窒素施肥が植物をリン酸欠乏から救うメカニズムを解明~オートフ...

窒素施肥が植物をリン酸欠乏から救うメカニズムを解明 ~オートファジーの活性化が生育に寄与~

【要点】

○リン酸と窒素は植物の生育における必須栄養素

○リン酸欠乏生育下の植物に窒素過剰施肥するとリン酸欠乏ストレスが軽減

○栄養に応答したオートファジー誘導がリン酸欠乏ストレス回避には重要


【概要】

明治大学農学部 吉竹悠宇志 助教(元東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系大学院生)、東京工業大学 太田啓之教授および下嶋美恵准教授らは、理化学研究所 環境資源科学研究センターの泉正範上級研究員、明治大学 農学部 生命科学科の吉本光希准教授らと共同で、リン酸が欠乏した状態にある植物に窒素を過剰に施肥すると、リン酸欠乏ストレスが緩和されることを発見した。リン酸欠乏下での炭素と窒素の栄養比 (C/N比) の増加により誘導されたオートファジー(用語1)の活性化が重要な役割を担っていることを明らかにした。

研究グループはリン酸欠乏下で生育したシロイヌナズナ(用語2)で起こる著しい生育抑制が、同時に窒素を過剰に与えると軽減されることを発見。これを解析した結果、生育培地中のリン酸濃度が低下した状態で、窒素に対する炭素(糖)の濃度比を低下させると、葉緑体の一部分解を伴うオートファジーが活性化され、その分解で生じたリン酸がリン酸欠乏下の植物生育を回復させることが明らかになった。

今後、植物生育におけるリン酸、窒素、炭素の栄養バランスがもたらすオートファジー誘導の制御メカニズムを明らかにすることで、新たな栄養欠乏応答のメカニズム解明および栄養欠乏耐性植物の作出方法の開発が期待される。

研究成果は米国科学誌「Plant Physiology(プラント・フィジオロジー)」のオンライン版に12月4日(現地時間)付けで掲載された。


●研究成果

研究グループはシロイヌナズナを用いて、生育遅延や植物に多く含まれる色素であるアントシアニンの蓄積など、リン酸欠乏下での生育で起こる様々な症状が、生育培地中の窒素(硝酸イオン)濃度を通常の5倍にした場合(以下、窒素過剰施肥)、緩和されることを見出した(図1)。

※図1 窒素過剰施肥がリン欠乏育成シロイヌナズナに与える影響

 A-D、各生育培地上で20日間生育させたシロイヌナズナの様子

 E、植物体地上部の重量(新鮮重量)

 F、植物体地上部のアントシアニン含量

 Pi: リン酸、N:窒素、同じアルファベット間にはP<0.05で有意差なし(Turkey法)


植物体内のリン酸濃度は、リン酸欠乏生育条件下では顕著に低下するが、そこに窒素を過剰に施肥すると上昇した。生育培地中にはリン酸が含まれていないため、根からのリン酸の取り込みが活性化したのではなく、植物体内のリン酸のリサイクル機構が活性化されたと考えられた。リン酸欠乏生育下の植物における主要な2つのリン酸のリサイクル機構について解析を進めたところ、活性化されているのは膜脂質転換(用語3)ではなく、オートファジーであることがわかった。

さらにオートファジーに関するシロイヌナズナ形質転換体および欠損変異体の解析により、リン酸欠乏条件下で生育させた植物に窒素を過剰に施肥すると、葉緑体の一部を分解するオートファジー(RCB-mediated chlorophagy)が誘導され、その結果、細胞内リン酸濃度が上昇してリン酸欠乏ストレスが回避されること、オートファジー欠損変異体ではリン酸欠乏生育下で窒素を過剰に施肥しても、生育の回復は起こらないことが明らかになった(図2)。

