HPVワクチンの「副反応」仮説をマウスを用いた実験で反証 ワクチンの安全性を示し、接種の不安を解消する研究成果

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)産科婦人科学教室助教 城玲央奈、同主任教授 松村謙臣、微生物学教室主任教授 角田郁生を中心とする研究グループは、子宮頸がんの予防に用いられるヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの「副反応」仮説の根拠とされていた研究論文について、マウスを用いて検証を行い科学的に反証しました。
「副反応」仮説の根拠となる論文では、ワクチンに含まれる「アジュバント※1」という成分が精神神経症状などの多様な症状の原因であると指摘していますが、この成分が臓器の炎症や神経系の異常に関与しないことを明らかにしました。本研究成果は、HPVワクチンの安全性を支持する科学的根拠となり、これにより接種率の向上へ貢献することが期待されます。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)10月6日(月)に、日本癌学会が発行する国際的な学術誌"Cancer Science(キャンサー サイエンス)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●HPVワクチン接種による「副反応」仮説についてマウスを用いた実験で検証し、科学的に反証
●危険視されてきたHPVワクチンに含まれる「アジュバント」が、炎症や神経系の異常に関与しないことを証明
●HPVワクチンの安全性を支持する科学的根拠となり、接種率向上への貢献が期待できる研究成果
【本件の背景】
子宮頸がんは、性交渉を介して感染するヒトパピローマウイルス(HPV)により発症し、他の婦人科がんと比較して若い女性の発症頻度が高いがんです。HPVは、子宮頸がんの他にも中咽頭がんや肛門がんの原因になることが知られています。感染の予防には感染前のHPVワクチン接種が有効で、日本では平成25年(2013年)4月より小学校6年生から高校1年生の女子を対象に、HPVワクチンの定期接種が開始されました。しかし、ワクチン接種後に、精神神経症状などの「多様な症状」が副反応として発生すると話題になったため、ワクチンの安全性が疑問視され、平成25年(2013年)6月に積極的接種勧奨が中止となり、ワクチン接種率は対象者の1%に満たない状態が続きました。その後、HPVワクチン接種の有無で副反応の発症頻度に差がないことが報告され、令和4年(2022年)4月に積極的接種勧奨が再開されましたが、HPVワクチンの副反応に対する人々の不安は払拭されておらず、接種率は低いままとなっています。
HPVワクチンに対する不安が払拭されない要因の一つに、現在も継続しているHPVワクチンの薬害訴訟があります。訴訟では、HPVワクチン接種後に精神神経症状が生じる理論的証拠として、動物実験を含む基礎研究の論文が挙げられています。近畿大学の研究グループは、これらの論文に対して方法論の誤り、結果の論理的な合理性の欠如などを指摘し、副反応の科学的根拠としては不適であることを先行研究で報告しました。これまでは観察的な報告が中心でしたが、今回はマウスを用いた動物実験で、婦人科がん・神経免疫・微生物学の専門家の観点から、HPVワクチンの副反応の根拠とされる論文について検証しました。
【本件の内容】
HPVワクチンは、ウイルスの外殻を構成するタンパクの一つであるL1を抗原として含むワクチンで、接種によりL1に対する抗体がつくられることで、HPVの感染を予防します。ワクチンには、免疫反応を増強するためにアルミニウムを含む免疫を活性化する成分(アジュバント)が添加されており、副反応を支持する仮説の一つに、このアジュバントが何らかの機序で脳に障害を引き起こすと指摘しているものがあります。
研究グループは、HPVワクチン接種により、仮説通りに脳の障害が生じるかどうかを検証するため、HPVワクチンと、アジュバントを含む別のワクチン(B型肝炎ウイルスワクチン、水痘・帯状疱疹ウイルスワクチン)をマウスに投与し、マウスの神経症状、組織レベルの変化、免疫学的変化を観察しました。
その結果、どのワクチンを接種したマウスにも、神経の異常は起こりませんでした。また、顕微鏡で脳を含む臓器に異常があるかどうかを調べたところ、アルミニウム・アジュバントを含むワクチンを投与した場合、注射部位の筋肉にアルミニウムを細胞内に含む免疫細胞が認められましたが、脳・脊髄、心臓、肝臓、腎臓を含む他の臓器に異常は認められませんでした。そのほか、サイトカイン※2 や体重にもHPVワクチンの投与は影響しないことが明らかとなり、HPVワクチンに含まれるアジュバントの安全性が示されました。
本研究はHPVワクチンの安全性を支持する科学的根拠となり、接種率の向上へ貢献することが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:Cancer Science(インパクトファクター:4.3@2024)
