
前回のお話・・・
1. 肌だけを見て施術しているわけではない
エステティックサロンのカウンセリングシートを見たことがある方は、少し意外に思ったことがあるかもしれません。肌質やお悩みの欄だけでなく、睡眠時間や食生活、最近のストレスについて尋ねる項目が並んでいることに。
肌の手入れをしてもらいに来たはずなのに、なぜ眠れているかどうかまで聞かれるのだろう。そう感じた方も少なくないはずです。フェイシャルの予約をして、施術台に横になった瞬間から、あたたかいタオルの香りに包まれ、いよいよ肌のお手入れが始まる―
そう思っていたところに、「最近、よく眠れていますか?」と聞かれたら、面食らってしまうのも無理はありません。
けれど、これはエステティシャンにとって、決して特別なことではありません。肌だけを見て施術をしているわけではない、というのが、この仕事の実際の姿だからです。
2. カウンセリングで生活習慣や心身の状態を確認する理由

肌は、身体の状態を映し出す鏡のようなものです。「皮膚は内臓の鏡」という言葉があるように、体の内側の状態が皮膚に現れる現象は、学術的にも「内臓の皮膚反射」と呼ばれています。同じ人でも、忙しい時期と落ち着いている時期とでは、肌の調子がまったく違って見えることがあるのは、こうしたつながりがあるからです。
だからこそ、施術の前に生活習慣や心身の状態を確認することは、単なる雑談ではなく、その日の肌に合った施術を組み立てるために欠かせないプロセスなのです。
「最近、眠れていますか」「お食事の時間は不規則ではないですか」こうした質問は、お客様を詮索するためのものではありません。今日の肌がどんな状態にあり、どんな施術が合っているのかを見極めるための、いわば診察前の問診のようなものです。
そして、この会話の中で、お客様自身も気づいていなかった生活の変化に、ふと気づくことがあります。「そういえば、ここ最近ずっと寝不足だったかもしれない」。
そんな一言が、カウンセリングの中から自然に出てくることも珍しくありません。
こうしたやり取りは、施術のメニューを決めるための情報収集であると同時に、お客様自身が自分の生活を振り返るきっかけにもなっています。
普段は意識していなかった変化に、他者から問いかけられることで初めて気づく、ということは、誰にでも経験があるのではないでしょうか。

この背景には、お客様の来店動機には実は二つの階層がある、という考え方があります。
ひとつは、肌のくすみや乾燥といった「表面的なお悩み」。もうひとつは、そのお悩みが解消した先にある、「肌が変われば前向きに過ごせるかもしれない」といった、お客様自身もまだ言葉にできていない「深層の欲求」です。
この深層の欲求は、本人にもはっきりとは見えていないことが多く、キャンペーンや商品説明を淡々と進めるだけでは決して見えてきません。
だからこそ、エステティックの現場では、産業カウンセラーやキャリアカウンセラーといった専門職でも用いられる「来談者中心療法」という考え方が、カウンセリングの土台として大切にされています。
これは、相手の考えや感じ方を評価や判断を挟まずに理解しようとすることで、相手自身の気づきを促していく、という関わり方です。
睡眠やストレスについて尋ねる何気ない質問も、こうした姿勢の延長線上にあります。
肌の状態を確認するためのヒアリングであると同時に、お客様が自分自身の状態にじっくり耳を傾けてもらえる、数少ない時間でもあるのです。
3. 肌・身体・生活・ストレスは切り離せない
肌の調子が悪いとき、多くの方はまず「肌に合わない化粧品を使ったのかもしれない」「乾燥しているのかもしれない」と考えます。もちろん、それも大きな要因のひとつです。けれど、肌の変化の背景には、身体の内側の状態や、日々の生活、ストレスの積み重ねが関わっていることも少なくありません。
慢性的な寝不足が続けば、肌のターンオーバーが乱れ、くすみやハリの低下として現れます。ストレスが続けば、自律神経のバランスが崩れ、肌のコンディションだけでなく、食欲や睡眠にも影響が及びます。肌・身体・生活・ストレスは、まったく別々のものではなく、ひとつながりの状態として存在しているのです。
たとえば、繁忙期が続いて残業が重なっていた時期に、急に肌荒れが気になり始めた、という経験はないでしょうか。原因を化粧品や気候のせいだと考えがちですが、実際には生活リズムの乱れやストレスの蓄積が、肌という「見える部分」にかたちを変えて現れているだけかもしれません。
エステティシャンが生活習慣やストレスについて尋ねるのは、この「つながり」を前提に、お客様の状態を総合的に理解しようとしているからにほかなりません。
4. 「触れる」「話す」「自分を振り返る」時間

