― ワクチン接種+過去の感染で免疫力が増強 ― 新型コロナウイルスにおける 「ハイブリッド免疫」のメカニズムを解析
抗体だけに頼らない、自然免疫を活用した新たなワクチン開発の可能性
鹿児島大学ヒトレトロウイルス学共同研究センターの松田幸樹准教授、前田賢次教授の研究グループは、国立健康危機管理研究機構(JIHS)、熊本大学との共同研究により、新型コロナウイルスの二価ワクチン接種と過去の感染が組み合わさることで生じる「ハイブリッド免疫」が、オミクロン変異株への防御を高める仕組みを明らかにしました。これは、抗体(液性免疫)だけに頼らない、自然免疫を活用した新たなワクチン開発の可能性を示すものです。研究成果は、国際免疫学会連合(IUIS)機関誌「Frontiers in Immunology (Q1. IF: 7.0)」に2026年7月2日に掲載されました。
【ポイント】
■ブレイクスルー感染※1への抵抗性:二価ワクチンによる免疫のみを有する被験者はブレイクスルー感染の発生率が高いのに対し、ハイブリッド免疫を有する被験者は、より強力かつ広範なウイルス抵抗性を示す。
■自然免疫応答の強化:過去の感染歴と二価ワクチン接種の組み合わせは、抗体だけでなく、自然免疫系を独自に活性化させ、オミクロンXBB.1.16およびEG.5.1.1といった免疫逃避型変異株をより的確に認識・抑制できるようになる。
【研究の背景】
2023年の春から秋にかけて、免疫逃避能を持つオミクロンXBB.1.16株※2とEG.5.1.1株※3が日本国内で流行し、COVID-19ワクチンの有効性は損なわれつつありました。特に感染力の強い株が流行する時期には、複数回のブースター接種を受けていても、ブレイクスルー感染が依然として頻繁に発生しました。ワクチン接種と過去の感染によって生じる「ハイブリッド免疫」は複数の新型コロナウイルス変異株に対する防御効果を高めることが分かっており、いくつかの研究ではハイブリッド免疫がより広範で持続性の高い抗体応答を促進し、自然免疫を強化する可能性があることが示唆されていましたが、その根本的なメカニズムは十分に解明されていませんでした。
また、日本では2022年末までに野生株およびオミクロンBA.4/5株のスパイクタンパク質を標的とする二価mRNAワクチンが導入され、2023年初頭までに、オミクロンXBB系統株への広範な暴露が続く中、18歳以上の成人の大半が少なくとも3回の接種を受けていました。本研究ではXBB.1.16株およびEG.5.1.1株が出現する前の免疫学的防御因子を評価し、ブレイクスルー感染との関連を調べました。
本研究は、国立健康危機管理研究機構(JIHS)の山本尚平主任研究員・溝上哲也部長(臨床研究センター疫学・予防研究部)・大曲貴夫センター長(国際感染症センター長)、熊本大学の本園千尋准教授(ヒトレトロウイルス学共同研究センター感染免疫学分野(現・ヒト分子免疫学分野))らとの共同研究として実施されました。
【研究の方法】
オミクロンXBB.1.5株流行期である2023年6月の新型コロナウイルス抗体調査に参加したJIHS職員のうち、調査時点で3回の従来型mRNAワクチン接種歴を持つ50症例のブレイクスルー感染群と50症例の対照群を対象とした、以前の症例対照研究の検体を用いて液性免疫※4および自然免疫※5応答を評価しました。ハイブリッド免疫群、ワクチン誘導免疫が高い群、ワクチン誘導免疫が低い群の3群について、ブレイクスルー感染前(2023年6月時点)の野生株とオミクロンXBB.1.16株、EG.5.1.1株に対する中和抗体価※6、サイトカイン・ケモカイン解析、およびブレイクスルー感染率を比較しました。
【研究の成果】
ブレイクスルー感染例はワクチン誘導免疫が低い群に多く認められ(60%)、ハイブリッド免疫を示す症例では限られていました(24%)(表1)。ハイブリッド免疫群ではワクチン単独群よりも高い中和活性が認められましたが(図1A)、各群間をブレイクスルー感染の有無で比較した場合に中和活性に有意な差は認められなかったことから、液性免疫のみではブレイクスルー感染に対する防御を説明できませんでした(図1B)。

