薬剤耐性菌の制圧に向けた創薬の新展開 ―アミノ酸マッピングによる新規阻害剤の効率的合成―

    調査・報告
    2026年9月30日 15:00
    図1 アミノ酸マッピングの概念図。AAM記述子は化合物周辺に計算される20種類のアミノ酸残基ごとの3次元存在分布であり、タンパク質の標的部位に結合しうる化合物の特徴が表現されています。
    図1 アミノ酸マッピングの概念図。AAM記述子は化合物周辺に計算される20種類のアミノ酸残基ごとの3次元存在分布であり、タンパク質の標的部位に結合しうる化合物の特徴が表現されています。

    【研究成果のポイント】
    ●アミノ酸マッピング※1 と呼ばれる新規計算手法によって、病原細菌が薬剤耐性を獲得・発揮するために重要な情報伝達タンパク質「ヒスチジンキナーゼ※2」を阻害する薬剤「Hbox阻害剤※3」を発見
    ●アミノ酸マッピングにより、既存の阻害化合物の情報から1200万種の化合物を含むバーチャルライブラリーを効率的に調べることに成功
    ●多くの既存抗生物質が効かない多剤耐性菌に対抗するため、次世代型抗菌薬としてHbox阻害剤の発展に期待

    【概要】
    大阪大学産業科学研究所の岡島俊英准教授、内海龍太郎招へい教授、岡山大学学術研究院教育学域の石川彰彦教授、富士フイルム株式会社解析技術センターの津村享佑主任研究員、近畿大学生物理工学部の江口陽子教授、微生物化学研究会微生物化学研究所(BIKAKEN)の五十嵐雅之部長、および九州大学大学院農学研究院の中山二郎教授らの研究グループは、アミノ酸マッピング(Amino Acid Mapping、以下AAM)と呼ばれる新規計算手法(図1)と有機合成の手法を用いて、細菌ヒスチジンキナーゼを特異的に阻害する新規化合物を発見しました。
    類似の天然化合物からなる阻害剤は、これまでにも見出されていましたが、細胞毒性を示すうえに、複雑な構造のため有機合成による改良・最適化も困難でした。今回、富士フイルムの開発したAAMの手法を用いることにより、1200万種の化合物を含むバーチャルライブラリーから新規骨格を有する阻害剤のデザインと有機合成に成功しました。得られた阻害剤は多剤耐性化した病原細菌が持つヒスチジンキナーゼも阻害し、細菌を直接殺菌するだけではなく、その病原性や薬剤耐性を抑え込むことができ、薬剤耐性菌による感染症の発症や重症化を抑制できる可能性があります。
    本研究成果は、Springer Nature社『The Journal of Antibiotics』(オンライン)に9月30日(水)付で公開されます。

    【内海龍太郎招へい教授のコメント】
    これまでに我々の研究グループでは、放線菌の培養抽出物から天然のヒスチジンキナーゼ阻害剤であるwaldiomycinを見出していました。しかし、waldiomycinは動物細胞に毒性を示し、複雑な構造のため有機合成、さらには改良・最適化も困難でありました。このような短所を克服した合成阻害剤を得ることができず、研究は10年以上停滞を余儀なくされました。しかし、今回、アミノ酸マッピングによる分子設計がブレイクスルーとなって、毒性を持たず、かつ有機合成が容易な新しい骨組みを有する阻害剤を開発することに成功しました。今後、各種病原細菌ヒスチジンキナーゼに最適な阻害剤が開発され、次世代型抗生物質として展開されていくことを期待しています。

