住まいを選び直す自由 ー住宅流動性と人生設計の経済学ー (第2回:AIは仕事を奪うのか──タスク代替の経済学と「人間と機械の分業」)|PropTech-Lab

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    2026年7月10日 11:00

    清水 千弘・PropTech-Lab 所長
    一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て、現職に至る。

    1. 1987年の問いから2020年代の問いへ

    1987年、ノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソローは、ニューヨーク・タイムズ紙のレビュー欄に短いが歴史的な一文を残した。「コンピュータ時代は至るところに見られるが、生産性統計の中には見当たらない」。当時の米国は、企業がコンピュータと情報技術への投資を急速に拡大していた時期であった。にもかかわらず、米国を含む多くの先進国の労働生産性、すなわち全要素生産性(TFP)の伸び率は鈍化していた。技術が普及しているのに、統計に現れない。この現象は「ソローのパラドックス」と呼ばれ、技術と生産性の関係をめぐる議論の出発点となった。

    それから40年近くが経った2020年代、私たちは同じ形をした問いに直面している。「AIは至るところに見られるが、生産性統計の中には見当たらない」。ChatGPTが登場し、画像生成AIが急速に普及し、自動運転技術が公道を走る時代になっても、マクロの生産性統計には、依然として目に見えるAIの痕跡は限定的である。これを「AI版ソローのパラドックス」と呼ぶ議論も登場している。

    しかし、ソローのパラドックスから私たちが学ぶべきことは、警鐘としての側面ではない。むしろ、その後の歴史が教えるのは、時間が経てばパラドックスは解消されるという事実である。1990年代後半から2000年代にかけて、米国の生産性は急上昇した。コンピュータと情報技術が、ようやく企業の業務プロセス、組織体制、人的資本と「補完」関係を築き、社会の中にビルトインされたからである。この補完関係の構築には、20年以上の時間がかかった。

    このことから、AIについても同じことが言える可能性が高い。AIが社会に正しくビルトインされれば、生産性は確実に上昇する。ただし、それには制度・人材・組織・既存設備の変革が必要であり、変革には時間がかかる。本連載全体の議論は、この時間軸の感覚を共有することから出発する。

    本連載は住宅市場をめぐる議論であるが、その入口として本章ではあえて視野を広く取りたい。AIとは何か。AIは本当に仕事を奪うのか。技術進歩はどの程度のマグニチュードで生産性を高めるのか。これらの問いに、不動産経済学者としてではなく、技術と生産性の研究者として向き合う。ここで提示する枠組みは、第3回以降で住宅市場という具体的な舞台に適用されることになる。

    2. AIとは何か、「予測コストの劇的低下」という定義

    AI(人工知能)という言葉は、メディアにあふれている。しかし、AIとは具体的に何なのか、技術的な議論を経済学の言葉で整理した文献は意外に少ない。本連載では、トロント大学のアジェイ・アグラワル、ジョシュア・ガンス、アヴィ・ゴールドファーブの著書『Prediction Machines(予測マシンの世紀)』(2018)※および『Power and Prediction』(2022)※に基づき、AI を次のように定義する。

    これは技術的な定義ではなく、経済学的な定義である。AIが画像認識をするのも、文章を生成するのも、自動運転をするのも、医療診断を支援するのも、すべての底にあるのは「ある条件の下で何が起こるか」を確率的に推論する行為である。この推論を、人間が行えば時間と専門知識が必要だった作業を、機械が安価かつ大量に行えるようにする、これがAIの本質である。

    予測のコストが下がると、何が起こるか。経済学の基本原理によれば、ある財のコストが下がると、その財の利用が増え、その補完財の価値が上がり、代替財の価値が下がる。予測の補完財は何か。判断、データ、行動である。予測の代替財は何か。人間の予測労働である。

    つまり、AI 時代に何が起こるかは、この単純な経済原理から導かれる。人間の予測労働は価値が下がる。判断する力、データを整える力、判断を実行に移す力は、価値が上がる。これが本連載のAI論の出発点である。

    経理職員は計算を予測する仕事だった。AIが登場すると、計算予測のコストは下がる。代わりに、社員とのコミュニケーションを円滑に進め、不正を起こさない倫理性を持って組織を支える、こうした「判断」と「行動」が経理職員の価値の中心になる。教師は知識・技能を効率的に教える仕事だった。AIが登場すると、知識伝達の予測コストは下がる。代わりに、生徒一人ひとりの状態に応じて寄り添う力、クラス全体を運営する力が、教師の価値の中心になる。AI は人間を置き換えるのではない。人間が担うべきタスクの中身を変えるのである

