの社会状況に対する強い問題意識を語りました。
    「現実主義を装った冷笑主義には、明確に『ノー』と言わなければなりません」。
    私たちが当たり前のように享受している社会の自由や権利は、自然に与えられたものではなく、過去の誰かの行動や選択の積み重ねによって形づくられてきたものだといいます。

    すべての人の意思や存在のあり方が尊重される社会――すなわち、基本的人権が尊重される社会の実現は、決して容易ではありません。しかし、その困難さを理由に歩みを止めてしまえば、何も変わらない。だからこそ、立場や分野を超えて集い、対話を重ねること自体に意味があるのだと、蓮行氏は語りました。

    変革は一足飛びには生まれません。しかし、今回の東京フォーラムのように、多様な実践知が交差し、企業間・分野間で率直な議論が交わされる場は、確実に「次の一歩」を生み出します。
    京都大学コミュニケーションデザインとDE&Iコンソーシアムは、今後も集合知の生成を重視しながら、さまざまな立場の人々と共に考え、社会に開かれた対話の場を育てていきます。

    当フォーラムのレポート全文は下記よりお読みいただけます。

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