医療は、診断だけでは成立しないーすべての医療者に必要な「医療面接」という土台

たまには、少し昔の話をしたいと思います。
私は現在、眼科医として診療しています。網膜疾患、緑内障レーザー、小児近視、白内障、そして眼底から全身疾患を考えるようなテーマにも取り組んでいます。
そのため、「眼科医」として見られることが多いのですが、実は学生時代の私は、かなり総合診療科に近いところにいました。
2002年ごろ、大阪市立大学医学部、現在の大阪公立大学医学部で、「SP工房」という医療面接の勉強会を主催していました。
SPとは、Simulated Patient、あるいはStandardized Patientの略で、日本語では模擬患者と呼ばれます。医学生や医療者が、患者さん役の方を相手に医療面接を学ぶための仕組みです。
当時は、OSCEという臨床実技試験が本格的に導入される前夜の時代でした。医学教育の中で、知識だけではなく、実際に患者さんとどう向き合うか、どう話を聞くか、どう説明するかが少しずつ重視され始めていた頃です。
SP工房には、医学生だけでなく、総合診療科の教員、医療ボランティアをしたい患者さん、演技経験を活かしたい劇団員さんなど、さまざまな立場の方が関わってくださいました。
学生は医療面接を学びたい。
教員はOSCE導入を見据えて模擬患者を育成したい。
患者さんは、自分の病気の経験を医療教育に役立てたい。
劇団員さんは、演技の力を医療の場で活かしたい。
そうした人たちの思いが重なって、医療面接の勉強会が形になっていきました。
私は、準備、運営、周知、シナリオ作成、アンケート集計、フィードバックまで、かなり多くの部分を担当していました。正直に言えば、かなり大変でした。
ただ、今振り返ると、この経験は私の医療者としての原点の一つになっています。
医療面接は、内科だけのものではない
「医療面接」と聞くと、内科や総合診療科の技術だと思われるかもしれません。
たしかに、内科診療では病歴聴取が非常に重要です。どのような症状が、いつから、どのように起こり、何によって悪化し、何によって改善するのか。患者さんの話を丁寧に聞くことで、診断の大きな方向性が決まります。
しかし、医療面接は内科だけの技術ではありません。
眼科でも、整形外科でも、皮膚科でも、耳鼻科でも、歯科でも、看護でも、リハビリでも、薬局でも、医療に関わるすべての場面で必要です。
なぜなら、医療面接は単に「症状を聞く技術」ではないからです。
それは、患者さんの中にある情報を引き出し、その人が何に困っていて、何を不安に感じ、どのような未来を望んでいるのかを知るための技術です。
そして同時に、患者さんが治療を理解し、納得し、自分の生活の中で実行していくための入り口でもあります。
患者さんは、病気だけを持って来院するわけではない
診察室に来られる患者さんは、単に「病名」だけを持って来られるわけではありません。
不安を持っています。
生活を持っています。
仕事を持っています。
家族を持っています。
経済的な事情を持っています。
これまでの医療体験を持っています。
病気に対する思い込みや恐怖も持っています。
同じ病名でも、患者さんごとに背景はまったく違います。
例えば、同じ緑内障でも、「失明するのではないか」と強く不安に思う人もいれば、「自覚症状がないから点眼を続ける意味がわからない」という人もいます。
同じ糖尿病網膜症でも、「内科には通っているから大丈夫」と思っている人もいれば、「目まで悪くなるとは思っていなかった」と驚く人もいます。
同じ小児近視でも、保護者の方が「メガネをかければよい」と考えている場合と、「将来の網膜剥離や緑内障のリスクまで心配している」場合では、説明の仕方が変わります。
同じ白内障でも、「手術が怖い」という人もいれば、「いつまで運転できるか」が最大の関心事である人もいます。
医療者側が正しい医学知識を持っていても、患者さんが何に困っているかを知らなければ、その知識は十分には届きません。
医療面接は、情報を集めるためだけのものではありません。患者さんの不安や生活背景を理解し、その人が治療を自分ごととして受け止め、行動に移すための土台でもあります。
人は、正しいから動くのではありません。
自分ごとになった時に動きます。
納得した時に動きます。
不安が整理された時に動きます。
医療者との信頼関係ができた時に動きます。
