低用量のエイコサペンタエン酸の摂取により心房細動を予防可能 日々の食事による心房細動予防法の開発に期待

近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)応用生命化学専攻博士後期課程2年 堀井鴻佑、近畿大学農学部(奈良県奈良市)食品栄養学科准教授 森島真幸、大分下郡病院(大分県大分市)副院長 小野克重らの研究グループは、不整脈の一種である「心房細動」のモデルマウスを用いて、魚油に豊富に含まれる多価不飽和脂肪酸※1 であるエイコサペンタエン酸(EPA)※2 を長期的に経口投与すると、食事から摂取できる程度の低用量であっても心房細動を抑制できることを明らかにしました。
本研究成果により、摂取する脂肪酸の質や量に着目して食事内容を見直すことで、日々の食事を介した心房細動予防法の確立につながると期待されます。
本件に関する論文が、令和8年(2026年)3月31日(火)に、日本生理学会が発行する英文機関誌で"The Journal of Physiological Sciences(ザ ジャーナル オブ フィジオロジカル サイエンス)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●食事から摂取できる程度の低用量のエイコサペンタエン酸で、心房細動を予防できることを解明
●エイコサペンタエン酸は、心房における酸化ストレスや線維化を予防することで、心房細動の発症を抑制
●脂肪酸の質や量に着目して食事内容を見直すことによる、心房細動の新たな予防法の確立に期待
【本件の背景】
不整脈の一種である心房細動は、心房が規則的に収縮できずに痙攣して脈が不規則になる疾患で、血栓形成や脳卒中のリスクが高まる原因となることがあります。心房細動は加齢のほか、高血圧、糖尿病などの患者に発症しやすく、特に血中の脂質の量が基準から外れる脂質異常症※3 の患者が発症しやすいと言われています。脂質異常症は、高脂肪食、運動不足、ストレスといった要因で増加することが知られており、日本人にも多くの患者がいます。
食事から摂取した脂肪酸やコレステロールは、糖質やアミノ酸と異なりリンパ系を介して吸収され、全身循環を通じて代謝されます。心臓は、血液中の脂質をエネルギーとして利用するため、全身を巡る食事由来の脂肪酸の影響を最も強く受ける臓器の一つです。
日常の食事に含まれる脂肪酸のうち、飽和脂肪酸※4 は虚血性心疾患や不整脈の発症リスクを高めることが明らかになっている一方、青魚などに含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)といった多価不飽和脂肪酸は、心血管系にさまざまな良い効果をもたらすことが知られています。
研究グループは先行研究において、モデルマウスに高脂肪食とEPAを摂取させると、心房細動の持続時間を短縮できることを明らかにしました。しかし、この研究でマウスに与えたEPA量は、通常の食事摂取量を大きく上回っており、通常の食事から摂取できる量で抗不整脈効果を示すかは明らかになっていませんでした。
【本件の内容】
研究グループは、マウスに対して高脂肪食と一緒に、ヒトの1日摂取目安量(1.8g)に相当する「低用量」のエイコサペンタエン酸(EPA)と、その10倍となる「高用量」のEPAを8週間投与し、食事によって起こる身体的および心機能の変化を評価しました。その結果、低用量・高用量ともに、高脂肪食によって生じる心房細動の発生頻度や持続時間を大幅に抑制できることが明らかになりました。
また、EPAによる心房細動の抑制効果のメカニズムを検証した結果、長期間高脂肪食を摂取すると心房組織内では酸化ストレスが増加し、異常な電気活動が生じて心房の線維化が促進されることで、心房細動が起こりやすくなることがわかりました。つまり、低用量のEPAは高脂肪食による過体重や肥満、脂質異常症を改善することはありませんが、心房における酸化ストレスを抑えることで心房細動を抑制していることがわかりました。
本研究は、通常の食事から摂取できる濃度のEPAが、不整脈を十分に予防できる可能性を示しました。今後、日々の食事を通じた心房細動予防法の確立に役立つことが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:The Journal of Physiological Sciences(インパクトファクター:3.2@2025)
論文名:Physiological doses of eicosapentaenoic acid suppress high-fat diet-induced
atrial fibrillation in mice independent of lipid lowering.