    【研究の背景】
    近年、複数の抗菌薬が効かない多剤耐性病原細菌(ESKAPE※4 病原菌)が世界的に拡大しており、WHOも「ポスト抗菌薬時代」の到来を警告しています。これまでの感染症対策は、「細菌を殺す」ことを基本として発展してきました。しかし、中途半端な抗菌薬の投与により病原細菌が生き残ると、逆に薬剤への耐性を獲得した菌の出現が促進されてしまいます。その結果、新たな抗菌薬の開発と耐性菌の出現が繰り返されています。この不毛な状況を克服するために、細菌を殺すことを前提とした従来の戦略から、細菌の病原性や適応能力を制御するという新たな発想への転換が有効と考えられ始めています。
    本プロジェクトでは、病原細菌がヒトには存在しない遺伝子発現制御システム※5 を介して、病原性発現、薬剤耐性、バイオフィルム形成などの重要な適応機能を制御していることに着目しています。この遺伝子発現制御システムの中核を担うヒスチジンキナーゼには、Hbox領域と呼ばれる保存された領域がありますが、これを標的とするHbox阻害剤は細菌を直接殺菌するだけでなく、ヒスチジンキナーゼ活性を阻害し、病原細菌の病原性や薬剤耐性などの適応能力を制御することが期待されます(図2)。

    図2 病原細菌におけるHbox阻害剤の作用機構(aはHbox阻害剤なし、bはHbox阻害剤ありの場合)。Hbox阻害剤は病原細菌ヒスチジンキナーゼのHboxに結合して、ATPのγリン酸とHbox内のヒスチジンの近接化を抑制することで、細菌の増殖、薬剤耐性、病原性因子の発現に関わる自己リン酸化反応を阻害します。
    図2 病原細菌におけるHbox阻害剤の作用機構(aはHbox阻害剤なし、bはHbox阻害剤ありの場合)。Hbox阻害剤は病原細菌ヒスチジンキナーゼのHboxに結合して、ATPのγリン酸とHbox内のヒスチジンの近接化を抑制することで、細菌の増殖、薬剤耐性、病原性因子の発現に関わる自己リン酸化反応を阻害します。

    【研究の内容】
    本研究では、AAMに基づくバーチャルスクリーニングを用いて、新規ヒスチジンキナーゼ阻害剤を探索しました。既存のHbox阻害剤waldiomycinの一部が、ヒスチジンキナーゼのHbox領域に結合するため、まず、この部分構造のAAM記述子を算出しました。このAAM記述子はHbox領域に結合しやすい化合物の特徴を表していることから、1200万種の市販化合物から類似したAAM記述子を示す714種類の化合物を選抜することができました。これらの中から、waldiomycinとは異なる新規骨格をもつ17種類の化合物(誘導体)を合成し、ESKAPE由来ヒスチジンキナーゼに対する阻害活性を評価しました。その結果、2種類の誘導体が強い阻害活性を示し、低い濃度でも効果があることがわかりました(図3)。さらに詳細な解析を進めたところ、Hboxのアミノ酸残基が誘導体結合によって影響を受けること、Hboxのアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に変換すると、誘導体の阻害活性が大きく低下することもわかりました。質量分析を駆使した解析からは、得られた誘導体はwaldiomycinと同じ部位に結合することも示されました。これらの結果は誘導体がHboxに結合することを明確に示しています。
    以上の結果から、これらの誘導体は、ヒスチジンキナーゼのHbox領域を標的とする新規Hbox阻害剤であることが示されました。本研究は、高度に保存された領域を標的とするHbox阻害剤の探索に、AAMを基盤としたスクリーニング手法が極めて有効であることを、世界に先駆けて示しました。

    図3 本共同研究で獲得した新規Hbox阻害剤の構造式とヒスチジンキナーゼ(VicK)に対する阻害活性IC50の値。既知のHbox阻害剤のwaldiomycinと比較しています。既知阻害剤より低いIC50は、低濃度で改善された阻害効果があることを意味します。
    図3 本共同研究で獲得した新規Hbox阻害剤の構造式とヒスチジンキナーゼ(VicK)に対する阻害活性IC50の値。既知のHbox阻害剤のwaldiomycinと比較しています。既知阻害剤より低いIC50は、低濃度で改善された阻害効果があることを意味します。

    【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
    本研究は、これまでの標的タンパク質の構造情報に依存した手法を補完する新たな創薬アプローチとして意義があります。さらに、本研究で見出された新規骨格を基盤としてHbox阻害剤を最適化することで、細菌を直接殺菌する従来の抗菌薬とは異なるメカニズムにより、多剤耐性細菌の病原性や薬剤耐性を制御する新たな感染症治療薬の創出につながることが期待されます。特に、既存抗菌薬とは異なるコンセプトに基づくHbox阻害剤は、抗菌薬耐性という世界的な社会課題の解決に向けた新たな治療戦略となる可能性があります。

