弁護士法人若井綜合法律事務所

    「借用書がないお金」は返さなければならない?支払義務の有無を分ける5つの確認点

    その他
    2026年8月6日 20:15

    「昔貸したお金を返してほしい」「あのとき立て替えた分を精算したい」——ある日突然、そう言われることがあります。友人や同僚、交際していた相手、親族など、相手はさまざまです。共通しているのは、借用書も契約書も交わしていないという点でしょう。

    書面がないのだから支払う必要はない、と考える方は少なくありません。しかし、法律上の結論はそれほど単純ではありません。この記事では、借用書のないお金の返還を求められた側の立場から、支払義務があるかどうかを分ける考え方を整理します。

    借用書がなくても、貸し借りの契約は成立する

    お金の貸し借りは、法律上「金銭消費貸借契約」と呼ばれます(民法587条)。この契約は、同じ金額を返すという合意のもとで、実際に金銭を受け取ることによって成立します。借用書や契約書の作成は、契約が成立するための条件とはされていません。

    つまり、口約束であっても、現にお金を受け取り、返す約束をしていたのであれば、返済義務は生じます。「借用書がないのだから返さなくてよい」という理解は、出発点から正確ではありません。この点は、検索上位に表示される法律事務所の解説でも、おおむね共通して説明されています。

    それでも「書面がないこと」が意味を持つ場面

    一方で、書面の有無がまったく無関係というわけでもありません。大きく二つの場面があります。

    第一に、「貸す約束」だけの段階では契約が成立しないこと。 2020年4月に施行された改正民法は、書面(電子メールなどの電磁的記録を含みます)でする消費貸借について、金銭の交付がなくても合意だけで契約が成立すると定めました(民法587条の2)。裏を返せば、書面のない「貸してあげる」という約束は、実際にお金が渡らない限り契約として成立しません。「貸すと言ったのに渡してくれなかった」という話と、「渡したお金が返ってこない」という話は、法律上まったく別の問題です。

    第二に、立証の問題。 裁判で「貸した」と主張する側は、①お金を渡した事実と、②返す約束があった事実を、証拠によって示す必要があります。借用書はこの二つをまとめて証明できる書面ですが、それがない場合には、振込明細、LINEやメールのやり取り、通話の録音、その場に居合わせた人の証言などを積み上げていくことになります。兵庫県弁護士会が公表している相談例でも、「貸してほしい」「いつまでに返す」といったLINEの履歴が有力な証拠になり得ると説明されています。

    したがって、借用書がないという事情は、「支払わなくてよい理由」ではなく、「請求する側にとってハードルが上がる事情」と理解するのが正確です。

    支払義務があるかを分ける5つの確認点

    1.お金が実際に渡ったか、いくら渡ったか

    出発点は金銭の授受です。渡された事実がなければ、契約は成立していません。また、複数回のやり取りがあった事案では、金額そのものに食い違いが生じがちです。相手が提示した総額を、そのまま前提として受け入れる必要はありません。まずは自分の記録(通帳、アプリの送金履歴、メッセージ)と突き合わせて確認することになります。

    2.「貸した」のか「あげた」のか

    受け取った事実があっても、それが贈与であれば返す義務はありません。贈与も口頭で成立し、すでに渡し終えた部分については、一方的に解除することが原則としてできません(民法549条、550条ただし書)。

    交際中の食事代やレジャー費用、生活費の援助、プレゼントの購入代金などは、贈与と評価される場合が少なくありません。判断されるのは相手が用いる名目ではなく、金額の大きさ、返済の話が当時出ていたか、返済期限や方法の取り決めがあったか、その後のやり取りといった実態です。関係が良好だった時期に「困っているなら」と渡したお金が、関係が終わった後に「貸したお金」として請求される、という相談は珍しくありません。

    もう一つ問題になりやすいのが、「立て替えておいた」という形の請求です。頼まれて代わりに支払った費用であれば、後から精算を求められること自体は不自然ではありません。一方で、同居していた期間の家賃や光熱費、二人で使った食費のように、当時どちらが負担するか特に取り決めのなかった支出については、後から一方的に「立替金だった」と評価し直すことは容易ではありません。ここでも、当時のやり取りが残っているかどうかが判断を左右します。

    3.返済の期限を決めていたか

    返還の時期を定めていなかった場合、貸主は相当の期間を定めて返還を催告することができるとされています(民法591条1項)。裏返せば、「今すぐ全額を用意しろ」という請求が当然に認められるわけではありません。

    4.時効期間が経過していないか

    債権は、権利を行使できることを知った時から5年、または権利を行使できる時から10年のいずれか早い方の経過によって、消滅時効にかかります(民法166条1項)。2020年3月31日以前に成立した貸し借りには、改正前の民法(個人間では原則10年)が適用されます。