    3. 47%が消える、という議論の何が間違っているか

    2017年、オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイとマイケル・オズボーンは、ある衝撃的な論文を発表した。米国の労働市場における702の職業について分析した結果、約47%の職業が自動化のリスクにさらされる、というものであった(Frey and Osborne, 2017)※。この数字は世界中のメディアで取り上げられ、「AI に仕事を奪われる」という社会的不安の象徴となった。

    しかしその直後から、経済学者たちはこの推計に対する重要な反論を提出している。ドイツの労働経済学者であるメラニー・アーンツらは、Frey-Osborneの方法論を精査し、彼らが「職業が代替される」と「職業の中の特定タスクが代替される」を混同していることを指摘した(Arntz, Gregory and Zierahn, 2016)※。実際、ほとんどの職業は複数の異なるタスクから構成されており、その一部はAIに代替されうるが、一部は人間にしかできない。タスクごとに分解して評価すると、職業全体が消失するケースははるかに少なくなる。OECD加盟国全体で、自動化リスクが高い職業は約9%に下方修正された。

    47%と9%の差は大きい。だが、もっと重要なのはその差の解釈である。Frey-Osborne流の議論は、「AI ができることは何か」を技術的な可能性として見積もる。Arntz流の議論は、「実際の職業の中でAIに代替されるタスクの割合はどの程度か」を見積もる。前者は技術中心の発想、後者はタスク中心の発想である。

    筆者は後者を強く支持する。理由は単純で、社会の中で実装されるのは技術ではなくタスクの代替だからである。ある職業が「自動化されうる」と分析されても、実際にはその職業の中の一部のタスクだけが機械化され、他のタスクは人間が引き続き担う、というのが現実の進み方である。そして、機械が担うタスクと人間が担うタスクの分業の仕方が、個々の組織の生産性を決めることになる。

    この視点は、本連載の根幹を成す。AIは職業を奪うのではなく、タスクを再編成する。そして、再編成の質が、社会全体の生産性を決める。


    では、私たちがAIに仕事を奪われず、逆にAIを組織に正しく組み込んで(ビルトインして)生産性を上げるには、具体的に何から始めればよいのか?
    過去の歴史(ソローのパラドックス)が教える教訓と、AI時代の「人間と機械の新しい分業ルール(予測・判断・責任の三層構造)」について紐解いていく。

    【続きはプロパティ・テクノロジーズ 公式サイトで読む 】
    https://pptc.co.jp/column/20260710_1100/


    【参考・引用文献】

    Agrawal, A., Gans, J., & Goldfarb, A. (2018, updated 2022). Prediction Machines: The Simple Economics of Artificial Intelligence. Harvard Business Review Press.

    Agrawal, A., Gans, J., & Goldfarb, A. (2022). Power and Prediction: The Disruptive Economics of Artificial Intelligence. Harvard Business Review Press.

    Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2017). The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation? Technological Forecasting and Social Change, 114, 254–280.

    Arntz, M., Gregory, T., & Zierahn, U. (2016). The risk of automation for jobs in OECD countries. OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No. 189.

    『PropTech-Lab(プロップテック・ラボ)』について

    『PropTech-Lab』は、不動産市場に新たな価値をもたらし、人々が住まいを選ぶ際の新たな基準や簡便さ、価値観を醸成し、提供することを目指します。市場のニーズに応え、価格高騰のスパイラルを抑制し、より多くの人々が質の高い住宅を手に入れられるよう努めてまいります。

    『PropTech-Lab』 所長 清水 千弘 について

    一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授等を歴任。
    2022年1月より、当社グループ参画。社外取締役を経て、2024年7月より、当社研究・開発組織『PropTech-Lab』所長に就任。

    <専門分野> 指数理論 / 応用計量経済学 /多変量解析
    <専門分野> 指数理論 / 応用計量経済学 /多変量解析

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    会社名:株式会社property technologies
    代表者:代表取締役社長 濱中 雄大
    URL:https://pptc.co.jp/
    本社:東京都渋谷区本町3-12-1 住友不動産西新宿ビル6号館12階
    設立:2020年11月16日
    上場:東京証券取引所グロース市場(5527)


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