「この治療は、自分の未来に必要なのだ」と腑に落ちた時に動きます。
だからこそ医療者には、「正しいことを言う力」だけではなく、「その人が動ける形に翻訳する力」が必要なのだと思います。
眼科こそ、医療面接が重要である
眼科は、検査機器が非常に発達している診療科です。
視力、眼圧、眼底写真、OCT、OCT angiography、視野検査、角膜形状解析、前眼部OCT。さまざまな機器を用いることで、目の状態をかなり詳細に評価できます。
だからこそ、眼科では「検査結果を見ればわかる」と思われやすい面があります。
しかし、実際にはそうではありません。
いつから見えにくいのか。
片目なのか両目なのか。
急に起きたのか、ゆっくり進んだのか。
歪んで見えるのか、かすむのか、暗く見えるのか。
飛蚊症が増えたのか、光が走るのか。
運転で困っているのか、仕事で困っているのか、読書で困っているのか。
こうした情報は、検査だけではわかりません。
また、眼科疾患は自覚症状に乏しいものも多いです。緑内障はかなり進行するまで気づかないことがあります。糖尿病網膜症も、重症化するまで視力が保たれることがあります。小児近視は、子ども自身が困っていることをうまく言葉にできないことがあります。白内障も、「年のせい」と思われて受診が遅れることがあります。
つまり眼科では、検査機器の力と同じくらい、患者さんの話をどう聞き、どう未来につなげるかが重要になります。
医療は、診断だけでは成立しない
学生時代にSP工房を主催し、医療面接を学び、医学教育学会で発表した経験は、私に一つの感覚を残しました。
それは、
「医療は診断だけでは成立しない」
という感覚です。
もちろん、診断は極めて重要です。診断が間違っていれば、治療も説明も間違います。
しかし、診断が正しくても、患者さんに届かなければ医療は成立しません。
治療方針が正しくても、患者さんが納得できなければ続きません。
生活習慣改善が必要でも、患者さんが動けなければ変わりません。
定期検査が必要でも、その意味が伝わらなければ来院は途切れます。
だから医療者には、医学知識と同時に、人と向き合う力が必要です。
患者さんの言葉を聞く。
背景を理解する。
不安を整理する。
必要な情報を伝える。
未来のリスクを共有する。
行動につながる言葉を探す。
これは、医師だけでなく、看護師、薬剤師、視能訓練士、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、受付スタッフを含め、すべての医療者に関わる力だと思います。
これからも、人とつながる医療を
SP工房の活動は、その後、後輩へ引き継がれ、20年以上続いているそうです。
学生時代に始まった小さな勉強会が、長く続いている。それを聞いた時、素直に嬉しく思いました。
当時は、準備も運営も大変でした。正直、かなり負荷は高かったです。
それでも、あの時代に医療面接、学会発表、教育に関わる経験ができたことは、今の自分にとって大きな財産になっています。
知識や経験を積み重ねることは大切です。
しかし、それをどう人に届けるか。
どう患者さんの人生に接続するか。
どう行動変容につなげるか。
その土台は、学生時代に作られたのかもしれません。
今、私は眼科医として診療しています。
しかし、眼だけを見ているつもりはありません。
眼底から全身の血管リスクを考える。
糖尿病や高血圧、睡眠時無呼吸症候群との関係を考える。
小児近視を、子どもの将来リスクとして考える。
白内障手術を、単なる視力改善ではなく、生活の質や自立の問題として考える。
緑内障治療を、点眼を続ける負担や生活への影響まで含めて考える。
その根底には、患者さんを一人の生活者として見る視点があります。
医療は、病気だけを扱うものではありません。
人を見て、生活を見て、未来を見て、その人が少しでも良い方向へ進めるように支えるものだと思います。
これからも、「人とつながる医療」を大切にしていきたいと思います。

医療法人社団久視会 いわみ眼科
理事長:岩見 久司(医学博士・日本眼科学会認定 眼科専門医)
所在地:兵庫県芦屋市公光町11-2 CH158 BLDG HANSHIN ASHIYA 2F
公式サイト:https://iwami-eyeclinic.com/
TEL:0797-35-0183

















