弊社 創業者 故 志太 勤の 叙位について

その他
2025年8月20日 16:30
FacebookTwitterLine

 2025(令和7)年7月9日に逝去したシダックス株式会社の創業者 故 志太 勤(しだ つとむ)が、同年8月5日の閣議決定により「従四位」に叙せられました。

授与された位記(位階が記された証書)
授与された位記(位階が記された証書)
2006年、旭日重光章受章時の故 志太 勤
2006年、旭日重光章受章時の故 志太 勤

 叙位とは、国家または公共に対して功労のあった方が死亡した場合に、その功績に鑑み生前最後の日(逝去日)にさかのぼって、内閣総理大臣による閣議決定により授与されるものです。志太 勤は1993年(平成5年)4月に藍綬褒章、2006(平成18)年4月に旭日重光章を受章しており、その生前の功績が称えられての授与となりました。

故 志太 勤
故 志太 勤

 故人は、フードサービス事業を祖業として数多くの事業を生み出し、日本のサービス産業を変革し、サービスに携わる人々の地位向上を実現。総合サービス企業 シダックスグループの礎を創り上げました。

「高い志が人を輝かせ、事業を創り、世界を変える」。この創業者 志太 勤の想いを社員一同受け継ぎ、シダックスグループ永遠の魂として、未来の子どもたちのために、事業を通じて社会課題を目指す企業を目指して進んで参ります。

<故 志太 勤が、シダックスグループ代表取締役社長時代、および個人で行ってきた主な活動)>

【シダックスグループ 創業前の時代】
■1934(昭和9)年10月14日
静岡県田方郡韮山町(現、伊豆の国市)で生誕
■1952(昭和27)年
高校在学中(高校二年生)に、静岡県三島市の大衆食堂「大炬燵(おおごたつ)」で勤務。経営者としての道を歩み始める
■1953(昭和28)年3月
静岡県立韮山高等学校卒業。卒業後は大衆食堂の経営に専念
■1956(昭和31)年
静岡県で、冷菓製造事業の会社を設立。運営を行う

【シダックスグループ 代表取締役社長 時代】
■1959(昭和34)年
1月5日 「富士給食」の屋号で創業。東京都調布市の企業内工場(社員食堂)にて、食事提供業務(フードサービス<給食>事業)を開始
■1960(昭和35)年
5月11日 「富士給食」の屋号を改組し、フードサービス事業を主体とする法人「富士食品工業株式会社(現、シダックスコントラクトフードサービス株式会社)」を設立(本社:東京都調布市)。代表取締役社長に就任
■1964(昭和39)年10月
東京オリンピック大会組織委員会より指定を受け、大会運営スタッフの食事提供業務を受託
■1967(昭和42)年3月
神奈川県海老名市に、国内初の、給食食材の低温集配や貯蔵・加工・物流を担う食材物流センターを開設(全国給食協同組合連合会と共同出資し設立した、全国協同給食食材株式会社<当時>で運営)
■1967(昭和42)年4月
東京都調布市に、厚生省(現、厚生労働省)の認可を受けた、産学協働による調理師専門学校「フジ調理師専門学校(後に、志太学園調理師学校に改称)」を開校。調理師の人財育成に寄与(2001<平成13>年の休校まで、計2,311名の調理師を輩出)
■1970(昭和45)年3月
「日本万国博覧会(大阪万博)」の警備員用食堂(大阪府吹田市)、万博見学者向け宿泊施設内レストラン(大阪府高槻市)の食事提供業務を受託
■1974(昭和49)年4月
東京・西新宿にオープンしたばかりの新宿住友ビル内で、日本初の高層ビル内カフェテリア方式による食堂を受託運営。以後、新宿三井ビル、サンシャイン60等、都心の高層ビル内食堂を次々に受託
■1974(昭和49)年12月
本社を東京都新宿区に移転(新宿住友ビル内に)
■1976(昭和51)年12月
西ドイツ(当時)の企業と業務提携。完全調理済み冷凍食品(完調品)の開発を進める
■1980(昭和55)年
西ドイツ(当時)で得た完全調理済み冷凍食品(完調品)の技術を改良し、調理スタッフが1名でも、必要最小限のオペレーションで食事提供が可能な「SL(シダランチ)システム」を、都内の銀行支店内食堂にて開始。後に全国の銀行支店内食堂にも展開
■1983(昭和58)年12月
東京・新宿NSビル内で施設内売店事業(後のコンビニエンス中食事業)を開始。後に病院・オフィス内にも拡げ全国展開(※2020<令和2>年、事業終了)
■1984(昭和59)年3月
食堂を持てない企業でも、福利厚生の一環として、近隣のレストラン等で共通食券として使用できる、スーパーダインチケット(後に、シダックスバウチャーチケットに改称)事業を開始(2002<平成14>年、事業終了)
■1985(昭和60)年3月~9月
「国際科学技術博覧会 つくば’85」(茨城県谷田部町<現、つくば市>)の博覧会協会本部食堂、売店、報道関係者専用レストランの運営を受託
■1985(昭和60)年4月
社内に、アスリート食研究所(現、シダックス総合研究所)を発足。食事提供業務を受託する社会人ラグビー・サッカーチーム等で得た知見を活用。後にシダックス野球部選手、および国際大会に出場するスポーツ選手の食事を通じての栄養サポート・研究を現在まで続けている
■1986(昭和61)年
病院給食の民間業者への一部委託解禁に伴い、本格的に病院給食事業に進出
■1989(平成元)年1月
病院給食を行う業界団体を発足すべく、給食会社数社と連携し、社団法人(現、公益社団法人)日本メディカル給食協会を設立。初代会長に就任
■1991(平成3)年
シダックス軟式野球部を発足。1993(平成5)年より、硬式野球部に。チームの総監督を務める。故 野村 克也氏を監督に招聘し参加した2003(平成15)年の第74回都市対抗野球大会では準優勝を獲得(※2006<平成18>年に廃部)
■1993(平成5)年8月
レストランカラオケ事業を主体とする株式会社シダックス・コミュニティープラーザ(後にシダックス・コミュニティー株式会社に改組)を設立。代表取締役社長に就任
■1993(平成5)年12月
東京都立川市にレストランカラオケ・シダックス1号店・立川栄町クラブをオープン。「地域のコミュニティー・センター」をコンセプトに、後にバリアフリー対応、健全で清潔かつ美味しい食事を楽しめるカラオケ店を全国約300店舗まで拡大(※2018<平成30>年、事業終了)
■1994(平成6)年7月
病院給食業界がまだ「料理が冷たい、提供時間が早過ぎる」いう時代の中で、病院内食事提供業務施設に、和食、洋食、中華等喫食者様が料理を選択可能で、摂取できる栄養量を考慮しながら温かい状態で食事が可能な「シダックス・メディカル・カフェテリア」プログラムの導入を開始
■1996(平成8)年4月
シダックス株式会社(現、シダックスコントラクトフードサービス株式会社)の株式を日本証券業協会の店頭登録銘柄として登録
■1996(平成8)年4月 シダックス株式会社(現、シダックスコントラクトフードサービス株式会社)の公式WEBサイト(ホームページ)を開設
■1996(平成8)年10月
個人活動として、店頭公開で得たキャピタルゲインを基に研究開発型のベンチャー企業に資金や経営ノウハウを支援する「志太ファンド」を設立(基金50億円)
■1997(平成9)年4月
個人活動として、ベンチャー企業支援のための人材育成機関として「志太起業塾」を開校(※2003<平成15>年3月に終了)
■1997(平成9)年8月
O-157(腸管出血性大腸菌)の多発を受け、原材料の調達から加工、提供まで一貫した衛生管理手法・給食サービスHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)方式の導入を表明(※1998<平成10>年4月に本格導入開始)
■1997(平成9)年9月5日
シダックス株式会社(現、シダックスコントラクトフードサービス株式会社) 代表取締役社長を長男・志太 勤一に譲り、代表取締役会長に就任

