水生昆虫類の保全に適した休耕田ビオトープの立地条件を提言

    周囲の“水田の多様さ”と“中程度の森林”がカギ

    調査・報告
    2026年4月14日 13:00

    倉敷芸術科学大学生命科学部環境生命科学科の渡辺黎也助教、長崎大学の大庭伸也准教授、兵庫県立大学大学院の佐川志朗教授らの研究グループは、休耕田ビオトープに生息する水生昆虫類(トンボ類幼虫、カメムシ類、コウチュウ類)の多様性が、周囲1000 mの景観構造に強く影響されることを明らかにしました。特に、農法の異なる水田がバランスよく混在する「水田タイプ多様度」が高く、森林が中程度に存在する環境で、多様性が最も高くなることが分かりました(図1)。さらに、この影響の及ぶ空間スケールは季節によって変化することも示されました。
    本研究の成果は、限られた予算の中でビオトープをどこに整備・維持すべきかという実務的な判断にも資するものであり、ビオトープの造成箇所の選定や管理手法の改善に貢献することが期待されます。

    図1 周囲の水田の“多様さ”と中程度の森林が、ビオトープの水生昆虫類の多様性を高める
    図1 周囲の水田の“多様さ”と中程度の森林が、ビオトープの水生昆虫類の多様性を高める

    背景
    近年、日本では農業者の高齢化や収益の低下により、田んぼが使われなくなる「耕作放棄田」が増えています。こうした場所では植生遷移が進んで陸地化し、水生昆虫類(タガメやゲンゴロウ、トンボなど)が生息しにくくなるほか、害獣・害虫の増加や地すべりリスクの上昇といった問題も指摘されています。この対策として、耕作放棄田に水をためて湿地として再生する「休耕田ビオトープ」が注目されています。しかし、どの場所をビオトープとして整備すれば、生物多様性の保全に最も効果的なのかについては、これまで十分に分かっていませんでした。
    水田に生息する水生昆虫類は、季節によって水田やため池、ビオトープなど複数の水域を行き来して生活しています。そのため、周囲に多様な水環境が存在することが重要であると考えられます。特に、水田は農法の違いによって水を張る時期や期間が異なるため、さまざまなタイプの水田が混在する地域では、水生昆虫類が利用できる環境が増える可能性があります。
    さらに、ゲンゴロウ類やトンボ類などの一部の水生昆虫類は森林で越冬・採餌し、繁殖期には水域へ移動することが知られています。このような生態から、水田だけでなく森林を含めた景観構造が、水生昆虫類の多様性に影響を及ぼす可能性があります。
    これまでの研究から、周囲の森林や水域が水生昆虫類に影響することは知られていましたが、どのくらいの範囲の景観が影響するのか(空間スケール)や、その影響が季節によってどう変わるのかは明らかになっていませんでした。
    そこで本研究では、休耕田ビオトープ周囲の景観構造に着目し、
    (1)水田の多様さ(農法の違い)
    (2)森林の割合
    (3)それらが影響する範囲(空間スケール)
    が、水生昆虫類の多様性にどのように影響するのかを、季節ごとに検証しました。

    方法
    兵庫県豊岡市にある通年湛水ビオトープ42地点を対象に、2023年4月から2024年2月にかけて、春・夏・秋・冬の各季節に1回ずつ調査を行いました。各地点で、水生昆虫(トンボ類幼虫、カメムシ類、コウチュウ類)の種ごとの個体数を記録しました(図2)。さらに、水域面積や水深、水質(水温、電気伝導度、pH、溶存酸素、濁度)、水生植物の被度、外来種(アメリカザリガニ、ウシガエル)の有無などの環境要因も記録しました(図3a)。
    また、ビオトープ周囲の景観の影響を評価するため、半径250 m〜5000 mの範囲で複数のスケールのバッファーを設定し、水田のタイプ(慣行・減農薬・無農薬・ビオトープ)と森林の割合を解析しました(図3b)。さらに、水田タイプの多様さを示す指標として、多様度指数(シャノン指数)を算出しました。本地域では、水田の農法によって水を張る時期や期間が異なるため、水田タイプの多様さは「利用可能な水環境の多様さ」を表す指標となります。
    これらのデータをもとに、空間スケールごとの景観要因と環境要因が水生昆虫の多様性およびゲンゴロウ類の個体数に与える影響を、統計モデルを用いて解析しました。

