亜酸化窒素を無害化する貴金属を用いない電極材料の開発 ~温室効果ガス排出抑制への貢献に期待~

【ポイント】
●CO2の約300倍の温室効果を示す亜酸化窒素(N2O)を無害化する比較的安価な電極材料を開発。
●開発した電極材料のN2O浄化活性は分子系貴金属を用いない電極触媒の中では世界トップクラス。
●亜酸化窒素の排出抑制に伴う気候変動の抑制や地球環境保全に貢献。
【概要】
北海道大学大学院地球環境科学研究院の加藤優准教授、工学院大学教育推進機構基礎・教養科の桑村直人准教授、高輝度光科学研究センター産学総合支援室の渡辺剛主幹研究員、九州シンクロトロン光研究センタービームライングループの瀬戸山寛之主任研究員、近畿大学理工学部応用化学科の朝倉博行講師らの共同研究グループは、高価な貴金属を用いない鉄やコバルト、ニッケルを用いた亜酸化窒素(N2O)を無害化する電極材料の開発に成功しました。
N2Oは二酸化炭素の約300倍の温室効果があるだけでなく、今世紀最大のオゾン層破壊物質でもあります。このN2Oを室温・常圧の温和な条件下で浄化する技術として、電気分解によるN2O浄化(電解N2O浄化法)がありますが、電極材料としてプラチナやパラジウムなどの高価かつ希少な貴金属が一般的に用いられています。そのため、貴金属を含まない比較的安価かつ高いN2O浄化活性を示す電極材料の開発が望まれていました。
本研究では、電極触媒※1 として、比表面積が広い炭素粉末に固定化された金属錯体※2 を開発し、それらの電気化学N2O浄化活性を調べました。用いた電極触媒の特徴は、硫黄原子を含むジチオレン配位子と比較的安価な鉄、コバルト、ニッケルイオンを組み合わせた金属錯体を用いた点です。得られた電極触媒を用いて室温、常圧、水溶液中でのN2O浄化を実施した結果、コバルト錯体が特に高い活性を示し、そのターンオーバー頻度※3 は、貴金属を用いない分子系電極触媒の中でも世界一(860h-1)であることが分かりました。また、国内放射光施設(SPring-8、高エネルギー加速器研究所、九州シンクロトロン光研究センター)でのX線吸収・発光分光測定※4 などや量子化学計算を実施した結果、空気中では不安定であるコバルト(I)価イオン種が生成し、触媒活性を示していることが明らかとなりました。本成果は、N2O浄化に伴う温室効果ガスの排出抑制や地球環境保全のための基盤技術としての展開が期待されます。
本研究成果は、2026年5月3日(日)公開のJournal of the American Chemical Society誌にオンライン掲載されました。
【背景】
亜酸化窒素(N2O)はCO2の約300倍の地球温暖化係数を示す温室効果ガスであり、かつ今世紀最大のオゾン層破壊物質です(図1)。大気中のN2O濃度は現在約340ppbであり、産業革命前の約270ppbと比較して約25%増加しています。また、2020年のN2Oの大気中濃度の上昇速度は毎年1.3ppbであり、2010年代の毎年0.96ppbと比較して約30%高い水準にあります。世界人口の増加に伴う肥料の使用量増加やCO2排出量削減等に伴うエネルギー源としてのアンモニア使用量の増加が予想されるため、アンモニアの副生成物であるN2Oの人為的排出量は今後より一層増加することが懸念されています。N2O排出に伴う気候変動への影響や地球環境負荷を抑制するためには、N2Oを効率よく無害化する技術開発が必要不可欠です。
従来型N2O浄化技術としては固体触媒を用いた熱分解が主流ですが、比較的高温(≥300℃)の温度条件が必要です。それに対し、電気分解によるN2O浄化法(電解N2O浄化法)は、温和な条件(室温・常圧)で反応が進行し、また、自然エネルギーとの相性もよいと考えられるため、高効率かつ持続可能な次世代N2O浄化技術として着目されています。このような電解N2O浄化法における課題は、N2O還元反応(N2ORR)を効率よく駆動させるための電極材料(電極触媒)として、貴金属であるプラチナやパラジウムなどの高価かつ希少な貴金属が用いられている点です。将来的な電気化学N2O還元法の大規模での応用展開を見据えた場合には、材料コストが抑えられかつ資源的制約の少ない貴金属を用いない電極触媒の開発が求められています。
【研究手法】
研究グループは、貴金属を用いないN2ORR電極触媒として、触媒としての金属錯体を炭素粉末表面に固定化した電極材料を開発しました(図1)。今回の研究では比較的安価な金属イオンである鉄、コバルト、ニッケルイオンと酸化還元活性を示す硫黄を含むジチオレン配位子を組み合わせた金属錯体を触媒として用い、比表面積が広い炭素粉末表面に固定化することでN2ORR電極触媒として使用しました。また、環境にも配慮して、有機溶媒を用いずに、水溶液中、室温・常圧の温和な条件で電気化学N2ORRを実施し、触媒活性の指標となるターンオーバー頻度を決定しました。また、得られた電極触媒の酸化数の状態や反応機構に関する知見を得るために、国内放射光施設である大型放射光施設SPring-8※5(BL14B2、BL11XU)、九州シンクロトロン光研究センターSAGA-LS※6(BL11)、高エネルギー加速器研究所(フォトンファクトリー)での放射光実験(X線吸収・発光分光測定)や量子化学計算なども実施しました。
【研究成果】
