光で聴覚を呼び起こす「手術が不要な」人工聴覚器の可能性を実証 ~赤外レーザーによる蝸牛への非接触刺激で、遺伝子操作なしに聴覚を誘導~

    調査・報告
    2026年7月10日 15:00

    【ポイント】

    ・外耳からのレーザー照射によって蝸牛を刺激する非接触型聴覚刺激法を開発
    ・遺伝子改変を必要とせず、動物がレーザー刺激を聴覚情報として利用できることを行動実験で実証
    ・レーザー刺激による聴覚応答が音刺激と関連する神経処理を利用している可能性を提示
    ・将来的な新しい人工聴覚技術開発につながる基礎的知見を提供

    【概 要】

    同志社大学音響ナビゲーション研究センターと慶應義塾大学の研究グループは、外耳から照射する赤外レーザー光を用いて、外科手術や遺伝子改変を必要とせずに聴覚を誘発する新しい非接触型刺激技術を開発しました。

    本研究では、スナネズミを用いた行動実験を通じ、レーザー照射による感覚が「音」と同等の聴覚情報として動物の行動を確実に制御できることを世界で初めて証明しました。本成果は、患者への身体的負担を最小限に抑える、次世代型の非接触型聴覚補助デバイス開発に向けた極めて重要な基礎技術となります。

    本研究成果は「Optical induction of auditory perception via cochlear stimulation in Mongolian gerbils without genetic modification」の題目にて国際学術誌Elsevier出版のiScience誌に2026年6月30日付(UK時間)で公表されました(オープンアクセス)。

    【背景】

    人工内耳は重度難聴者の聴覚を回復する有効な治療法として広く利用されています。しかし、現在、難聴治療の標準的な選択肢である人工内耳は、外科的な電極埋め込みが必要であり、音の周波数再現性や合併症のリスクといった課題を抱えています。これに対し、光は電気よりも狭い範囲を精密に刺激できることから、より高い周波数分解能を実現する次世代の人工内耳技術として期待されています。一方で、これまで光による聴覚刺激の研究では、光感受性タンパク質を導入する遺伝子改変(オプトジェネティクス)が必要であり、臨床応用へのハードルとなっていました。そのため、遺伝子改変を行わずに光刺激によって聴覚を誘発する技術の開発が求められていました。

    【研究成果】

    玉井研究員をはじめとする研究グループは、スナネズミを用いて、鼓膜を通して赤外レーザーを蝸牛に照射することで、遺伝子改変を行うことなく、覚醒動物における聴覚知覚を行動レベルで誘発できることを初めて実証しました。あらかじめ「音が聞こえたら水が飲める」ことを学習したスナネズミは、音を提示しなくてもレーザーを照射しただけで、水を期待して同じ行動を示しました。このことは、スナネズミがレーザー刺激を実際の音として知覚していたことを示しています。また、周囲に雑音があるとレーザー刺激への反応が弱まったことから、レーザー刺激は単なる光や熱への反応ではなく、実際の音と同じように脳で処理されていることが示されました。さらに、音刺激による学習とレーザー刺激による学習の効率はほぼ等しく、レーザー刺激によって生じる「聞こえ」は、自然な音と同程度に明瞭である可能性が示唆されました。

    本研究成果は、遺伝子改変を必要としない新しい光刺激技術の有効性を示すものであり、将来的には、より自然な音の知覚を可能にする次世代の光人工内耳や新たな難聴治療法の実現につながることが期待されます。

    【論文情報】

    掲載誌: iScience
    論文タイトル: Optical induction of auditory perception via cochlear stimulation in Mongolian gerbils without genetic modification
    著者: Yuta Tamai, Miku Uenaka, Aya Okamoto, Yuki Ito, Kaito Fukada, Ayase Kawasaki, Takaki Shintani, Riko Nakagawa, Koji Toda, Shizuko Hiryu, Kohta I. Kobayasi
    DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.116588

    【研究者プロフィール】

    玉井 湧太(タマイ ユウタ)
    同志社大学音響ナビゲーション研究センター・研究員
    慶應義塾大学・日本学術振興会 特別研究員(PD)
    エバーハルト・カール大学テュービンゲン(Eberhard Karl University of Tübingen)・日本学術振興会
    国際共同研究加速研究員/学術職員