表1 免疫状態におけるブレイクスルー感染率の比較
ブレイクスルー感染はワクチン接種後に発生したSARS-CoV-2感染と定義し、ハイブリッド免疫群、高ワクチン誘導免疫群、低ワクチン誘導免疫群間でブレイクスルー感染の割合を比較した。各群の被験者数(%)を示す。統計解析はカイ二乗検定を用いた。

図1 免疫状態およびブレイクスルー感染群と非感染群における中和抗体価の比較
(A)ハイブリッド免疫群、高ワクチン誘導免疫群、低ワクチン誘導免疫群における野生株、オミクロンXBB.1.16株、EG.5.1.1株に対する中和抗体価の比較。
(B)(A)の中和抗体価をブレイクスルー感染の有無で分け、6群間の比較を行った。
サイトカイン・ケモカイン解析により、ハイブリッド免疫を有しブレイクスルー感染を起こしていない被験者において、血中IL-8の上昇が認められましたが(図2A)、IL-8処理によるSARS-CoV-2特異的T細胞応答に差は認められませんでした(図2B、C)。

図2 血中サイトカイン・ケモカイン解析とSARS-CoV-2特異的CD8+T細胞誘導に対するIL-8の影響
(A)ブレイクスルー感染の有無によるハイブリッド免疫群、高ワクチン誘導免疫群、低ワクチン誘導免疫群における血中IL-8産生量の比較。
(B)テトラマー陽性CD8陽性T細胞解析におけるフローサイトメトリーのゲート設定。
(C)NF9ペプチド(HLA-A*24:02拘束性SARS-CoV-2スパイクエピトープ)による刺激後に誘導されたテトラマー陽性CD8陽性T細胞の頻度。
一方で、SARS-CoV-2のヌクレオカプシド(N)タンパク質※7で刺激されたマクロファージはIL-8を誘導し(図3A)、これが好中球の走化性を促進しました(図3B)。また、好中球の活性化マーカーであるS100A8/A9はIL-8産生量と相関を示し(図3C)、ハイブリッド免疫群で上昇していました(図3D)。

図3 Nタンパク質が単球誘導性マクロファージ(MDMs)に与える影響とIL-8による好中球の走化性促進作用および好中球活性化マーカーの比較
(A)健常者由来単球を用いて分化誘導したMDMsにSARS-CoV-2のスパイク(S)タンパク質※8またはNタンパク質を処理し、CXCL8/IL-8遺伝子のmRNA発現量を比較した。
(B)ヒト前骨髄球性白血病細胞株HL-60細胞を用いて分化誘導した好中球様細胞にIL-8を処理し、細胞の走化性を評価した。
(C)100症例(ブレイクスルー感染群50症例と対照群50症例)の血中IL-8量と好中球活性化マーカーS100A8/A9量の相関解析。
(D)ハイブリッド免疫群、高ワクチン誘導免疫群、低ワクチン誘導免疫群における血中の好中球活性化マーカーS100A8/A9量の比較。
本研究から、ハイブリッド免疫はIL-8依存性のマクロファージ・好中球間の相互作用を介して、オミクロンXBB.1.16/EG.5.1.1株に対する防御効果をもたらす可能性があることが明らかになりました(図4)。つまり、ワクチン接種と感染歴の両方があるヒトにはワクチン接種のみでは得られないマクロファージ・好中球による自然免疫の活性化が認められ、これは液性免疫だけでなく、その他の免疫系も活性化できるような新しいメカニズムによるワクチン開発の重要性を示しています。

