腸内細菌がつくるポリアミンが宿主の寿命を延ばす 腸内細菌をもたないハエを用いて因果関係を実証

近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)食品安全工学科准教授 栗原新、金沢大学医薬保健研究域薬学系/新学術創成研究機構(石川県金沢市)教授 倉石貴透を中心とする研究グループは、腸内細菌がつくりだす代謝物が宿主にもたらす効果について研究に取り組んでいます。今回、細胞の増殖やタンパク質合成に欠かせない「ポリアミン※1」に注目し、腸内細菌をもたないショウジョウバエに、ポリアミンをつくることができる腸内細菌あるいは、つくることができないように遺伝子を破壊した腸内細菌をそれぞれ定着させ、ポリアミンを含まない餌を与えて寿命を比較しました。この結果、腸内細菌がつくるポリアミンが宿主の体内に取り込まれ、ハエの寿命を延ばすことが明らかとなりました。本研究成果は、腸内細菌がつくる特定の代謝物がもたらす効果を、生涯にわたって直接検証した成果で、今後、腸内細菌がつくる他の代謝物の効果の検証や、寿命を延長するメカニズムの解明などに役立つことが期待されます。
本件に関する論文が、令和8年(2026年)9月10日(木)22:00(日本時間)に、米国微生物学会(ASM)が発行する微生物学に関する学術雑誌"mBio(エムバイオ)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●食事に由来するポリアミンの影響を排除し、腸内細菌がつくりだすポリアミンの効果だけを評価できる実験系を構築
●ポリアミンを産生できない腸内細菌を定着させた群の平均寿命11.0日に対し、産生できる腸内細菌を定着させた群では最大13.8日に延長
●本研究は、特定の代謝物の産生能力を遺伝子操作した腸内細菌を用いて、その代謝物が宿主の寿命を延ばすことを明確に示した世界で初めての成果
【本件の背景】
ヒトの腸内には多数の腸内細菌が生息し、肥満や糖尿病の発症、免疫機能、脳機能など、宿主のさまざまな生理機能に影響します。腸内細菌そのものは、腸のバリア機能によって体内への侵入および全身への移行が強く制限されていますが、腸内細菌がつくる代謝物は腸管から吸収され、全身の組織に作用します。このため、腸内細菌がもたらす健康増進効果を理解するには、どの種類の細菌が存在するかだけでなく、細菌が何をつくるかを調べる必要があります。
「ポリアミン」は、プトレッシン、スペルミジン、スペルミンなどの総称で、細胞の増殖やタンパク質合成に欠かせない物質です。寿命の延長をはじめ、心臓や脳、腸の健康を支える働きが動物実験で報告されており、健康に生きるための物質として注目されています。動物は体内でポリアミンを生合成できますが、その能力は加齢とともに低下することが知られています。この結果不足したポリアミンを、食事由来あるいは腸内細菌が腸内で作り出すポリアミンで補充できると研究グループでは考えています。一方で、従来の動物実験では、「食事由来のポリアミン」と「腸内細菌がつくったポリアミン」の効果を切り分けて評価することが困難でした。
【本件の内容】
研究グループは、寿命が短く、生涯にわたる検証を短期間で行うことができ、ポリアミンを含まない化学組成の明確な人工餌で飼育できるハエを実験に用いました。さらに、ポリアミン産生株とポリアミン非産生株を、腸内細菌をもたないハエに定着させ、ポリアミンを含まない人工餌を与えることで、腸内細菌由来ポリアミンの効果を評価できる実験系を構築しました。まず、食事由来のポリアミンのみの影響を、腸内細菌をもたないハエで検証したところ、ポリアミンを摂取した群では、摂取しない群と比較して平均寿命が約18.2日から21日前後へと有意に延長することがわかりました。
次に、腸内細菌由来のポリアミンの効果を評価するため、ポリアミン産生株とポリアミン非産生株をそれぞれ定着させたハエに、ポリアミンを含まない人工餌を与えて体内のポリアミン濃度を比較しました。この結果、ポリアミン産生株を定着させた群では非産生株定着群と比較して、体内のポリアミン濃度が上昇しており、腸内細菌がつくったポリアミンが宿主の体内に取り込まれることが明らかになりました。これらのハエを用いて、腸内細菌がつくったポリアミンによる寿命への影響について検証したところ、特にオスのハエにおいて顕著な差が見られ、ポリアミンを産生できない株を定着させた群(平均11.0日)に対し、産生株を定着させた群(平均13.8日)では有意な寿命延長が認められました。
さらに遺伝子解析の結果、ポリアミンを産生する株が定着することで、免疫・ストレス応答などに関わる遺伝子発現が抑制されることが明らかになり、この遺伝子発現抑制が寿命延長に寄与している可能性が示唆されました。
本研究は、特定の代謝物の産生能力を遺伝子操作した腸内細菌を用いて、その代謝物が宿主の寿命を延ばすことを明確に示した世界で初めての成果です。今後、腸内細菌がつくる他の代謝物の効果検証や、寿命を延長するメカニズムの解明などに役立つことが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:mBio(インパクトファクター:5.4@2025)
論文名:Extension of host lifespan by polyamines derived from gut bacteria
(腸内細菌由来ポリアミンによる宿主寿命の延長)
著者 :下川ひろみ1,2,†、Emil Salim3,†、堀亜紀3、藤田剛士2、瀧原速仁4、門口響3、紺谷優季2、
平野里佳1,2、松本光晴5、奥田修二郎4、倉石貴透3,*、栗原新2,*
†共同筆頭著者 *共同責任著者
所属 :1 石川県立大学生物資源工学研究所、2 近畿大学生物理工学部、
3 金沢大学医薬保健研究域薬学系、4 新潟大学医学部メディカルAIセンター、
5 協同乳業株式会社
【本件の詳細】
(1)食餌由来ポリアミンのみの影響によるハエの寿命延長
研究グループは、まず、腸内細菌をもたないハエを、ポリアミンを含まないHolidic diet※2 で飼育し、プトレッシンまたはスペルミジンを食餌に加えた群と、加えない群の生存曲線を比較しました。この結果、生存曲線は両ポリアミン添加群で有意に改善し、寿命の中央値はポリアミンなし群の16日から、プトレッシン群とスペルミジン群では20日に延長しました。平均寿命も18.2日から20.8日、または21.1日に延長しました。