エステティックサロンで過ごす時間には、施術そのものに加えて、もうひとつ大切な要素があります。それは、「触れる」「話す」「自分を振り返る」という時間です。
肌に触れられる心地よさは、それだけでリラックス効果をもたらすことが知られています。手のひらから伝わる温度や圧、一定のリズムで続く施術の動きは、緊張していた身体をゆるめ、副交感神経を優位にすると言われています。
前回お伝えした「皮膚の内臓反射」―皮膚への心地よい刺激が自律神経のバランスを整える働きは、まさにこの「触れる」時間の中で起きていることでもあります。
あわせて、こうした心地よい刺激はオキシトシンやセロトニンといった「幸せホルモン」の分泌を促すとも言われており、ストレスがやわらぐ感覚には、こうした身体の仕組みが関わっているのです。
そして、施術中の会話は、お客様が自分の状態を言葉にする機会でもあります。
「最近忙しくて」「実はちょっと悩んでいて」―そうした何気ない会話の中で、お客様自身が、自分の生活や心の状態をあらためて振り返ることになるのです。
日常の中では、なかなか自分自身についてゆっくり考える時間を持てないという方も多いのではないでしょうか。
通勤中はスマートフォンを眺め、仕事中はタスクに追われ、家に帰れば家事や育児に手が回る。一日のうち、誰にも急かされずに自分自身のことだけを考えられる時間は、驚くほど少ないものです。
エステティックサロンで過ごす時間が、「肌がきれいになる時間」であると同時に、
「自分自身の状態に気づく時間」にもなり得るのは、こうした背景があるからです。
施術を受けながら、ふと「そういえば最近、笑っていなかったかもしれない」と気づく。
そんな瞬間も、エステティックサロンが提供している価値のひとつなのだと思います。
5. 医療ではないからこそ守るべき境界線
ここで、はっきりさせておかなければならないことがあります。
エステティシャンは、医療の専門家ではないということです。
睡眠やストレスについて話を聞くことはあっても、それは診断でも治療でもありません。「不眠症ですね」「うつ病の可能性があります」といった判断を下すことは、エステティシャンの役割ではありませんし、してはならないことです。
エステティシャンにできるのは、お客様の状態に耳を傾け、必要であれば、専門機関への相談を促すことです。この境界線を正しく理解し、守ることこそが、エステティシャンという仕事の専門性のひとつだと言えます。「話を聞く」ことと「診断する」ことは、まったく別のものなのです。
この線引きがあるからこそ、お客様も安心して話をすることができます。「何か診断されるかもしれない」という緊張感ではなく、「ただ聞いてもらえる」という安心感があってはじめて、人は自分の状態を素直に言葉にできるものです。
専門外のことに踏み込まない誠実さもまた、この仕事の信頼を支えている要素のひとつだと言えるでしょう。
6. 三面美容から考える、これからのエステティック
前回ご紹介した「三面美容」という考え方を思い出してみましょう。
人の美しさや健康を、「外面的ケア」「内面的ケア」「精神的ケア」という三つの側面から総合的に行う、という発想です。
睡眠やストレスについて尋ねることは、まさにこの「内面的ケア」「精神的ケア」への配慮そのものです。肌という「外面」だけを見ていては、決して見えてこない部分に目を向けているからこそ、エステティシャンはこうした質問を大切にしてきました。
前回お伝えした通り、皮膚への心地よい刺激が自律神経を整える「皮膚の内臓反射」も、香りや空間、会話がもたらす精神的ケアも、すべてこの三面美容という一つの考え方の中でつながっているのです。
これからの社会では、忙しさに追われ、自分自身の状態にじっくり向き合う時間を持てない人が、ますます増えていくかもしれません。
リモートワークの普及で人と直接顔を合わせる機会が減ったという声も聞かれますし、常に情報にさらされている状態が、知らず知らずのうちに心身を消耗させていることもあります。そんな時代だからこそ、「触れる」「話す」「自分を振り返る」という時間を提供できるエステティックという仕事の価値は、あらためて見直されていくのではないでしょうか。
肌をきれいにするための時間が、結果として、自分自身の状態に気づき、整えるための時間にもなる。これこそが、三面美容という考え方が現代においても色あせない理由なのだと思います。

社会へ残したい認識
エステティック=見た目を変えること
→ 自分自身の状態に気づく時間にもなり得る
「最近、眠れていますか」という何気ないひとことの奥には、肌だけではなく、人そのものに向き合おうとするエステティックの姿勢があります。
見た目を整えるために訪れた場所で、思いがけず自分自身の状態に気づく。
そんな経験をしたことがある方は、きっと少なくないはずです。忙しさに追われる毎日の中で、誰かにそっと「最近どうですか」と聞かれる時間があることの意味は、これからの社会において、ますます大きくなっていくのではないでしょうか。
次回は、なぜエステティシャンは、お客様の「いつもと違う」に気づくのか―同じ人の肌・身体・表情を継続して見る仕事だからこそできること、その理由に迫ります。お楽しみに。
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