図4 SARS-CoV-2ブレイクスルー感染を防ぐための、 IL-8を介した好中球活性化のメカニズム
過去のSARS-CoV-2感染はIL-8産生の上昇および好中球の活性化を特徴とする持続的な自然免疫の活性化を誘発する可能性がある。これらの知見は、IL-8ー好中球の相互作用がハイブリッド免疫を有するヒトにおけるSARS-CoV-2のブレイクスルー感染に対する防御に関与している可能性を示唆している。
【謝辞】
本研究はヒトレトロウイルス学共同研究センター共同研究事業(25K03)、JIHS 新型コロナウイルス感染症対策特別基金(19K059)、科学研究費助成事業(26K02455)などの支援により実施されました。また、本研究は地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)の支援を受けました。
【論文情報】
掲載誌:Frontiers in Immunology (Q1. IF: 7.0)
題名:Hybrid immunity from bivalent vaccination and prior infection enhances humoral and innate protection against Omicron XBB.1.16 and EG.5.1.1 variants in Japan.
著者:Kouki Matsuda1,*,†, Shohei Yamamoto2, Chihiro Motozono3, Yoshiki Aritsu3, Yuki Furukawa1, Airi Noborio1, Daisuke Takada1, Hiyori Sasagawa1, Yuichi Akahori1, Kiyoto Tsuchiya4, Hiroyuki Gatanaga4, Takamasa Ueno3, Norio Ohmagari5, Tetsuya Mizoue2, Kenji Maeda1,†
*:筆頭著者
†:共同責任著者
所属:
1. 鹿児島大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター 抗ウイルス療法研究分野
2. 国立健康危機管理研究機構 臨床研究センター 疫学・予防研究部
3. 熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター 感染免疫学分野
4. 国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター エイズ治療・研究開発センター
5. 国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター 国際感染症センター
DOI: 10.3389/fimmu.2026.1807238
URL: https://www.frontiersin.org/journals/immunology/articles/10.3389/fimmu.2026.1807238
【用語解説】
(※1) ブレイクスルー感染
新型コロナウイルスのワクチンを接種して、2週間以上経ってからSARS-CoV-2に感染すること。
(※2) オミクロンXBB.1.16株
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC: variant of concern)」の一つ。オミクロンXBB.1.5株から派生した亜系統の一つであり、2023年春から夏にかけて世界的に流行した。XBB.1.5系統と共通する変異(約40カ所)に加えて、2カ所の変異(E180V変異、T478R変異)を有する。
(※3) オミクロンEG.5.1.1株
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、VOCの一つ。XBB.1.9.2株からさらに派生した亜系統の一つであり、2023年中盤から世界的な主流株となった。EG.5.1系統のスパイクタンパク質はXBB.1.5系統と共通する変異(約40箇所)に加えて、3カ所の変異(Q52H変異、F456L変異等)を有する。
(※4) 液性免疫
主にB細胞が「抗体」を作り出し、体内に侵入した病原体を無力化・排除する免疫の仕組み。
(※5) 自然免疫
生まれつき体に備わっている、病原体や異物をいち早く察知して排除する防御システム。主にマクロファージ、樹状細胞、好中球などの貪食細胞やNK細胞などが中心的役割を担う。
(※6) 中和抗体
ワクチン接種またはウイルス感染によって誘導される免疫応答により産生される抗体。ウイルス表面のスパイクタンパク質に結合し、ウイルスの感染を阻害する機能を持つ。
(※7) ヌクレオカプシドタンパク質
新型コロナウイルスの構造タンパク質の一つ。ウイルスの遺伝情報であるRNAと結合し、ウイルス粒子の形成・ウイルス複製に関与している。
(※8) スパイクタンパク質
新型コロナウイルスがヒトの細胞中に侵入する際に必要な、細胞と結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの主な標的となっている。
【鹿児島大学について】
鹿児島大学は、9つの学部と9つの大学院研究科を擁する、南九州における最高学府です。南九州から南西諸島など南北600キロに及ぶ県土を本学のキャンパスとして、そこにある自然・歴史・風土・産業を土台に活動しています。地域とともにある大学として「知」と「智」の力をもって、“進取の精神で、地域と世界の未来に挑む教育研究拠点”となることを目指して進んでまいります。
鹿児島大学HP : https://www.kagoshima-u.ac.jp/
鹿児島大学Instagram: https://www.instagram.com/kagoshima_univ.koho/
ヒトレトロウイルス学共同研究センターHP: https://ccvd.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~antiviral/























