雪印メグミルク保有のビフィズス菌アドレセンティスSBT2786が睡眠を増やす脳内の仕組みをショウジョウバエで解明
~腸内細菌と睡眠をつなぐ経路の一端を特定 睡眠研究の新たな手がかりに~
雪印メグミルク株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長:佐藤 雅俊)は、これまでにヒト試験で睡眠改善効果を確認している当社保有のビフィズス菌Bifidobacterium adolescentis SBT2786※1(以下、SBT2786)について、作用機序の一端を明らかにしました。具体的には、SBT2786による睡眠増加に関わる分子や脳内回路の一部をショウジョウバエ※2を用いて特定しました。本研究は、腸内細菌と睡眠をつなぐ経路の一端を分子と神経回路のレベルで示したものであり、睡眠研究の新たな手がかりとなることが期待されます。本研究成果は国際学術誌「iScience」に掲載されました。
【本研究のポイント】
●SBT2786による夜の早い時間帯の睡眠時間の増加には、CCHa1とCCHa1R※3を介した情報伝達(CCHa1–CCHa1Rシグナル)が重要で、その作用点の一つが脳の中心部にあるリング状の神経回路(楕円体)※4であることを解明
●遺伝学的手法を用いて、SBT2786による睡眠増加に関わるペプチド、受容体、脳内回路を段階的に特定
●摂取したビフィズス菌による刺激が睡眠に関わる脳内回路へ伝わる仕組みの理解につながり、睡眠研究の新たな手がかりとなる

研究の背景
腸内細菌は、産生する代謝物や、宿主の神経・ホルモンを介した情報伝達などを通じて、脳の働きに影響することが知られており、この腸と脳の相互作用は「腸–脳軸」と呼ばれます。近年、腸内細菌と睡眠との関連が報告されていますが、個々の腸内細菌による刺激が、どのような分子や神経回路を介して睡眠に影響するのかは十分に分かっていません。
当社はこれまでに、SBT2786がショウジョウバエの睡眠時間を増加させることに加え、ヒト試験において夜間睡眠時間や起床時の主観的な満足感を改善することを報告しています。しかし、SBT2786が睡眠に作用する仕組みは明らかになっていませんでした。
研究の概要
本研究では、ショウジョウバエにおいて睡眠や覚醒の調節に関わることが知られている神経ペプチドCCHa1と、その受容体CCHa1Rに着目しました。
ショウジョウバエの組織や脳領域ごとに特定の遺伝子の働きを抑制できる遺伝学的手法(RNA干渉法※5)を用いて、CCHa1またはCCHa1Rの働きを個別に抑制し、SBT2786による睡眠増加作用に必要な分子や脳内回路を段階的に解析しました。
研究結果
その結果、SBT2786による夜の早い時間帯の睡眠時間の増加は、全身でCCHa1の発現を抑制した場合、および神経系でCCHa1Rの発現を抑制した場合には認められませんでした。このことから、SBT2786による睡眠増加には、CCHa1とCCHa1Rを介した情報伝達(CCHa1–CCHa1Rシグナル)が必要であることが分かりました。
一方、腸内分泌細胞でCCHa1の発現を抑制してもSBT2786による睡眠時間の増加は維持されました。このことから、腸内分泌細胞に由来するCCHa1だけでは、本作用を十分に説明できないことが示されました。
さらに、脳の中心部にあるリング状の神経回路「楕円体」でCCHa1Rの発現を抑制すると、SBT2786による睡眠時間の増加は認められなくなりました。また、楕円体を構成するリングニューロンのうち、R3タイプを多く含む神経細胞集団でCCHa1Rの発現を抑制した場合にも、同様にSBT2786の作用は認められませんでした。
以上の結果から、SBT2786による夜の早い時間帯の睡眠時間の増加には、CCHa1–CCHa1Rシグナルが必要であり、その作用には楕円体を含む脳内回路が関与することが示されました。
本研究の意義と今後の展望
本成果は、摂取したビフィズス菌による刺激が睡眠制御に関わる脳内回路へ伝わる仕組みを理解するための基礎的知見です。今後、腸内細菌や食品成分による睡眠調節機構を考えるうえで、有用な手がかりになると考えられます。一方で、SBT2786の作用に関わる上流因子や、CCHa1–CCHa1Rシグナルを介した情報伝達の詳細については未解明な部分も残されており、今後さらに研究を進めていく予定です。
論文情報
タイトル:Bifidobacterium adolescentis SBT2786-induced early-night sleep requires CCHamide-1 signaling in Drosophila ellipsoid body ring neuron circuits
掲載誌名:iScience
DOI:http://doi.org/10.1016/j.isci.2026.117683
著者:村上 弘樹、小林 俊二郎(雪印メグミルク株式会社 ミルクサイエンス研究所)
用語説明
※1 SBT2786:
ビフィドバクテリウム・アドレセンティス(Bifidobacterium adolescentis)に属する当社保有の菌株。本菌種は、ヒトの腸内に生息する代表的なビフィズス菌の一つ。
当社はこれまでに、SBT2786がヒト試験において夜間睡眠時間や起床時満足感の改善につながることを報告しています。
※2 ショウジョウバエ:
ショウジョウバエは、夜間にまとまった休息(睡眠に相当する状態)をとり、睡眠を妨げた後に休息が増えることや、カフェインや抗ヒスタミン薬に反応することなど、哺乳類の睡眠と共通する特徴を示します。このため、睡眠研究に広く用いられるモデル生物です。また、特定の組織や神経細胞で狙った遺伝子の働きを制御する遺伝学的手法が確立されており、どの分子や神経回路が睡眠に関わるのかを詳細に解析できることも特長です。
※3 CCHa1とCCHa1R:
CCHa1は、ショウジョウバエの体内で細胞から細胞へ情報を伝える「神経ペプチド」と呼ばれる物質です。CCHa1Rは、その情報を受け取る「受容体」です。ショウジョウバエにおいて、睡眠・覚醒や概日行動などへの関与が報告されています。また、CCHa1Rは、哺乳類のガストリン放出ペプチド受容体を含む受容体のグループと進化的に近く、この受容体の仕組みは、哺乳類では睡眠と密接に関係する体内時計の調節に関わることが報告されています。
※4 リング状の神経回路(楕円体):
ショウジョウバエの脳の中央部にあるドーナツ状の領域で、リングニューロンと呼ばれる神経細胞の線維が輪状に集まって構成されています。リングニューロンはR1~R6等に分類され、睡眠と覚醒、運動や方向感覚などの調節に関わります。本研究では、R3と呼ばれるリングニューロンを多く含む神経細胞集団が、SBT2786による睡眠の増加に関わることが示されました。
※5 RNA干渉法:
特定の遺伝子からつくられる物質の量を減らし、その遺伝子の働きを弱める実験方法です。本研究では、ショウジョウバエの特定の組織や神経細胞でCCHa1またはCCHa1Rの働きを抑え、SBT2786による睡眠の増加に必要な分子や脳内の領域を調べました。


























