福田美術館所蔵 伊藤若冲《果蔬図巻》の非破壊分析について
奈良文化財研究所と福田美術館の共同研究により、非破壊による科学分析(蛍光X線分析)を用いた調査を実施し、若冲の色彩表現の技術的特徴の一端が明らかとなりました。
概要
福田美術館が所蔵する伊藤若冲《果蔬図巻》について、奈良文化財研究所と福田美術館の共同研究により、非破壊による科学分析(蛍光X線分析)を用いた調査を実施しました。本調査では、絵巻全体および一部の詳細領域を対象として元素マッピングを行い、色彩を構成する材料や描画技法に関する基礎データを取得しました。その結果、主要な色彩に対応する元素分布が確認されるとともに、複数の顔料の併用や重ね塗りの可能性が示唆されるなど、若冲の色彩表現の技術的特徴の一端が明らかとなりました。

調査の経緯
福田美術館が所蔵する伊藤若冲《果蔬図巻》は、精緻な描写と豊かな色彩表現で知られる重要な絵画資料ですが、その制作に用いられた材料や技法については、なお検討の余地が残されています。
このため、福田美術館と奈良文化財研究所は共同研究として、非破壊による科学分析を実施し、顔料や描画技法の解明に資する基礎データの取得を目的とした調査を行いました。なお、調査全体の監修を、村上 隆(りゅう)(大正大学教授/奈良文化財研究所客員研究員)が行いました。
調査は2025年3月4日に実施し、絵巻全体を対象とした広域測定(空間分解能約2mm)と、特定部位における高解像度測定(同約580μm)を組み合わせることで、作品全体から細部に至るまでの元素分布を把握しました。
分析には蛍光X線分析(XRF)を用い、絵具層に含まれる元素の空間分布を可視化する元素マッピングを実施しました。これにより、各色彩領域に対応する材料の推定および描画プロセスの解明を試みました。
なお、本調査に用いた分析装置は、大型の絵画作品を非接触・非破壊で広域に測定することが可能な装置であり、国内に数台程度しか導入されていない極めて希少性の高いものです。このような装置の活用により、本作品のような大型絵巻を対象とした詳細な元素マッピングが初めて可能となり、本調査の成果は当該装置の特性を活かして実現したものといえます。
調査結果の要点
本調査により、《果蔬図巻》に使用されている顔料および描画技法に関して、以下の知見が得られました。
(1)広域にわたる元素分布の把握
絵巻全体を対象とした元素マッピングにより、主要な色彩領域に対応する元素の分布が明瞭に確認されました。これにより、各モチーフにおける色彩構成の基本的な材料体系を把握することが可能となりました。
(2)色料種の推定に資するデータの取得
検出された元素の組み合わせから、従来想定されてきた色料に加え、複数の色料の併用や重ね塗りの可能性が示唆されました。特に、一部の色彩表現においては単一色料では説明できない元素分布が確認され、若冲の高度な色彩制御技法の一端が明らかとなりました。
(3)高解像度測定による描画技法の詳細把握
特定領域に対して高解像度(約580μm)で測定を行った結果、細部における元素分布の変化がより明瞭となり、筆致や重ね塗りの痕跡を反映した構造的特徴が確認されました。これにより、肉眼観察では把握が困難な微細な制作プロセスの一部を可視化することができました。
(4)非破壊分析による作品全体評価の有効性の確認
本研究で採用した元素マッピング手法により、作品に物理的影響を与えることなく、広域かつ詳細な材料情報を取得できることが確認され、美術工芸品に対する科学分析の有効性が改めて示されました。
調査研究の意義
本調査は、伊藤若冲《果蔬図巻》を対象として、非破壊による科学分析を通じてその材料および制作技法の解明を試みたものであり、美術史研究と保存科学の両面において重要な意義を有します。
本作品のような絵画資料に対して、作品全体を対象とした広域かつ高精細な元素マッピングを実施し、色彩構成や描画技法を総合的に把握した事例は限られており、本調査により得られたデータは、若冲作品の制作実態に関する理解を深化させる基礎資料となるものです。
また、本研究は福田美術館と奈良文化財研究所の連携により実施されたものであり、所蔵機関と研究機関が協働して文化財の価値解明と保存・活用を推進する取組としても意義を有します。
さらに、本調査に用いた分析装置は、もともと古墳壁画などの埋蔵文化財を対象とした調査研究を念頭に導入されたものですが、本研究により、当該装置が絵画資料をはじめとする美術分野においても有効に活用できることが示されました。このことは、当該装置が特定の分野にとどまらず、幅広い文化財の調査研究に資する基盤的な分析手法であることを示すものであり、文化財研究の横断的発展に寄与する成果といえます。
加えて、非破壊分析によって作品に負荷を与えることなく詳細な情報を取得できることを示した点において、今後の美術工芸品に対する調査研究の方法論の発展にも寄与するものと期待されます。なお、《果蔬図巻》は福田美術館にて4月25日(土)から開催されている展覧会「若冲にトリハダ! 野菜もウリ!」にて公開されております(会期:2026年4月25日(土)~ 2026年 7月5日(日))。
報道資料
詳細は以下プレスリリースをご覧ください。
