ポリアミンなしの餌(灰色)、プトレッシン添加餌(赤色)、スペルミジン添加餌(紫色)で飼育したハエの生存曲線をそれぞれ示した。

(2)腸内細菌由来ポリアミンだけを評価する実験系の構築
研究グループは、野生型大腸菌SK929株、プトレッシン生合成酵素遺伝子speB、speC、speFを欠損したSK930株、欠損遺伝子を相補してポリアミン産生能力を回復させたSK931株を作製しました。これらの株をそれぞれ単独で腸内細菌をもたないハエに定着させたノトバイオートハエ※3 を作製し、ポリアミンを含まない改変Holidic dietで飼育しました。対照を無菌のハエではなくSK930を定着させたハエとすることで、細菌が定着していること自体の影響を除き、ポリアミン産生能力の違いだけを比較できます。

SK930では、ポリアミンの生合成経路を構成する酵素遺伝子が全て破壊されている。
(3)細菌がつくったポリアミンの宿主体内への取り込み
SK929またはSK931を定着させた群では、全身のプトレッシン濃度がそれぞれ約1.2、1.3nmol/mgタンパク質(タンパク質1mgあたりの含有量)でした。一方、ポリアミンを産生できないSK930を定着させた群ではプトレッシンは検出限界未満でした。スペルミジン濃度も、SK929およびSK931定着群でSK930定着群より高く、腸内細菌がつくったプトレッシンが宿主体内に取り込まれ、一部がスペルミジンへ変換されたと考えられます。

(4)腸内細菌由来ポリアミンのみの影響による宿主の寿命延長
オスでは、ポリアミン産生腸内細菌SK929またはSK931を定着させた群の生存曲線が、非産生腸内細菌SK930を定着させた群より有意に改善しました。平均寿命はSK930定着群の11.0日に対し、SK929定着群で13.8日、SK931定着群で12.6日でした。メスではSK929定着群の平均寿命が14.9日で、SK930群の11.0日より有意に長くなりました。一方、SK931定着群では明確な延長が認められず、性差や相補株固有の影響については今後の検討が必要です。

青、赤、緑の線でSK929(産生腸内細菌)、SK930(非産生腸内細菌)、SK931(遺伝子相補・産生腸内細菌)を定着させたノトバイオートハエを、ポリアミンを含まない餌で飼育した時の生存曲線を示した。

(5)腸内細菌由来ポリアミンによる免疫・ストレス応答に関わる遺伝子発現の変化
RNAシーケンス解析では、ポリアミン産生腸内細菌(SK929)とポリアミン非産生腸内細菌(SK930)の間で、0.41%の遺伝子発現が有意に変化しました。ポリアミン産生腸内細菌を定着させた群で、免疫・ストレス応答に関わる「TotM」と、脂質滴輸送に関わる「Halo」の発現が低下しました。TotMは加齢に伴って活性化するJAK/STAT経路に関係するため、その抑制が寿命延長に関与する可能性がありますが、詳しい機構の解明は今後の課題です。

青および赤の点で発現が低下あるいは上昇した遺伝子を示した。
【今後の展望】
本研究は、代謝物の産生能力だけを変えた菌株を、腸内細菌をもたないハエに定着させ、特定の代謝物が宿主の生涯に与える影響を比較する手法を確立しました。開発した手法は、ポリアミン以外の腸内細菌代謝物にも応用できます。なお、今回の成果はショウジョウバエを用いた基礎研究で、ヒトの寿命延長を直接示すものではありません。今後、哺乳類での再現性、安全性、作用機構を検証し、腸内細菌の代謝機能を制御する食品やプロバイオティクスの開発につなげます。
【研究者のコメント】
栗原新(クリハラシン)
所属 :近畿大学生物理工学部食品安全工学科
職位 :准教授
学位 :博士(生命科学)
コメント:腸内細菌がつくる一つの代謝物だけの効果を、生涯にわたって確かめることは困難でした。本研究では、ポリアミン産生能力のみを変えた大腸菌とポリアミンを含まない食餌を組み合わせ、腸内細菌由来ポリアミンが宿主寿命を延ばす因果関係を示しました。ヒトへの応用には検証が必要ですが、腸内細菌の代謝機能を制御する健康長寿技術につながる成果です。
【用語解説】
※1 ポリアミン:2個以上のアミノ基を両端にもつ脂肪族化合物の総称。代表的なものにプトレッシン、スペルミジン、スペルミンがあり、細胞増殖やタンパク質合成などに関わる。
※2 Holidic diet:含まれる化学成分と濃度が明確なハエ用人工餌。本研究ではポリアミンを含まない組成を用いた。
※3 ノトバイオートハエ:体内に存在する微生物の種類がすべて分かっている実験動物。本研究では、腸内細菌をもたないハエに1種類の大腸菌株だけを定着させた。
【関連リンク】
生物理工学部 食品安全工学科 准教授 栗原新(クリハラシン)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2313-kurihara-shin.html
