    【特記事項】
    本研究成果は、2026年9月30日(水)付で、Springer Nature社 『The Journal of Antibiotics』(オンライン)に掲載されます。
    タイトル:"Amino acid mapping-guided scaffold selection and hit identification of
         histidine kinase inhibitors from a virtual library of over 12 million compounds"
    著者名 :Teruhiko Ishikawa, Yoko Eguchi, Toshihide Okajima, Masayuki Igarashi,
         Shino Ohira, Kyosuke Tsumura, Kazumasa Sakurai, Yoshimasa Ishizaki,
         Chigusa Hayashi, Shammi Akter, Jiro Nakayama, Chie Kohayakawa, Akiyoshi Tani,
         Naoki Sawa, Takaomi Katsumoto, Fumiya Matsumoto, Jun-Ichi Haruta, Ryutaro Utsumi
    DOI  :10.1038/s41429-026-00953-9
    なお、本研究は、AMED・BINDS(JP25ama121054)およびJST(JPMJSF23DK)の支援を得て行われました。

    【用語説明】
    ※1 アミノ酸マッピング
    アミノ酸マッピング(Amino Acid Mapping:AAM)では、タンパク質中に含まれるアミノ酸残基20種が特定の化合物周辺に存在する確率(3D分布のセット)を、化合物構造のみから分子シミュレーションによって計算します。これをAAM記述子といいます。得られたAAM記述子を2つの化合物間で比較するとき、化合物骨格が異なるにも関わらず、AAM記述子の類似性が高いことがあります。その場合、2つの化合物は同じようにアミノ酸残基と相互作用し、タンパク質と相互作用する可能性があります。結合化合物のAAM記述子によって、タンパク質の標的部位に結合しうる化合物の特徴が表現されているとみることができます。

    ※2 ヒスチジンキナーゼ
    細菌の情報伝達・遺伝子発現制御に関わるキナーゼです。細菌周囲の環境変化などを感知すると、ヒスチジンキナーゼ自身の特定のヒスチジン残基をリン酸化します。このリン酸基が転写調節因子へ転移されることによって、生理的に重要な各種遺伝子の発現が調節されています。ヒトを含む動物ではセリン・スレオニン・チロシンキナーゼが重要な情報伝達系を形成しているのとは対照的です。ヒスチジンキナーゼは細菌が病原性や薬剤耐性を発現するために必須であるうえに、ヒトには存在しないため、抗生物質開発において重要な薬剤標的となっています。

    ※3 Hbox阻害剤
    ヒスチジンキナーゼにおいて、リン酸化されるヒスチジン残基周辺は重要でありHbox領域と呼ばれます。Hbox阻害剤はこの領域に結合して、ヒスチジン残基のリン酸化を阻害します。それによって、ヒスチジンキナーゼの作用を阻害することができます。

    ※4 ESKAPE
    エスケープは、院内感染において多剤耐性化しやすく、治療が難しい6種類の細菌群(Enterococcus faecium, Staphylococcus aureus, Klebsiella pneumoniae, Acinetobacter baumannii, Pseudomonas aeruginosa, Enterobacter sp.)の総称です。世界保健機関(WHO)の主要抗菌薬開発の対象病原菌リストに挙げられています。

    ※5 遺伝子発現制御システム
    ここでは二成分情報伝達システム(two-component signal transduction system:TCS)を指しています。細菌が様々な環境(刺激)に応じて適応応答する遺伝子発現制御システムです。病原細菌においては、ヒト体内において病原性因子を発現し、生存戦略として免疫回避や薬剤耐性を獲得するために、TCSが利用されています。

    【参考URL】
    岡島俊英 准教授 研究者総覧URL
    https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/b7fe091a63125d29.html

    【関連リンク】
    生物理工学部 食品安全工学科 教授 江口陽子(エグチヨウコ)
    https://www.kindai.ac.jp/meikan/1354-eguchi-yoko.html

    生物理工学部
    https://www.kindai.ac.jp/bost/

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