芝浦工業大学・尾崎教授の計算アルゴリズムを NVIDIAが新たに採用
~ AI時代のGPUから、科学シミュレーションに不可欠な高精度計算を引き出す ~
芝浦工業大学(東京都江東区/学長 山田 純)システム理工学部 尾崎克久教授(数値解析研究室)らが考案した計算手法「Ozaki Scheme II(尾崎スキームII)」が、米NVIDIA社の提供するGPU開発基盤「CUDA」に採用されました。2026年9月に公開された最新版「CUDA Toolkit 13.4」に搭載されています。
近年、GPUはAI開発向けに「低精度(桁数の少ない)計算」を高速化する方向で急激な進化を続けています。一方で、気象予測や耐震設計、新材料開発などの科学シミュレーションが必要とする「倍精度(桁数の多い)の正確な計算」においては、ハードウェアの性能を十分に引き出しにくいという課題がありました。
本手法は、AI向けの低精度計算を数学的に組み合わせることで、高精度な計算を大幅に高速化する技術です。2025年に採用された初代「Ozaki Scheme I」に続き、新方式「Ozaki Scheme II」が世界中の研究者が利用するCUDAに組み込まれたことで、日本の大学が誇る基礎研究の成果が、世界の科学技術計算の土台を直接支えることになります。
■ポイント
●本学 尾崎克久教授らが開発した計算手法「Ozaki Scheme I」が2025年にNVIDIA CUDAに搭載されたのに続き、Ozaki Scheme I とは原理の異なる新方式「Ozaki Scheme II」が2026年9月に新たに採用された。
●AI向けに進化した最新GPUから、科学シミュレーションに必要な「倍精度(高精度)計算」の性能を高い水準で引き出す技術。気象予測、耐震設計、量子化学計算、新材料開発など、高い精度が求められる分野の計算基盤を支える。
●スーパーコンピュータ「富岳」の次世代機「富岳NEXT」の開発において、活用する手法の一つとして理化学研究所が公表。米国エネルギー省の科学研究プログラムでの活用も報じられるなど、国内外で注目を集めている。
■背景:AI向けGPUで後退する倍精度演算
計算機シミュレーションでは、数値の桁数を多く扱う「倍精度計算(FP64)」が精度の担保に不可欠です。しかし近年のGPUは、AIの学習・推論に特化した「低精度計算」の処理能力を優先して向上させています。たとえばNVIDIA社のBlackwell世代では、B200が約40 TFLOPSの倍精度性能を備えるのに対し、後継のBlackwell Ultra(B300)は1.2~1.3 TFLOPSと、30分の1以下に低下したことが報告されています[3]。
Ozaki Schemeは、このAI向けの低精度計算能力を数学的アプローチ(誤差なし変換や整数の余りを活用したモジュラー計算)により複数回組み合わせることで、倍精度計算と同等の精度の結果を高速に導き出す技術です。Ozaki Scheme II はGPUに新たな演算回路を追加するものではなく、NVIDIA Ampere世代以降の既存のGPU上でソフトウェアとして動作します。倍精度計算だけを行う場合には使われないままとなる低精度の演算器を活用できるため、AI向けに強化された性能をそのまま科学技術計算に振り向けられます。

尾崎スキーム(Ozaki Scheme)の概念
■14年越しの基礎研究が結実 ― Ozaki Scheme I から II へ
- 2012年:尾崎教授らが最初の手法「Ozaki Scheme I」を発表[1]。計算誤差を数学的に扱う「誤差なし変換」に基づくアルゴリズムを確立。
- 2025年:尾崎教授が理化学研究所の内野佑基氏(本学卒業生)・今村俊幸氏との共同研究により、新方式「Ozaki Scheme II」を発表。整数の剰余(中国剰余定理)を用いる、Ozaki Scheme I とは原理の異なる方式。
- 2025年10月:NVIDIA社がCUDAのcuBLASにOzaki Scheme I によるエミュレーション機能を実装。以降、世界中の研究環境で利用できる機能として提供されている。
- 2026年:Ozaki Scheme II の論文[2]が国際学術誌 The International Journal of High Performance Computing Applications に掲載。
- 2026年9月:「CUDA Toolkit 13.4」に Ozaki Scheme II が正式採用。NVIDIA社のアルゴリズムにより、ワークロードに応じて自動的に最適な方式が選択される。
■技術的成果と国際的なインパクト
NVIDIA社の公開資料(cuBLAS リリースノート。同資料では Ozaki-II Scheme と表記)によると、Ozaki Scheme II は NVIDIA Ampere 世代以降のGPUに対応し、Ozaki Scheme I より高速な場合に自動的に選択されます。B200 GPUでは、実数の倍精度行列積(DGEMM)で最大175 TFLOPS、複素数の場合(ZGEMM)で最大295 TFLOPSを達成しています(複素数側はNVIDIA社の複素行列向け手法との組み合わせによる)。次世代アーキテクチャ「Rubin」ではそれぞれ最大212 TFLOPS、301 TFLOPSとされています(CUDA 13.4におけるRubin対応は開発者向けプレビュー)。TFLOPSは1秒あたり1兆回の計算を表す単位です。
