常温・常圧下での可視光照射で水素放出できる層状水素化シリカン -省エネルギー型の固体水素キャリアとしての応用に期待-

【ポイント】
●比較的高い質量水素密度を持つ層状水素化シリカンから可視光の照射だけで水素を取り出せることに成功。
●常温・常圧下での太陽光やLEDなどの可視光照射で水素放出が生じることを確認。
●安全・省エネルギーな水素貯蔵・放出材料への応用に期待。
【概要】
東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系の伊藤裕那大学院生(修士課程1年)、宮内雅浩教授、近畿大学大学院 総合理工学研究科 物理系工学専攻の中井美緒大学院生(修士課程1年)、近畿大学 理工学部 応用化学科の中野秀之教授、筑波大学 数理物質系 物質工学域の近藤剛弘教授らの研究グループは、層状水素化シリカン(用語1)が、常温・常圧下、可視光の照射のみで水素を放出できることを発見しました。
水素エネルギーの普及には、水素を安全に貯蔵・運搬できる水素キャリア(用語2)の開発が求められています。層状水素化シリカン(HSi)は比較的高い質量水素密度(用語3)を持つ層状物質ですが、従来は電子材料や電池材料としての研究が中心であり、水素キャリアとしての活用は検討されてきませんでした。
研究グループは今回、この層状水素化シリカンから、常温・常温下での可視光照射だけで水素を取り出せることを明らかにしました。また、微弱な光環境下でも水素放出が可能であることや、常温で遮光して保管すれば水素が放出されないことが確認できました。
本材料は固体状で扱いやすく、従来の高圧水素ボンベのような爆発のリスクがありません。また、一般的な液体水素キャリアと異なり、水素放出に特別な加熱工程が必要ないという長所があります。太陽光や汎用LEDなどの可視光で水素を放出できることから、省エネルギー型の水素キャリアとしての応用が期待されます。
本成果は、2025年12月29日付の「Advanced Optical Materials」誌に掲載されました。
●背景
脱炭素化の推進に向けた水素エネルギーの普及には、水素を安全に貯蔵・運搬でき、かつ低エネルギーで放出できる水素キャリアの開発が求められています。一般的に水素キャリアとして用いられる高圧水素ガスボンベは、水素貯蔵密度が低い上に、爆発や火災のリスクが伴います。液体水素キャリアとして知られるアンモニア、ギ酸、有機ハイドライドなどは、毒性や腐食性に加え、水素放出に高温の加熱工程が必要であることが課題となっていました。また、固体水素キャリアである水素吸蔵合金は、質量水素密度が低く、軽量での貯蔵・運搬には大きな課題がありました。
一方、水素とケイ素が1対1で結合した層状物質である層状水素化シリカン(HSi)は、比較的高い質量水素密度(3.44%)を持つものの、これまでは主に電子材料や電池材料としての応用研究が中心でした。今回の研究では、層状水素化シリカンを水素キャリアとして活用する上で重要な「光による脱水素プロセス」に着目し、詳細に評価しました。
●研究成果
層状水素化シリカンの合成と光吸収特性
層状水素化シリカンは、二ケイ化カルシウム(CaSi2)を塩酸中でイオン交換することで、簡便に合成できます[参考文献1]。合成した層状水素化シリカンの走査型電子顕微鏡像(図1(c))では、薄いシート状物質が積層している様子が確認されました。このシート状物質に対して、電子顕微鏡観察に加えて、X線回折(用語4)、赤外分光(用語5)、X線光電子分光(用語6)など各種構造解析を行った結果、これまでの研究で得られていたものと同一の構造を持つ層状水素化シリカンであることが確認できました。
合成した層状水素化シリカンの紫外・可視吸収スペクトルを測定したところ、600nm付近の可視光域から短波長側にわたり吸収を示し、半導体的な性質を持つことが分かりました(図2)。吸収スペクトルから求めたバンドギャップ(用語7)は 2.13eVでした。光照射時の水素放出特性
次に、層状水素化シリカンに光を照射した際の水素放出特性を評価しました。気相流通系での水素放出評価方法(図3(a))を用いて、水素放出の内部量子収率(用語8)の作用スペクトル(用語9)を計測したところ、層状水素化シリカンは600nm以下の可視光照射によって水素を放出できることが明らかになりました(図3(b))。特に、太陽光スペクトルの中で強度が最も強い波長域である550nmでは、水素放出の内部量子収率は7.3%に達しました。
この水素放出の光強度依存性を調べたところ、水素放出に必要な光強度の閾値は存在せず、水素放出速度は光強度に対して線形に増加しました。これらの結果から、微弱な光環境下でも水素放出が可能であることが示されました。また、水素放出のメカニズムを検証したところ、光励起により生成した電子が層状水素化シリカン自身の水素イオンを還元することによって水素を放出していることが分かりました。

- 光照射時の水素放出特性
次に、層状水素化シリカンに光を照射した際の水素放出特性を評価しました。気相流通系での水素放出評価方法(図3(a))を用いて、水素放出の内部量子収率(用語8)の作用スペクトル(用語9)を計測したところ、層状水素化シリカンは600nm以下の可視光照射によって水素を放出できることが明らかになりました(図3(b))。特に、太陽光スペクトルの中で強度が最も強い波長域である550nmでは、水素放出の内部量子収率は7.3%に達しました。
この水素放出の光強度依存性を調べたところ、水素放出に必要な光強度の閾値は存在せず、水素放出速度は光強度に対して線形に増加しました。これらの結果から、微弱な光環境下でも水素放出が可能であることが示されました。また、水素放出のメカニズムを検証したところ、光励起により生成した電子が層状水素化シリカン自身の水素イオンを還元することによって水素を放出していることが分かりました。

