ヒバクシャの証言を聴く 米国・ブラジル訪日文化研修団の学生たち
加計学園と教育交流協定を結んでいる米国とブラジル4大学の2026年度訪日文化研修団の学生と教員20人を対象に7月5日、広島市内でノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表理事、田中聰司さんが講演しました。田中さんは自らの体験談を語り、「一人一人が、何ができるかということを考え、知恵を絞って行動していただくことを願っています。特に若い人たちのエネルギーに期待しています」と核のない世界の実現を呼びかけ、学生たちも強く感銘を受けた様子でした。
研修団は米国オハイオ州の州立ライト大学、私立フィンドリー大学とブラジル・パラナ州のパラナ連邦大学とパラナ・カトリカ大学の学生17人と教員3人。1980年代初頭から研修団の交流がほぼ毎年続いており、この時期に来日し、岡山理科大学、倉敷芸術科学大学など加計学園の設置校などを訪問して学生同士が交流するほか、広島では原爆ドームを訪れ、被爆者らの話を聞いて平和について学びます。今回の日程は6月25日~7月10日の16日間でした。
講演で田中さんはまず、「人類は今生き残るか、全滅するかの境目にあります。私の体験を、あなた方の今の暮らしに照らし合わせながら聞いてください」と学生たちに訴えました。
1歳5カ月の時に母親に連れられて被爆直後の広島に入って被爆した経緯から解きほぐし、被爆者としての戦後の厳しい生活などを説明。「原爆直後から今までに、広島、長崎で60万人が亡くなっています。私を含めまだ生きている被爆者が10万人ほどいます。80年経っても、被爆者手帳手続きをする人がいます。大勢の2世、3世がいます。被害は現在も続いている、将来にまで続いている私たちの問題であることを表しています。広島は昔話ではないと知っておいてもらいたいと思います」と続けました。
そして核兵器廃絶へ向けた活動です。「私たちの訴え、やっと実った訴えの一つが核兵器禁止条約(PTNW)です。9年前に国連で誕生しました。その時から私たちはずっと、この条約に参加しましょう、早く核兵器を持っている国もこの条約に参加させて、核兵器をなくしていきましょうと訴え続けています」
核保有国首脳に対する核軍縮要望、各地でのアピール活動――。核戦争や地球温暖化などによって人類が滅亡するまでの残り時間を示す「終末時計」が過去最短の「残り85秒」とされている点に触れ、「85秒を2分にしよう、3分に戻そう、4分に戻そう」と訴え、「全ての悪の根源である核兵器に対してもっと怒りましょう。みんなで知恵を絞りましょう。みんなで戦いましょう」と締めくくりました。
講演の感想について、パラナ連邦大学のフェルナンド・サナダ・ガルペリンさんは「被爆者の方々について学ぶことで、世界の平和について深く考えるようになり、被団協の活動の大切さも理解することができました。また、戦争は人の人生を大きく変えてしまうほど大きな影響を与えることを実感しました。これからは、被団協の皆さんとともに、世界中の人々へ平和の大切さを伝えていきたいと思いました」。
またライト大学のギブソン・デスティニーさんは「被爆という大変な悲劇を経験されたにもかかわらず、核兵器廃絶に向けて、様々な国の人たちと、核保有国の指導者たちに働きかける運動をされていることを知り、感銘を受けました。田中さんご自身も被爆者という事で差別を経験されてきたということですが、それにも屈せず、反核運動を強く推進され、ノーベル賞受賞にまでつながった、その姿と経験談に強く感銘を受けました」と話していました。





