(生理学的用量のエイコサペンタエン酸は脂質低下作用とは無関係に高脂肪食により
誘発されたマウスの心房細動を予防する)
著者 :堀井鴻佑1、小野克重2、増田誠司1,3、森島真幸1,3,4* *責任著者
所属 :1 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻、2 大分下郡病院、
3 近畿大学農学部食品栄養学科、4 近畿大学地域創生農業研究所
URL :https://doi.org/10.1016/j.jphyss.2026.100070
DOI :10.1016/j.jphyss.2026.100070
【本件の詳細】
研究グループは、高脂肪食(脂質含量60%)を与えたマウスにおいて、エイコサペンタエン酸(EPA)の長期投与が心房細動のリスクを低減させることを、令和7年(2025年)に報告しています(令和7年(2025年)4月リリース)。しかし、心房の脆弱性を軽減するために必要なEPAの投与量は明らかになっておらず、研究グループは異なる量のEPAをマウスに毎日投与し、心房細動に対する予防効果があるかを検証しました。
まず、マウスに高脂肪食(HFD群)、高脂肪食+EPA 30mg/kgBW/日(EPA30群)、高脂肪食+EPA 300mg/kgBW/日(EPA300群)、もしくは通常食(対照群)を8週間与え、食事によって起こる身体的および心機能の変化を評価しました。対照群と比較して、HFD群は徐々に体重が増加し、4週間目以降有意に体重が重くなり、内臓脂肪量も有意に増加していました。8週間投与後の血液中の総コレステロール濃度はHFD群で有意に増加していましたが、EPA30群、EPA300群でもコレステロールは有意に低下していなかったことから、実験で使用したEPAはどちらの用量でも血漿コレステロール濃度に影響を及ぼさないことがわかりました。
次に、心臓の電気生理学的特性を評価するため、表面心電図によるP波※5 幅(右心房から左心房への興奮伝導時間)を測定しました。その結果、HFD群ではP波の持続時間(右心房から左心房への伝導時間)が有意に延長しましたが、EPA群ではEPA30群、EPA300群ともに改善されました。
次に、各群のマウスの心房を機械的に刺激して心房細動を誘発したところ、HFD群は対照群に比べて心房細動の発生頻度と持続時間が有意に増加しました。逆に、EPA群では濃度に関係なく心房細動の発生頻度や持続時間が大幅に抑制され、高脂肪食で引き起こされる心臓の病的変化を低用量、高用量ともにEPAの同時摂取により予防できることが示唆されました。
注目すべきは、低用量と高用量のEPAのいずれも、HFDによる過体重や肥満、脂質異常症を有意に改善せず、EPAの投与量によるコレステロール低下効果の差は認められなかった点です。このことから、全身的な脂質低下作用とは無関係に、低用量のEPAの摂取で心房細動に伴う心房伝導障害を改善できることが示唆されました。
一方、心房細動の原因の一つである脂質異常症は、心臓への酸化ストレスと関連していることが知られています。そこで、電気生理学的変化のメカニズムを解明するため、高脂肪食による酸化ストレスの産生と心房の伝導性について調べました。研究グループは、酸化ストレスによって炎症が引き起こされ心房の線維化が促進し、心房細動の誘発リスクが高まる可能性があると仮定しました。各群のマウスの酸化ストレスの程度を調査するために、酸化ストレスが高い時に発現が低下する抗酸化酵素「スーパーオキシドジムターゼ(SOD1)」のmRNA発現量を心房組織において定量したところ、HFD群ではSOD1のmRNA発現が対照群と比較して有意に低下し、心房の線維化を促進する因子であるコラーゲンタイプ1a1のmRNA発現量は有意に増加していました。このことから、長期間高脂肪食を摂取すると心房組織内では酸化ストレスが惹起され、心房筋を構成している心筋細胞から線維芽細胞への置き換わりが誘発され、異常な電気活動が生じて心房細動が起こりやすくなることが明らかになりました。さらに、この酸化ストレスや線維化による電気活動の異常の発生は、マウスにとっては非常に低用量のEPAを同時投与することで予防できることが初めて示されました。
これらの結果から、低用量のEPAは心房線維化の予防や電気生理学的安定性の維持、さらには心房細動の発症に対し予防的にはたらくといった新たな量的概念を提示し、食事管理による心房細動予防法の開発に貢献することが期待されます。
【研究者のコメント】
森島真幸(モリシママサキ)
所属 :近畿大学農学部食品栄養学科
近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻
近畿大学地域創生農業研究所
職位 :准教授
学位 :博士(栄養学)
コメント:本研究は、博士後期課程の堀井鴻佑さんが主体となり、濃度を変えたEPAをマウスに8週間毎日経口投与させるという地道な作業を成し遂げた努力の成果として得られたものです。堀井さんは、「脂肪酸の質的違いが心臓の興奮性や伝導性に影響を及ぼし、心房細動の病態を制御する」ことをいち早く見出し、日々精力的に研究に取り組みました。これまで、何十年にもわたり達成できなかった「人々の食習慣は簡単には変えられない」という頑固で困難な課題に対して、私達は脂肪酸の質と量に着目し、脂肪酸の摂取量と質的バランスを明確に示すことで、簡単な食事設計によって心房細動を予防できる可能性があると考えております。
【用語解説】
※1 多価不飽和脂肪酸:脂肪酸の炭素鎖中に二重結合(C=C)を2つ以上もつ脂肪酸。
※2 エイコサペンタエン酸:体内で合成できない不飽和脂肪酸の一つで、とくに青魚に豊富に含まれる。血栓の生成を抑える作用があり、高血圧・動脈硬化・脂質異常症・脳卒中・心筋梗塞の予防と改善に効果があると知られている。
※3 脂質異常症:血液中の脂質(コレステロール、中性脂肪など)の濃度が高い、もしくはHDLコレステロールの濃度が低い状態。
※4 飽和脂肪酸:脂肪酸の炭素鎖中に二重結合(C=C)をもたない脂肪酸。
※5 P波:心電図では、心房の興奮過程を示す。正常な場合は、まず右房が興奮した後に左房が興奮し、これが融合したものがP波として表現される。
【関連リンク】
農学部 食品栄養学科 准教授 森島真幸(モリシママサキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2297-morishima-masaki.html
農学部 食品栄養学科 教授 増田誠司(マスダセイジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2523-masuda-seiji.html
















