錯視の個人差の要因をDNN(人工知能の基となる計算モデル)を使って解明 -#TheDress画像の場合-

【ポイント】
同じ画像に対して人によって見え方が大きく異なる#TheDress画像[1](図1)について、その個人差の原因が「ブルー・バイアス」と呼ばれる日常的に獲得される色認識の個人差に依存することを、DNN[2](人工知能の基となる計算モデル)を用いて明らかにしました。
【概要】
#TheDress画像は、人によって見え方が大きく異なる錯視画像として約10年前にSNS上で話題となりました(図1)。このドレスの色の見え方は白地に金の飾り(白/金)または青地に黒の飾り(青/黒)の2パターンに分かれますが、その理由は解明されていません。本研究は、その原因が経験に基づく写真の解釈の違いにあることを、計算機モデルを用いて示しました。
本研究は、埼玉大学大学院理工学研究科 栗木一郎教授と清川宏暁助教、近畿大学情報学部 篠崎隆志准教授による科学研究費補助金(科研費)「DNNの解剖による#TheDress画像の脳内メカニズムの解明」(課題番号:21K19777、研究代表者:栗木一郎)の一部として行われ、研究は主に埼玉大学大学院の学生(斎藤輝、大久保類)によって実施されました。
この研究成果は、知覚科学研究に関するオンラインの学術誌「i-Perception」に2025年11月5日に掲載されました。
【研究の背景】
#TheDress画像は2015年にSNS上で大きく取り上げられてから、視覚研究者の間でその個人差の要因が研究されてきました。物体の色は、照明の光が反射して見える光に起因しますが、写真で見る場合には、その構図の中から照明光を推定し推測することになります。#TheDress画像は、この照明光の推定における個人差が大きいと考えられています。一方、晴天時の日陰にある白い物体は、青空の光を反射するため青白い光として目に入りますが、経験的にこれが白い物体だと学習すると、青白い光を白い物と解釈する現象(ブルー・バイアス[3]:blue bias)が生じることが知られています。このブルー・バイアスが強く作用すると、#TheDress画像は白/金に解釈されると予想されます。ただし、このブルー・バイアスは経験的に獲得されるために個人差があり、実験的に操作することが難しいものです。
【研究内容】
![図2 DNNモデルの機械学習[4]時にブルー・バイアス画像を混ぜて比率を変えたモデルに対し、#TheDress画像でテストした結果の例。左から、元画像(入力画像)と、ブルー・バイアス画像の比率が0%〜50%の場合の出力例。図の上のパーセントの値が増えると、青/黒から白/金へと変化している。実際は、同じ条件で10回繰り返してDNNモデルを作成し評価している。](https://newscast.jp/attachments/SgxpgpH9qGS1bx1C4dak.png?w=940&h=940)
我々は、経験的に獲得されるブルー・バイアスの個人差を計算モデルとして実現した場合に、その計算モデルが人間のように白/金や青/黒のような個人差を#TheDress画像に対して示すかを調べました。我々はDNN(人工知能の基礎;深層学習)モデルの一種であるpix2pixという計算モデルを用いて、入力した画像を日本語の19色の基本色に直した画像で出力するような機械学習を行い、人間が色を色名で答える状況を模倣しました。この画像と色名付けの関係を学習させる際に、青空の下に白い被写体がある構図の画像(ブルー・バイアス画像)を含める比率を10%刻みで10段階に変化させて10種類のモデルを作成しました。その結果、ブルー・バイアス画像の比率が0%から50%までの間で段階的に#TheDress画像に対する出力が変化し、青/黒から白/金に至る画像を出力しました(図2)。ただし、色名付けの学習の際には#TheDress画像は一切使っておらず、学習が済んだ後のテスト段階でのみ#TheDress画像を使用しました。この結果は、ブルー・バイアスに関わる情景に接する機会や、青空の下で白い物体に着目する機会に依存してブルー・バイアスの個人差が生じ、その結果#TheDress画像の色の感じ方の個人差が生じた可能性を示しています。
【今後の展開】
計算モデルを用いることの最大の利点は、極端な環境での学習や解剖など、人間が対象ではできない実験手法が可能な点にあります。今回の研究では極端な環境での学習を実施する方法を用いましたが、今後は計算モデルの内部を分解し、ブルー・バイアスによって生じる情報表現の違いを解読することを試みます。その結果、人間の脳内におけるブルー・バイアスの情報表現について手がかりを得ることができると考えています。得られた手がかりを元に、脳機能計測等の手法を用い、脳内の色情報処理について更なる解明を進める予定です。
【論文情報】
掲載誌:i-Perception(オンライン、オープンアクセス)
題名 :Can DNN models simulate appearance variations of #TheDress?
著者 :栗木一郎・斎藤輝・大久保類・清川宏暁(埼玉大学)・篠崎隆志(近畿大学)
DOI :10.1177/20416695251388577
URL :https://doi.org/10.1177/20416695251388577
【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金(科研費)「DNNの解剖による#TheDressの脳内メカニズムの解明」(課題番号:21K19777、研究代表者:栗木一郎)の補助を受けて行われました。
【用語解説】
[1]#TheDress画像:図1の画像。2015年3月、ドレスの色の見え方について意見が大きく分かれたことから、インターネットのSNS上で流行した画像。
[2]DNN:深層神経回路を意味する"deep neural network"の略。現代の人工知能(AI)の基礎となる計算モデル。人間の脳における多段階の情報処理を模倣した、多重の層構造が特徴。関連する初期の研究に関わった研究者が昨年のノーベル賞を受賞。
[3]ブルー・バイアス(blue bias):晴天時の日陰では物体は青空の光を受け反射している。この時の経験を元に、青白い光を白く知覚する傾向のこと。個人差があることが知られているが、朝型/夜型との関係は弱いと考えられている。
[4](機械)学習:いくつかの方法があるが、本研究では計算モデルに入力画像と正解をペアで与え、その正解との誤差が小さくなるように計算モデルを最適化する手順のこと。
【関連リンク】
情報学部 情報学科 准教授 篠崎隆志(シノザキタカシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2769-shinozaki-takashi.html
