調製した電極触媒の電気化学的N2ORR活性をpH13のアルカリ水溶液中で調べた結果、鉄、コバルト、ニッケル錯体の中では、コバルト錯体が最も高い活性を示すことが明らかになりました。そのターンオーバー頻度は、-0.3Vで約360h-1、-0.6Vでは約860h-1まで上昇することが明らかとなりました。この活性は過去に報告されているプラチナやパラジウムなどの貴金属を含まない分子系N2ORR電極触媒としては世界最高値です(図2)。また、-0.3Vでの活性持続性を調べた結果、24時間まではほぼ劣化しないことも明らかとなり、触媒耐久性も比較的高いことが分かりました。反応機構を調べるために電気化学条件下でのX線吸収分光測定を実施した結果、大気中では不安定であるコバルト(I)価イオン種が触媒活性種として生成していることを突き止めました。量子化学計算の結果もこの実験結果を支持しているだけでなく、コバルト(I)価イオン周りの平面性が反応活性に寄与しているという結果を得ています。

【今後への期待】
電解N2O浄化法は発展途上の技術であり、電極触媒の開発だけでなく、電解システムの開発など応用化のための課題は山積みです。特に貴金属を用いないN2ORR電極触媒の開発に関しては、報告例が限られているため、どのように触媒を設計すれば高活性が得られるのか、未だ手探りの状況です。本研究がきっかけとなり、金属錯体のデザイン性を活かした、より高活性かつ高耐久性を示す電極触媒の開発が進むことで、人為的N2O排出量ゼロを実現し、気候変動の抑制や地球環境保全に貢献することが期待されます。
【謝辞】
本研究は北海道大学EXEX博士人材フェローシップ、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)(北海道大学:JPMXP1224HK0036、JPMXP1225HK0022;量子科学技術研究開発機構:JPMXP1223QS0107、JPMXP1224QS0006、JPMXP1224QS0110、JPMXP1225QS0104)、工学院大学総合研究所プロジェクト研究費、向科学技術振興財団(MZR2025003)、鉄鋼環境基金、SPring-8(2023B3592、2024A3592、2024B2012、2024B3592、2025B3592)、高エネルギー加速器研究所(2025G106)、九州シンクロトロン光研究センター(13-2507011T、133-2515132P)、九州大学情報基盤研究開発センターの支援を受けて実施されました。
【論文情報】
論文名:Electrocatalytic N2O Reduction Catalyzed by Carbon-Supported Metal-Bis
(diaryldithiolene) Complexes in Water
(カーボン担持ビスジチオレン配位金属錯体により触媒される水中での
電極触媒的亜酸化窒素還元)
著者名:加藤優1,2、桑村直人3、馬正威2、塚本遥斗3、徳永健3、小林泰知2、渡辺剛4、瀬戸山寛之5、
朝倉博行6、石井賢司7、八木一三1,2
(1北海道大学大学院地球環境科学研究院、2北海道大学大学院環境科学院、
3工学院大学教育推進機構基礎・教養科、4高輝度光科学研究センター産学総合支援室、
5九州シンクロトロン光研究センタービームライングループ、
6近畿大学理工学部応用化学科、7量子科学技術研究開発機構放射光科学研究センター)
雑誌名:Journal of the American Chemical Society(化学の専門誌)
DOI :10.1021/jacs.6c03398
公表日:2026年5月3日(日)(オンライン公開)
【用語解説】
※1 電極触媒:触媒活性を付与した電極のこと。本研究では導電性があり、かつ比表面積が広い炭素粉体の表面に触媒としてジチオレン配位金属錯体を固定することで、電極触媒とした。
※2 金属錯体:金属イオンを配位子と呼ばれる有機物で取り囲むことで得られる化合物のこと。身近な例としては、血液の中で酸素を運ぶヘモグロビン(赤色の鉄錯体)や植物の光合成において太陽光を吸収するクロロフィル(緑色のマグネシウム錯体)などが挙げられる。無数の金属イオンと多様な配位子の組み合わせによるデザイン性の高さが特長であり、本研究では、鉄、コバルト、ニッケルイオンを二つのジチオレン配位子で取り囲んだジチオレン配位金属錯体を触媒として用いている。
※3 ターンオーバー頻度:触媒の活性指標の一つであり、触媒活性種あたりで、単位時間に、何回、目的の反応を完結させるのかの回数のこと。本実験では、ジチオレン配位コバルト錯体を用いた場合において、触媒中のコバルト金属あたりN2OをN2へと変換するターンオーバー頻度を最大860h-1と決定している。
※4 X線吸収・発光分光測定:X線を物質に照射し、そのX線の吸収及び物質から放出されたX線を調べる手法のこと。元素選択的な実験手法であるため、物質の中の調べたい特定の元素の酸化数などの情報を選択的に抽出することが可能。本研究では、X線吸収・発光分光測定によりコバルトイオンや配位硫黄原子の酸化数やスピン状態、金属-硫黄共有結合性を調べた。
※5 大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※6 SAGA-LS:佐賀県が運営する佐賀県鳥栖市にある1.4GeVの中型放射光施設で、主にSPring-8より低エネルギーのX線を利用した分光やイメージング、回折手法などを含む幅広い研究利用が行われている。本研究では、SAGA-LS BL11において硫黄のX線吸収分光測定が実施された。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 講師 朝倉博行(アサクラヒロユキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2747-asakura-hiroyuki.html