    図2 水生昆虫類の出現種
    図2 水生昆虫類の出現種
    図3 記録した(a)環境要因および(b)景観要因
    図3 記録した(a)環境要因および(b)景観要因

    結果・考察
    本研究の結果、水生昆虫の多様性は、ビオトープ周囲の水田タイプ多様度と森林面積率に影響されることが明らかになりました(図4)。特に春には、ビオトープ周囲1000 mの範囲で、水田の農法が多様であるほど(水を張る時期や農薬使用が異なる水田がバランスよく存在するほど)、水生昆虫の多様性が高くなることが分かりました。一方で、特定の水田タイプの面積そのものは、多様性に大きな影響を与えませんでした。
    また夏には周囲5000 m以内、秋には周囲1000 m以内の森林が「中程度に」存在する場所で、多様性が高くなる傾向が見られました。これは、森林で採餌・越冬する種が集まりやすいことに加え、ユスリカ類などの餌生物が豊富になるためと考えられます。一方で、森林が多すぎると、飛翔中の水生昆虫類が上空から水域を見つけにくくなり、移入が制限される可能性があることから、森林は中程度に存在することが望ましいと考えられます。
    さらに、水生昆虫類に影響を及ぼす空間スケールは季節によって異なり、春と秋では1000 m、夏ではより広い5000 m、冬では比較的狭い250 mの範囲が重要であることが示されました。これらの結果から、休耕田ビオトープを整備・管理する際には、周囲1000 m以内に多様な農法の水田が存在し、森林が中程度に存在する場所を優先的に選定することが、水生昆虫類の多様性保全に有効であると考えられます。
    また、ゲンゴロウ類の保全においても、同様に周囲1000 mの景観構造が重要であることが示唆されました(図5)。さらに、管理面では、侵略的外来種の適切な管理や、夏季における水生植物の除去による開放水面の創出が有効であると考えられます。

    図4 水生昆虫類の多様性に影響を及ぼす環境・景観要因      灰色網掛けは、条件付き自己回帰モデルにおける95 %ベイズ信用区間を示す
    図4 水生昆虫類の多様性に影響を及ぼす環境・景観要因      灰色網掛けは、条件付き自己回帰モデルにおける95 %ベイズ信用区間を示す
    図5 環境要因および景観要因がゲンゴロウ類の個体数に与える効果
    図5 環境要因および景観要因がゲンゴロウ類の個体数に与える効果

    黒丸は各種に対する係数推定値の平均値を、エラーバーは95%信用区間を示す。有意に正の効果を示した場合は赤(95%信用区間が0を上回る)、有意に負の効果を示した場合は青(95%信用区間が0を下回る)で示した。点線および灰色網掛けはゲンゴロウ科全種に共通する係数推定値の平均値と95%信用区間を、実線はゼロを表す。

    期待される成果
    環境省による自然共生サイトの認定制度開始により、生物多様性保全に取り組む地域や企業が増え、ビオトープの造成・維持管理が今後拡大していく可能性があります。本研究の成果は、限られた予算の中でビオトープをどこに整備・維持すべきかという実務的な判断にも資するものであり、ビオトープの造成箇所の選定や管理手法の改善に貢献することが期待されます。
    本研究成果は、保全生物学分野の国際誌『Biodiversity and Conservation』に、2026年3月30日付でオンライン先行公開されました。本研究は特別研究員奨励費 No.23KJ185、科研費 JP21H03652、25K03330の助成を受けて実施されました。

    ●論文詳細
    (1) タイトル
    Seasonal and scale-dependent effects of paddy-type diversity and forest cover on aquatic insect diversity in fallow field biotopes
    (水田タイプの多様度および森林面積率が休耕田ビオトープに生息する水生昆虫類の多様性に及ぼす季節・空間スケール依存的な効果)

    (2)著者名
    倉敷芸術科学大学生命科学部環境生命科学科 渡辺黎也助教
    長崎大学教育学部/大学院総合生産科学研究科 大庭伸也准教授
    兵庫県立大学大学院地域資源マネジメント研究科 佐川志朗教授

    (3)雑誌・号・doi
    Biodiversity and Conservation
    DOI: https://doi.org/10.1007/s10531-026-03331-x
    URL(こちらから全文を読めます):https://rdcu.be/faH9W


    【本リリースに関するお問い合わせ先】
    倉敷芸術科学大学生命科学部環境生命科学科 渡辺黎也 助教
    電話:086-440-1060 E-mail: r-watanabe@kusa.ac.jp

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