論文名:Comparative cytokine & histology studies on HPV
and other viral vaccinations:no pathogenicity of HPV vaccine adjuvants
(ヒトパピローマウイルス[HPV]ワクチンとその他のウイルスワクチンにおける
サイトカイン・組織学的比較研究:HPVワクチンアジュバントに病原性なし)
著者 :城玲央奈1、佐藤文孝2、尾村誠一2、朴雅美3、
コンタングエン2、イジャーズエフマド2、サンデーシュリマール2、
木下浩二4、松村謙臣1*、角田郁生2* *共同責任著者
所属 :1 近畿大学医学部産科婦人科学教室、2 近畿大学医学部微生物学教室、
3 近畿大学医学部医学基盤教育部門、
4 近畿大学医学部内科学教室(血液・膠原病内科部門)
URL :https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cas.70213
DOI :10.1111/cas.70213
【本件の詳細】
HPVには多くの型があり、中でもHPV16、18型などのハイリスク型が、がんの発症に関与します。一方でHPV6、11型は、尖圭コンジローマという外性器に腫瘤を形成する性感染症を引き起こします。これらのHPVに対し、日本ではHPV16・18型の感染を予防できる二価HPVワクチンと、HPV16・18型に加えてHPV6・11型の感染を予防できる四価HPVワクチンの2種類が、定期接種に用いられてきました。いずれのワクチンにもアルミニウムを含むアジュバント(アルミニウム・アジュバント)が添加されており、二価HPVワクチンにはAS04(水酸化アルミニウム[AH]とモノホスホリルリピドA[MPL])、四価HPVワクチンにはアルミニウムヒドロキシリン酸硫酸塩(AHS)が使用されています。
副反応の仮説の一つに、アジュバントが神経障害を引き起こすという報告があります。この仮説では、「アルミニウム・アジュバントを接種すると、同部位の筋肉に炎症を起こし、この筋肉の炎症が何らかの機序で全身の臓器と脳に炎症を来たし、神経障害が起こる」としており、新しい病気として「マクロファージ※3 性筋膜炎(MMF)」と呼称されています。研究グループは、HPVワクチン接種により「MMF仮説」通りに臓器の炎症と神経障害が生じるかどうかを検証するために、二価HPVワクチンと四価HPVワクチン、またそれらのワクチンと共通するアジュバントを含むワクチンをマウスに接種し、顕微鏡上の変化と免疫学的変化を観察しました。
まず、マウスを二価HPVワクチンと四価HPVワクチン、2種類のB型肝炎ウイルスワクチン、あるいはアジュバントAS01(MPLとQS-21)を含む帯状疱疹ウイルスワクチン群に分けて、ワクチンを筋肉内注射しました。4週間ごとに計3回接種を行い、経時的に血液を採取し、最終接種から4週間後にマウスを解剖し、脳・脊髄、筋肉、心臓・肝臓・腎臓などの全身臓器を回収しました。
注射部位の筋肉を観察したところ、4つのアルミニウム・アジュバントを含むワクチン(HPVワクチンとB型肝炎ウイルスワクチン)群全てで、注射部位の筋肉にアルミニウムを取り込んだマクロファージが認められました。一方で、アルミニウム・アジュバントを含まない帯状疱疹ウイルスワクチン群では、注射部位の筋肉には同様の所見は見られませんでした。なお、アルミニウム・アジュバントを含む群ではマウスの脳に炎症や病的な変化は認められず、心臓、肝臓、腎臓を含む他の臓器にも炎症は認められませんでした。また、経時的に採取した血液中のサイトカインを測定したところ、アルミニウム・アジュバントを含むワクチン群でインターフェロン(IFN)-βを含む複数のサイトカインの血液濃度が変化したものの、筋肉の炎症との関連はありませんでした。さらに、過去にはHPVワクチン接種によって、ミクログリア※4 (脳内のマクロファージ系の細胞)の活性化や第三脳室の狭小化が生じるという報告や、ワクチンにより生じた抗体が海馬に沈着するという報告がありましたが、本研究ではそれらの所見は否定されました。
また、ワクチン接種マウスの体重変動の観察を行ったところ、アルミニウム・アジュバントを含むワクチン群では異常はありませんでしたが、帯状疱疹ウイルスワクチン(アジュバントとしてAS01[MPLとQS-21]を含む)群は、接種後に一時的な体重減少が見られました。この群の体重減少は、インターロイキン(IL)-18を含むサイトカイン濃度の上昇と関連していたことから、IL-18受容体欠損マウスに帯状疱疹ウイルスワクチンを接種したところ、IL-18受容体欠損マウス群では、野生型のマウスと比較して体重減少が抑えられました。さらに、同じアジュバントを含むRSウイルスに対するワクチン、あるいはAS01のみをマウスに注射したところ、同様に体重減少が生じました。これらの結果から、IL-18とAS01が体重減少の原因であることが示されました。しかし、二価HPVワクチン(アジュバントとしてAS04[AHとMPL]を含む)群では体重減少が見られなかったことから、帯状疱疹ウイルスワクチンと二価HPVワクチンに共通して含まれるMPLではなく、QS-21が体重減少の原因であることが明らかになりました。