※図2 各栄養条件下のシロイヌナアズナ葉の細胞におけるオートファジックボディー(用語4)形成の共焦点顕微鏡観察

Mergeは左の2つの図の重ね合わせ図で、図中▲▼はオートファジックボディーを示す。

Pi:リン酸、N:窒素


また、リン酸欠乏下で窒素過剰施肥した場合、炭素欠乏応答遺伝子の発現量が増大しており、このオートファジーの誘導は、植物生育培地中のリン酸濃度が低く、かつ糖(炭素)濃度と窒素濃度の比(C/N比)が低くなる場合に特に顕著に起こることがわかった。これらの結果から、植物生育におけるリン酸欠乏ストレス応答の誘導は、生育環境中のリン酸濃度の低下によってのみだけでなく、同生育環境中の窒素と炭素の濃度比からも大きな影響を受けることがわかった。

 

●背景

 植物の生育において、リン酸は必須栄養素であるため、リン酸欠乏生育条件下において植物はさまざまな生存戦略を有している。その生存戦略は生育培地(土壌)に含まれる少ないリン酸をより効率よく根から吸収する戦略、植物体内のリン酸を含む物質を分解し、そこに含まれるリン酸を細胞内に供給するリサイクル機構を活性化する戦略の大きく分けて2つに分類される。

前者については国内外での研究が広く進められている。一方、後者については、膜脂質転換やオートファジーの寄与が明らかになってはいるが、それらの分子レベルでの制御メカニズムについては不明な点が多い。また近年、植物のリン酸と窒素の栄養応答が密接に関連していることは示唆されているが、全容解明には至っていない。

 

●研究の経緯

 研究グループはこれまでに、植物のリン酸欠乏応答について特に膜脂質転換機構に着目して研究を進めてきた。しかし近年、この膜脂質転換に関わるリン脂質分解酵素PAHが、リン酸欠乏だけでなく窒素欠乏時にも重要な役割を担っていることが明らかになったため(Yoshitake et al. 2017 Frontiers in  Plant Science)、リン酸と窒素に対する植物の応答機構は互いに影響を与えあっていることが示唆された。そこで、リン酸と窒素の2つの栄養が植物生育に与える影響について解明するためにリン酸欠乏下で窒素の濃度を変化させ研究を行った。

 

●本研究に関する各研究機関の役割

東京工業大学(代表研究機関):研究のコーディネート、オートファジーの顕微鏡観察の一部とその他の実験全般の実施

理化学研究所:オートファジーの顕微鏡観察と実験結果の考察

明治大学:オートファジーの顕微鏡観察と実験結果の考察

 

●今後の展開

リン酸は植物の生育に必要であるにも関わらず、欠乏土壌は世界中に広がっている。また、農耕地で利用されるリン酸肥料の原料であるリン鉱石は枯渇の危機にある。これに対して、窒素肥料は空気中の窒素を原料とするため、枯渇の心配がない肥料である。

今後、土壌で生育した植物についても同様の影響が見られるのか、またその場合、与える最適な窒素の濃度、窒素施肥の時期や期間について研究を展開することで、持続可能な植物の育成につなげられることが期待できる。

【用語説明】

(1)オートファジー: 細胞内の物質を分解する機構の一つ。分解対象物を液胞へと輸送し、液胞内で分解する。

(2)シロイヌナズナ: 陸上植物の一種。遺伝子解析が終了しており、遺伝子改変を行うことができるため、モデル植物として研究に用いられる。

(3)膜脂質転換: 植物のリン酸のリサイクル機構の一つ。植物は生体内の膜を構成する脂質のうち、リン酸を含む脂質を分解し、その代わりにリン酸を含まない脂質が合成され、代替を行う。

(4)オートファジックボディー:オートファジーによって液胞に輸送された分解対象物。液胞分解を阻害することによって観察することが出来る。

【論文情報】

掲載誌:Plant Physiology

論文タイトル:RCB-mediated chlorophagy caused by oversupply  of nitrogen suppresses phosphate-starvation stress in plants

著者:Yushi Yoshitake, Sakuya Nakamura, Daiki  Shinozaki, Masanori Izumi, Kohki Yoshimoto, Hiroyuki Ohta, Mie Shimojima

DOI:10.1093/plphys/kiaa030(本掲載後)

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