    なお、期間が経過すれば自動的に支払義務が消えるわけではなく、「時効を援用する」という意思表示が必要です。また、返済期限を決めていなかった場合は起算点の判断が難しく、期間の計算自体が争点になることもあります。

    5.利息や遅延損害金の上乗せが妥当か

    利息は、あらかじめ特約がなければ請求できません(民法589条1項)。「これまでの利息を含めて」といった請求を受けたときは、まず約束の有無を確認する必要があります。

    特約がある場合でも、利息制限法により、元本10万円未満は年20%、10万円以上100万円未満は年18%、100万円以上は年15%が上限とされ、超過部分は無効です。これは業者からの借入れに限らず、個人間の貸し借りにも適用されます。返済が遅れた場合の遅延損害金についても、取り決めがなければ法定利率(2026年4月から2029年3月までの期間は年3%)によることになります。

    請求されたときに避けたい3つの対応

    その場で「返す」と答えてしまう

    支払う意思を示す言動は「債務の承認」にあたり、それまで進行していた時効が更新され、その時点から改めて期間が進み直します(民法152条1項)。承認は書面でなくても成立し、一部だけ支払う行為も承認と評価される場合があります。事実関係が整理できていない段階で金額を認めるような返答は、避けておくのが無難です。

    内容を確かめないまま念書や借用書に署名する

    後から作成された書面であっても、署名すれば有力な証拠になります。「今日中にサインしてくれるなら少し減らす」といった求めに、その場で応じなければならない理由はありません。

    裁判所からの書類を放置する

    電話やメッセージ、内容証明郵便それ自体に強制力はありません。内容証明郵便は、その文面をいつ誰に差し出したかを郵便局が証明する制度であり、書かれた請求が正しいことを証明するものではないからです。

    ただし、裁判所から届く書類は別に考える必要があります。支払督促は、受け取ってから2週間以内に督促異議を申し立てなければ効力が確定します。訴状を放置して期日に欠席すれば、相手の主張を争わなかったものとして扱われ、支払を命じられるおそれがあります。争う余地がある事案でも、放置によって結論が固まってしまう点には注意が必要です。

    度を越えた取り立てを受けている場合

    請求の中身自体には理由があっても、方法が一線を越えることがあります。害を加えると告げて怖がらせれば脅迫罪(刑法222条)、それによって金銭を交付させれば恐喝罪(同249条)、義務のないことを強いれば強要罪(同223条)の問題になり得ます。職場や実家に押しかける、第三者に取り立てを行わせるといった対応も、状況によっては業務妨害や、報酬を得て他人の債権回収を行う場合の弁護士法違反(いわゆる非弁行為)に触れる可能性があります。

    当事務所に寄せられる相談でも、貸し借りがあったかどうかそのものより、請求の仕方や金額の根拠のほうが問題になっているケースが少なくありません。やり取りは日時のわかる形で保存し、以後の連絡窓口を一本化することが、感情的な対立を避けるうえで現実的な方法です。

    逆に「貸した側」の立場であれば

    借用書を作らずに貸したお金についても、請求できないわけではありません。振込記録、当時のやり取りの履歴、返済の話が出た際の記録などを集めることが出発点になります。相手が話し合いに応じる段階であれば、金額と返済方法を記載した確認書を新たに取り交わしておく方法もあります。

    時効が心配な場合、催告によって6か月の完成猶予が生じますが(民法150条1項)、これは一時的な措置にとどまります。確定的に時効の完成を防ぐには、訴訟や支払督促といった手続が必要になります。

    まとめ

    借用書がないことは、返済義務を消すものではありません。他方で、請求された金額をそのまま支払う義務が確定するわけでもありません。実際に渡された金額はいくらか、贈与か貸付か、期限の定めはあったか、時効期間は経過していないか、利息の上乗せに根拠はあるか——確認すべき点はいくつもあります。

    その場の勢いで支払ったり、書面に署名したりすると、後から覆すことは容易ではありません。判断に迷うときは、支払いや署名の前に、弁護士に事実関係を整理してもらうことを検討してください。


    この記事の監修者

    若井 亮(わかい りょう)/代表弁護士 弁護士法人若井綜合法律事務所 東京弁護士会所属(登録番号:47827)

    事務所全体で年間1,500件以上の男女トラブル相談を受けており、恐喝・脅迫被害、不倫慰謝料、DV・ストーカー被害など、他人に相談しづらい問題を穏便かつ内密に解決することを得意とする。相手の脅迫的な言動にも毅然と対応し、依頼者の平穏な生活を取り戻すために尽力している。 メディア掲載:フジテレビ「とくダネ」/ダイヤモンド・オンライン/@DIME/サイゾー ほか

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