患者と医療・社会をつなぐ秘密計算を用いた世界初の秘匿型ePROシステムで有効性を確認
~英誌「Nature」関連誌「npj Digital Medicine」に論文掲載~
千葉大学医学部附属病院(病院長:大鳥精司)の消化器内科の太田佑樹 助教、小笠原定久 講師、加藤順 准教授、同院 次世代医療構想センター 吉村健佑 特任教授、およびNTTドコモビジネス株式会社(取締役社長・CEO:小島克重、以下 NTTドコモビジネス) らの共同研究チームは、完治が難しく継続的な治療が必要な慢性疾患「潰瘍性大腸炎」「クローン病」などの炎症性腸疾患※1(以下 IBD)の患者さんを対象に、世界初の秘匿型ePRO※2システムを開発し、2022年12月より研究を実施(以下 本研究)してきました。
ePROとは、患者さんがPC、スマートフォン等で症状・生活状況・治療満足度などの患者報告アウトカム(PRO)を直接入力・報告する電子システムです。従来の方法では「回答が他者に見られる」という不安や医師への遠慮から治療やQOL(Quality of Life)向上のために必要な情報が収集されない可能性がありました。
「ASAHI」(本研究のプロジェクト名)は、秘密計算※3とePROを組み合わせることにより、プライバシーを守りつつ、これまで診療に活かされなかった患者実態の収集をめざしています。このたび、2022年12月から2024年3月に千葉県内15施設のIBD患者322人を対象とした観察研究により、その有効性を確認することができました。この仕組みはIBDのみならず、あらゆる慢性疾患に応用可能です。
本研究成果は、2026年6月12日に、国際学術誌「Nature」の関連誌「npj Digital Medicine」に掲載されました。
論文はこちら:https://doi.org/10.1038/s41746-026-02814-z
■成果のポイント
疾患が患者さんに及ぼす影響や治療の効果を調査する患者報告アウトカムには、以下の課題があります。
・「患者のプライバシー保護」…IBDのような慢性疾患は、症状に関する情報がプライバシーに深く関わるため。
・「社会的望ましさバイアス※4」…実態ではなく、社会的に正しいと思われる回答をしてしまう心理的現象。医療現場では、医師への遠慮が加わり、特に顕著になりやすい。
2022年12月~2024年3月、千葉県内15施設のIBD患者322名に「ASAHI」の有効性を探る観察研究を行いました。
・患者の6割が「答えやすかった」と回答し、秘匿だからこその答えやすさが示唆された。
・便意切迫感を「医師に伝えるべき症状」と認識しながら、実際に伝えていたのは7割弱にとどまった。
・服薬状況についても約3割の患者で、自己申告と実際の服薬状況に乖離が認められた。
■今後の展望(研究者コメント)
千葉大学医学部附属病院 消化器内科 太田佑樹
医師にこそ言いにくいという「診察室に生まれる遠慮の壁」を少しだけ、秘密計算により初めて取り除くことができました。医師として研究者としてIBD以外の慢性疾患にも応用されることを期待します。今後、AIの活用や個別化医療への展開も見据え、患者さんからの「率直な声」を医療に活かす未来を目指します。
NTTドコモビジネス株式会社スマートヘルスケア推進室 櫻井陽一
今回、秘密計算とePROを組み合わせた研究が、Digital Health関連のトップジャーナルであるnpj Digital Medicineに掲載されたことで、世界に誇れるエビデンスとなったことを大変嬉しく思います。今後、こうした技術の組み合わせが医学・医療のみならず、あらゆる分野に届くことを期待します。
■参考 従来のPRO方式との違いと、本研究内容の重要なポイント
従来のPRO方式と本研究において開発した秘匿型ePROの違いは、患者データを医療者やシステム運用者に参照可能か否かという点です。新たな方式では、ePROを用いて医療者を介さずデータを収集したうえで、秘密計算を利用しデータを保存、統計処理するため患者個人のデータを誰も参照することができないため、患者データの秘匿性を保つことが可能です。

<従来のPRO方式と本研究において開発した秘匿型ePROの違い>
本研究内容の重要なポイントは、診療において非常に重要である事項が、患者さん、医療者間でコミュニケーションが適切にされていなかったという点です。

<本研究のポイント>
「NTTコミュニケーションズ株式会社」は2025年7月1日に社名を「NTTドコモビジネス株式会社」に変更しました。私たちは、企業と地域が持続的に成長できる自律・分散・協調型社会を支える「産業・地域DXのプラットフォーマー」として、新たな価値を生み出し、豊かな社会の実現をめざします。

https://www.ntt.com/about-us/nttdocomobusiness.html
※1 炎症性腸疾患(IBD):潰瘍性大腸炎(UC)とクローン病(CD)を含む慢性難病。腸管に繰り返す炎症が起こり、国内患者数は難病の中では最も多い30万人以上です。根治療法はなく、生涯にわたる治療管理が必要。一人当たりの診療時間が短く患者の実態を知ることが難しい側面もあります。
※2 電子患者報告アウトカム(ePRO):患者が症状・生活状況・治療満足度などをスマートフォン等で直接入力・報告する電子システムです。
※3 秘密計算(SMPC:Secure Multi-Party Computation):データを暗号化したまま分散・断片化し、個人情報を一切復元せずに暗号化のまま統計解析を行う暗号技術です。本研究ではNTTドコモビジネス株式会社が提供するSeCIHIプラットフォーム(ISO/IEC 4922-2:2024準拠)に実装しております。
※4 社会的望ましさバイアス:回答者が「本音」ではなく「社会的に正しいと思われる回答」をしてしまう心理的現象のことをいいます。医療場面では医師への遠慮が加わり特に顕著になりやすいと言われております。
■論文情報
タイトル:Privacy Preserving Digital Platform for Patient Reported Outcomes in Inflammatory Bowel Disease
著者:Yuki Ohta, Takashi Taida, Sadahisa Ogasawara, Takuma Aizu, Takahito Konagaya, Mitsunori Ota, Ryoko Koborita, Ryuji Suzuka, Toshiyuki Ito, Yusuke Ozeki, Makoto Furuya, Nobuaki Shu, Ryosuke Horio, Ariki Nagashima, Wataru Shiratori, Yuya Yokoyama, Masato Nakamura, Kenichiro Okimoto, Keiko Saito, Tomoaki Matsumura, Tomoo Nakagawa, Minobu Shimazu, Yoichi Sakurai, Kensuke Yoshimura, Jun Kato
雑誌名:npj Digital Medicine
DOI:10.1038/s41746-026-02814-z
■研究プロジェクトについて
本研究は、千葉大学医学部附属病院消化器内科が主導するIBD多施設前向き観察研究「Far EAST 1000」(試験ID:UMIN000039131、登録日:2020年1月11日)の参加患者を対象として実施されました。本研究に直接の外部資金援助はなく、Far EAST 1000はAbbVie Inc.の機関支援(千葉大学大学院医学研究院消化器内科学)および公益財団法人千葉県健康づくり財団の助成(太田佑樹)を受けています。

