    研究活動:
    同志社大学大学院在学中に、聴覚神経科学および脳・機械インターフェースに関する研究を開始。同大学で助教として教育・研究に従事した後、日本学術振興会海外特別研究員として、ドイツのエバーハルト・カール大学テュービンゲンに拠点を移し、研究活動を展開した。現在は、赤外線レーザーを用いた非侵襲的神経刺激技術の開発と、その行動学的応用可能性の検証に注力している。さらに、聴覚情報が社会的行動にどのように結びつくのかという関心から、マーモセットを対象とした霊長類の音声コミュニケーションに関する行動学的研究にも取り組んでいる。

    小林 耕太(コバヤシ コウタ)
    同志社大学 生命医科学部 教授
    音響ナビゲーション研究センター 研究員
    専門は神経行動学、ヒトをふくめた動物の音声コミュニケーション、聴覚生理学。赤外レーザーによる蝸牛刺激技術の研究および、動物行動実験に基づく聴覚様知覚の検証を主導した。

    【本研究に関するお問い合わせ先】

    同志社大学生命医科学部教授 小林耕太
    TEL:0774-65-6499
    E-mail: kkobayas@mail.doshisah.ac.jp

    【報道担当】

    同志社大学 広報課
    TEL:075-251-3120 
    FAX:075-251-3080
    E-mail:ji-koho@mail.doshisha.ac.jp

    慶應義塾 広報室
    TEL:03-5427-1541 
    FAX:03-5441-7640
    E-mail:m-pr@adst.keio.ac.jp

    ≪関連情報≫

    ○本研究の資金について
    本研究は、文部科学省・日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:24KJ1927、25K21230、24KK0210)研究助成により実施されました。

    ○研究者情報 
    飛龍 志津子(ヒリュウ シヅコ)
    同志社大学 生命医科学部 教授
    音響ナビゲーション研究センター長
    専門は、超音波工学、コウモリの生物音響学、センシング技術。これまでに、コウモリのエコーロケーションや音響シミュレーションに関する研究を含め、多数の学術論文を発表している。

    兎田 幸司(トダ コウジ)
    慶應義塾大学 文学部 准教授
    意識、自己、時間、社会性など、「こころ」を支える機能の心理学的・神経科学的基盤の解明を目指し、マウス、ラット、ハトなどの動物を用いた行動神経科学研究を行っている。

    〇参考文献

    1. Tamai, Y., Ito, Y., Furuyama, T., Horinouchi, K., Murashima, N., Michimoto, I., Hishida, R., Shibuki, K., Hiryu, S., and Kobayasi, K.I. (2020). Auditory cortical activity elicited by infrared laser irradiation from the outer ear in Mongolian gerbils. PLOS ONE, 15, e0240227. DOI: 10.1371/journal.pone.0240227.
    2. Uenaka, M., Nagamura, H., Okamoto, A., Hiryu, S., Kobayasi, K.I., and Tamai, Y. (2022). Feasibility evaluation of transtympanic laser stimulation of the cochlea from the outer ear. Journal of the Acoustical Society of America, 152, 1850. DOI: 10.1121/10.0014241.
    3. Okamoto, A., Uenaka, M., Ito, Y., Kuroki, Y., Miyasaka, T., Toda, K., Hiryu, S., Kobayasi, K.I., and Tamai, Y. (2025). Safety evaluations for transtympanic laser stimulation of the cochlea in Mongolian gerbils (Meriones unguiculatus). Neuroscience Research, 212, 31–40. DOI: 10.1016/j.neures.2024.10.004.

    図1. スナネズミに音刺激またはレーザー刺激の後に水報酬を与える条件づけを行ったところ、レーザー刺激でも音刺激と同様に、報酬を予測した舐め行動が学習された。

    図2. 大きな音(背景雑音)を加えると、音刺激への反応だけでなく、レーザー刺激への反応も低下した。この結果は、レーザー刺激による反応に聴覚系の処理が関与していること、すなわち音として処理されていることを示唆する。

    図3. 音刺激で学習したスナネズミは未学習であるレーザー刺激にも同様に反応し、レーザー刺激が音に似た感覚として処理されていることが示唆された。

    ―――取材に関するお問い合わせ――――

    同志社大学 学長室総合企画部 広報課 TEL:075-251-3120 FAX:075-251-3080
    〒602-8580京都市上京区今出川通烏丸東入e-mail: ji-koho@mail.doshisha.ac.jp

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