また、本技術は社会・産業界に以下のような広がりを見せています。
- 日本の次世代スーパーコンピュータ「富岳NEXT」での活用:理化学研究所は2026年3月に公開した開発状況資料で、数値計算ライブラリ開発の方向性として「FP64行列演算エミュレーション技術(Ozaki Scheme)による低精度演算器の活用」を挙げています。「富岳NEXT」はスーパーコンピュータ「富岳」の後継機で、富士通・NVIDIAとの連携により2030年ごろの稼働を目指しています。
- 米国の科学研究プログラムでの活用:米国エネルギー省(DOE)が進める「Genesis Mission」が、必要とする倍精度計算能力の確保をOzaki Schemeによるエミュレーションに大きく依存する見通しであると、HPC専門メディアHPCwireが2026年2月に報じています。
- 計算基盤のあり方をめぐる議論:理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は2026年に公表した論文[3]で、AI向けGPUの倍精度演算性能が大きく後退するなか、Ozaki Scheme II を中核とする方式を用いれば主要な計算処理で倍精度の精度を保ったまま性能を回復できると論じ、倍精度専用回路を科学技術計算の必須基盤とみなす従来の見方の再考を提起しています。
- 省電力化:NVIDIA社は、このFP64エミュレーションが性能と電力効率の双方を改善するとしています。電力はスーパーコンピュータ運用上の大きな制約であり、計算基盤の持続可能性にも関わります。
■今後の展望
Ozaki Schemeが現在対象としているのは、シミュレーション処理の中核である「行列計算」です。NVIDIA社はすでに、連立方程式や固有値計算を担う上位ライブラリにも同じ仕組みの導入を始めており、適用できる計算の範囲は広がりつつあります。
少ない電力で高い精度の計算が得られるようになれば、大規模な設備を持つ拠点だけでなく、一般的なGPUを備えた大学の研究室や中小規模の企業でも、これまでにない規模のシミュレーションに挑めるようになると期待されます。本学は今後も、社会課題の解決を支える計算科学・数値解析の研究を推進してまいります。
■論文情報
[1] K. Ozaki, T. Ogita, S. Oishi, S. M. Rump: Error-Free Transformations of Matrix Multiplication by Using Fast Routines of Matrix Multiplication and its Applications, Numerical Algorithms, Vol. 59:1 (2012), pp. 95-118. DOI: 10.1007/s11075-011-9478-1
https://link.springer.com/article/10.1007/s11075-011-9478-1
[2] K. Ozaki, Y. Uchino, T. Imamura: Ozaki scheme II: A GEMM-oriented emulation of floating-point matrix multiplication using an integer modular technique, The International Journal of High Performance Computing Applications, 2026. DOI: 10.1177/10943420261467787
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/10943420261467787
[3] S. Matsuoka: FP8 is All You Need (Part 1): Debunking Hardware FP64 as the HPC Holy Grail, arXiv:2606.06510, 2026.(査読前のプレプリント)
■芝浦工業大学とは
工学部/システム理工学部/デザイン工学部/建築学部/大学院理工学研究科
https://www.shibaura-it.ac.jp/
理工系大学として日本屈指の学生海外派遣数を誇るグローバル教育と、多くの学生が参画する産学連携の研究活動が特長の大学です。東京都(豊洲)と埼玉県(大宮)に2つのキャンパス、4学部1研究科を有し、約10,000人の学生と約300人の専任教員が所属。2024年には工学部が学科制から課程制に移行。2025年にデザイン工学部、2026年にはシステム理工学部で教育体制を再編し、新しい理工学教育のあり方を追求していきます。創立100周年を迎える2027年にはアジア工科系大学トップ10を目指し、教育・研究・社会貢献に取り組んでいます。



