これらの結果から、「マクロファージ性筋膜炎(MMF)」として報告されてきた筋肉の炎症は、アルミニウム・アジュバントを含むワクチンの接種により誰にでも起こる変化であり、全身臓器の炎症や神経障害と関連性はないことが証明されました。さらに、AS04(AHおよびMPL)を含む二価HPVワクチンの注射では体重減少が起こらなかったことから、AS01中のMPLではなくQS-21が体重減少の原因であり、二価HPVワクチンに含まれるMPLが安全であることが示されました。
本研究成果により、HPVワクチン接種および含まれるアジュバントが精神神経症状を引き起こすというMMF仮説は否定されました。これは、HPVワクチンの安全性を支持する科学的根拠となり、ワクチンに対する不安が払拭され、接種率の向上へ貢献することが期待されます。
【研究者のコメント】
角田郁生(ツノダイクオ)
所属 :近畿大学医学部微生物学教室
職位 :主任教授
学位 :博士(医学)
コメント:
これまで近畿大学の研究グループは、HPVワクチン薬害裁判で「副反応」の根拠として引用されてきた論文の誤りを、内容を科学的に精読・検討することで指摘してきました。今回は、実験を行うことで、これまで発表されてきたHPVワクチン接種に対して懸念を示すグループの「発見」が再現できないこと、またHPVワクチン投与により副反応が起きないことを証明しました。理論的にも、実験的にも、HPVワクチン接種に対する懸念が否定されたことにより、HPVワクチン接種への不安の解消に繋がることが期待されます。
【研究者のコメント】
城玲央奈(シロレオナ)
所属 :近畿大学医学部産科婦人科学教室
職位 :助教
学位 :学士(医学)
コメント:
日本はHPVワクチンの「副反応」問題の影響により、HPVワクチンの接種率が低いことが世界的に問題視されています。一方で、日本の状況に反してHPVワクチン接種が進んだ諸外国では、既にワクチンの効果が示されており、HPVワクチンの接種を女性だけでなく男性にも拡大する方向へ向かっています。本研究の成果は第37回国際パピローマウイルス学会で発表され、各国のHPV研究者からも反響を得ました。日本がこれ以上「HPVワクチン後進国」にならないように、そして予防できる子宮頸がんで苦しむ女性が減るように、本研究がHPVワクチン接種率の向上に寄与することを願います。
【用語解説】
※1 アジュバント:免疫賦活剤。ワクチンに加えることで、免疫反応を高め、ウイルスに対する抗体反応を強めることができる成分。ほとんどのワクチンがアルミニウムをアジュバントとして含む。
※2 サイトカイン:主に免疫細胞によって作られる物質で、免疫反応や炎症反応を誘導・制御する。中でも、インターフェロンは強力な抗ウイルス作用がある。
※3 マクロファージ:免疫細胞の一つ。ウイルスなどの異物が体内に侵入した時に、これを取り込む細胞。ウイルスに対するワクチンを注射した際には、マクロファージが、これを取り込んで、他の免疫細胞がウイルスに対する抗体産生を開始する橋渡しをする。
※4 ミクログリア:脳に存在するマクロファージ系の細胞。
【関連リンク】
医学部 医学科 教授 角田郁生(ツノダイクオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1503-tsunoda-ikuo.html
医学部 医学科 教授 松村謙臣(マツムラノリオミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2124-matsumura-noriomi.html
医学部 医学科 臨床教授 木下浩二(キノシタコウジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/805-kinoshita-kouji.html
医学部 医学科 講師 佐藤文孝(サトウフミタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2240-sato-fumitaka.html
医学部 医学科 講師 尾村誠一(オムラセイイチ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2226-omura-seiichi.html
医学部 医学科 講師 朴雅美(パクアミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1601-ah-mee-park.html