【シダックスグループ 代表取締役社長退任後】
■2000(平成12)年1月
静岡県中伊豆町(現、伊豆市)に、シダックス・コミュニティー株式会社(当時)が運営する中伊豆ワイナリー シャトーT.Sがオープン。自身が農地確保からワイン造りに至るまで、10年の構想を経てプロデュース
■2001(平成13)年4月
持ち株会社、シダックス株式会社設立により、同社の代表取締役会長に就任
■2012(平成24)年6月
シダックス株式会社 取締役最高顧問に就任
■2016(平成28)年9月
一般財団法人 モバイルスマートタウン推進財団(現、財団法人デジタルスマートシティ推進財団)設立。代表理事に就任
■2024(令和6)年2月
シダックス株式会社 取締役最高顧問を退任(シダックスグループの役員を退任)。顧問となる
■2025(令和7)年7月9日
うっ血性心不全により、逝去(享年90歳)

<主な受章・受賞歴>
■1993(平成5)年4月
藍綬褒章 受章
■2002(平成14)年8月 日本食糧新聞社制定・農林水産省後援
「第35回食品産業功労賞(外食部門)」受賞
■2006(平成18)年4月
旭日重光章 受章
■2025(令和7)年7月
勅授(従四位) 受章

<主な公職歴(※団体名は、2025<令和7>年7月現在の名称です)>
■1985(昭和60)年5月
公益社団法人 集団給食協会 4代目会長就任
※1987(昭和62)年5月まで歴任
■1989(平成元)年1月
公益社団法人 日本メディカル給食協会 初代会長就任
※1993(平成5)年5月まで歴任
■1993(平成5)年5月
公益社団法人 日本給食サービス協会 6代目会長就任
※1997(平成9)年5月まで歴任
■2000(平成12)年5月
一般社団法人 東京ニュービジネス協議会 5代目会長就任
※2006(平成18)年5月まで歴任
■2001(平成13)年1月
一般財団法人 日本中学生野球連盟 初代会長に就任
■2003(平成15)年9月
公益社団法人 日本ニュービジネス協議会連合会 初代会長に就任
■2016(平成28)年9月
一般財団法人デジタルスマートシティ推進財団 代表理事に就任

<主な著書(協力著書含む)>
■1997(平成9年)年10月
『燃えよ!』(発行:財界研究所発行/発売:扶桑社)
■1998(平成10年)年6月
『60歳起業論 いま中高年が主役の時代』(発行・発売:東洋経済新報社)
■2015(平成27年)年5月
『志魂の道 シダックス55年史』(発行:シダックス総合研究所出版/発売:河出書房新社)
※インタビュー・証言者として登場

すべての画像

授与された位記(位階が記された証書)
2006年、旭日重光章受章時の故 志太 勤
故 志太 勤