さらに、同じ流通系実験装置を用いて、光源として疑似太陽光、白色LED、緑色LEDを照射した際の水素放出特性を調べました。その結果、疑似太陽光照射で水素が放出されるだけでなく、より光強度の弱い一般的な白色LED照明や緑色LEDを用いても脱水素することが確認されました(図4)。

- 分散系での水素放出特性
次に、層状水素化シリカンをアセトニトリル中に分散させた実験系(図5(a))を用いて、水素放出特性を評価しました。光のオン・オフに対する水素放出挙動を調べたところ、分散体においても、可視光照射により水素が放出されることが確認されました(図5(b))。一方、暗所では脱水素が全く起こらなかったことから、常温で遮光して保管すれば水素が放出されないことが示唆されました。

この分散体の実験系では溶液を攪拌できるため、前述の気相流通系とは異なり、光を満遍なく層状水素化シリカンに照射することができます。分散系において長時間可視光を照射した際の水素放出特性を調べたところ、層状水素化シリカンが保持する水素量を100%とした場合、可視光照射によりその46.7%の水素を放出できることが明らかとなりました(図5(c))。なお、この最大水素放出量は合成条件に大きく依存することが分かってきており、今後は合成プロセスの最適化や異種材料との複合化等によって、放出量の改善が期待できます。
●社会的インパクト
現在、自動車をはじめとするモビリティ分野で用いられている高圧水素ボンベでは、安全性や重量の課題が指摘されています。本研究で示した「可視光で水素を放出できる固体材料」は、そうした課題を克服する可能性があります。安全かつ省エネルギーに扱えるポータブル水素キャリアの実現につながる成果であり、将来的には、日常生活から産業利用までのさまざまなシーンでの利用が期待されます。
●今後の展開
より高効率な水素キャリアの実現を目指して、水素放出速度の向上や最大脱水素量の拡大を図り、合成プロセスの高度化や異種材料との複合化等を検討します。また、層状水素化シリカンを基板上に固定化する技術の開発を進めることで、デバイス応用やポータブル水素源など、利用可能性の拡大に取り組みます。これらの取り組みを通じ、持続可能な水素社会の実現に向けた基盤材料・技術の確立を目指します。
【参考文献】
[1]S. Yamanaka et al. Materials Research Bulletin, 31, 307, 1996.
【用語説明】
(1)層状水素化シリカン:化学式HSiの層状物質で、水素とケイ素が1対1の割合で結合している。英語名はlayered hydrogen silicane(L-HSi)。
(2)水素キャリア:水素を貯蔵・輸送するための担体。高圧水素ガスボンベ、液化水素、アンモニア、ギ酸、有機ハイドライド、水素吸蔵合金などが知られる。
(3)質量水素密度:単位重量当たりに水素が含まれる量。この値が大きいほど、大量の水素を運搬できるため、水素キャリアとして優れている。
(4)X線回折:物質にX線を照射した際の回折パターンを解析し、結晶内部の原子配列を決定する手法。
(5)赤外分光:赤外線の吸収特性を測定し、物質中の化学結合の種類や状態を解析する手法。
(6)X線光電子分光:X線照射によって放出される電子のエネルギーを解析し、物質中の元素の化学状態を調べる手法。
(7)バンドギャップ:半導体・絶縁体において、電子が占有するエネルギー帯上端と、電子が空のエネルギー帯下端のエネルギー差。この値以上のエネルギーを持つ光を吸収できる。
(8)内部量子収率:吸収された光子数に対して、反応に寄与した電子数の割合を示す指標。本研究では水素生成が2電子反応で進むと仮定し、生成した水素量から電子数を求め、吸収光子数で割って算出した。
(9)作用スペクトル:光の波長によって反応速度がどのように変化するかを示す特性。
【論文情報】
掲載誌 :Advanced Optical Materials
論文タイトル:Visible-Light-Driven Hydrogen Release from Layered Hydrogen Silicane
著者 :Hirona Ito, Mio Nakai, Akira Yamaguchi, Shin-ichi Ito, Osamu Oki, Takahiro Kondo, Masahiro Miyauchi *, Hideyuki Nakano *
DOI :10.1002/adom.202502880
【研究者・発表者情報】
伊藤裕那(イトウヒロナ)Hirona Ito
東京科学大学 物質理工学院 材料系 修士課程
中井美緒(ナカイミオ)Mio Nakai
近畿大学大学院 総合理工学研究科 物理系工学専攻 修士課程
山口晃(ヤマグチアキラ)Akira Yamaguchi
東京科学大学 物質理工学院 材料系 准教授
伊藤伸一(イトウシンイチ)Shin-ichi Ito
筑波大学 数理物質系 物質工学域 研究員
大木理(オオキオサム)Osamu Oki
筑波大学 数理物質系 物質工学域 助教
近藤剛弘(コンドウタカヒロ)Takahiro Kondo
筑波大学 数理物質系 物質工学域 教授
宮内雅浩(ミヤウチマサヒロ)Masahiro Miyauchi
東京科学大学 物質理工学院 材料系 教授
中野秀之(ナカノヒデユキ)Hideyuki Nakano
近畿大学 理工学部 応用化学科 教授
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 中野秀之(ナカノヒデユキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2950-nakano-hideyuki.html

















