【名城大学】原始的な昆虫、イシノミ目で“交尾器の結合”を初確認! 昆虫の交尾進化を読み解く重要な手がかりを発見

    調査・報告
    2025年12月12日 15:00

    名城大学農学部の武藤将道助教(昆虫比較発生学、昆虫系統進化学)、筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所の町田龍一郎客員研究員(研究当時。昆虫比較発生学、昆虫系統進化学)の研究チームは、原始的な昆虫類であるイシノミ目の一種の配偶行動の観察を行い、イシノミ類において初めてとなる「交尾器の結合」による配偶様式を確認しました。これは昆虫類の「交尾」の獲得につながる進化過程を解明するうえで大きなヒントとなる発見といえます。本研究成果は、2025年 12 月 10 日にドイツ・ゼンケンベルク自然史協会発刊の国際誌「Arthropod Systematics & Phylogeny」に掲載されました。

    【本件のポイント】

    ・極東アジアの海岸のみに生息するイシノミ、ヤマトイシノミモドキ類の配偶行動を解明。
    ・原始的な昆虫類(無翅昆虫類)において初となる、雌雄の外部生殖器の結合による精子の受渡しの発見。
    ・「交尾」獲得に至る、昆虫類の配偶行動の新たな進化シナリオを提示。

    【研究の背景】

    昆虫類は全動物種の 3/4を占める最も繁栄した動物群です。その 99% は馴染みのある翅(はね)をもつ有翅昆虫類ですが、残りの 1% は、翅を獲得する以前の段階をとどめる無翅昆虫類です。無翅昆虫類はカマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目、イシノミ目とシミ目の5目からなります。中でも、原始的な無翅昆虫類の一群であるイシノミ目(図1)は、腹部にも肢(腹肢)があるなど昆虫類の祖先型をほうふつとさせる形態学的特徴を多数持っており、昆虫の進化を考える上で非常に重要な分類群とされています。

    図1 イシノミ類(写真はコジマイシノミ)。 翅を獲得する以前の原始的な体制を示していて、腹部にも肢の名残の8対の「腹肢」がある。
    図1 イシノミ類(写真はコジマイシノミ)。 翅を獲得する以前の原始的な体制を示していて、腹部にも肢の名残の8対の「腹肢」がある。

    ほとんどの昆虫を含む有翅昆虫類は、発達した外部生殖器(交尾器)をもち、雄が雌の体内へ直接精子を送り込む「交尾」により精子を受け渡します(直接移精)。一方、無翅昆虫類は交尾器が発達していないため、「交尾」ができません。その代わりに、雄がいったん体外に精子滴(精包)を置き、それを雌が拾い上げることで間接的に精子の受渡しが行われます(間接移精;例えば図2)。精包は乾燥に弱いため、間接移精を行う無翅昆虫類は湿潤環境でしか生息できないのに対し、有翅昆虫類は直接移精の「交尾」を獲得したことで場所を選ばず配偶行動ができるようになり、生息域を拡大し、大繁栄したと考えられています。
    では、昆虫類で、どのように間接移精から直接移精が生まれてきたのでしょうか?
    この疑問の解決を目指し、私たちはヤマトイシノミモドキ亜科Petrobiellinaeに注目しました。本亜科は極東ロシアおよび日本の岩礁海岸に数種のみが知られるイシノミで、無翅昆虫類において例外的に、雄が鈎状に特殊化したペニスや周辺構造をもっています。そのため、「交尾」が知られていない無翅昆虫類でありながら、配偶行動の際にペニスなどの結合が起こる配偶(=直接移精)を行う可能性が示唆されていました。しかし、本亜科は稀少群であることから、その配偶行動の観察が難しく、不明のままでした。このような中、私たちは本亜科の一種のコジマイシノミ Petrobiellus akkesiensis の多数の生きた個体を北海道の岩礁から得ることに成功し(Mtow & Machida 2024, Zootaxa 5543(3): 445–450)、本亜科の配偶行動の検討を開始しました。

    図2 一般のイシノミ類の配偶行動(写真はヒトツモンイシノミ)。 オスが自身で紡ぎ出した糸の上に精包を載せ、 それをメスが回収することで完了する「間接移精」。
    図2 一般のイシノミ類の配偶行動(写真はヒトツモンイシノミ)。 オスが自身で紡ぎ出した糸の上に精包を載せ、 それをメスが回収することで完了する「間接移精」。

    【研究内容】

    採集したコジマイシノミを実験室に持ち帰り、飼育下で本種の配偶行動の詳細を静止画および動画により記録・解析し検討しました。
    背面から配偶行動を観察したところ、1)雄が雌の胸部を素早く把握し、2)腹端を雌の腹端に密着させる様子がみられました(図3)。しかし、背面からは肝心のペニスなどの生殖器の動きを観察することはできませんでした。そこで、実体顕微鏡の鏡体を上下に反転させ、腹面から観察しました(図4)。その結果、3)雄はペニスと第9腹肢(第9腹節の腹肢)で雌の産卵管を把握し、ペニス先端から精包が産卵管上に放出される様子がはっきりと観察されました(図5)。このような「雌雄の外部生殖器が結合され、精包が雄から雌へ直接受け渡される配偶行動」は、まさに「直接移精」といえるものです。

    図3 コジマイシノミの配偶行動(背面)。 オスは小顎鬚や前肢を用いてメス胸部を把握した後、腹端をメスの腹端に密着させる。
    図3 コジマイシノミの配偶行動(背面)。 オスは小顎鬚や前肢を用いてメス胸部を把握した後、腹端をメスの腹端に密着させる。

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    図4 倒立実体顕微鏡システム。 顕微鏡の鏡体を上下反転させ(左)、塩ビ管、段ボール、アクリル板で作製したステージに置いたコジマイシノミの配偶行動を腹面から観察(右)。
    図4 倒立実体顕微鏡システム。 顕微鏡の鏡体を上下反転させ(左)、塩ビ管、段ボール、アクリル板で作製したステージに置いたコジマイシノミの配偶行動を腹面から観察(右)。
    図5 コジマイシノミの配偶行動(腹面)。 実際の配偶行動の画像(左)とそれを元にした描画(右)。 雄は先端が鈎状となったペニスと第9腹肢(第9腹節の腹肢)を用いて雌の産卵管を把握する(右図矢印)。この状態で、雄はペニスの先端より精包を産卵管の上に放出し、雌は産卵管の隙間から精包を吸い取るという「直接移精」を行う。
    図5 コジマイシノミの配偶行動(腹面)。 実際の配偶行動の画像(左)とそれを元にした描画(右)。 雄は先端が鈎状となったペニスと第9腹肢(第9腹節の腹肢)を用いて雌の産卵管を把握する(右図矢印)。この状態で、雄はペニスの先端より精包を産卵管の上に放出し、雌は産卵管の隙間から精包を吸い取るという「直接移精」を行う。

    本研究で明らかになったコジマイシノミの配偶様式は、無翅昆虫類で初となる「直接移精」の確認です。この研究成果は、昆虫類の配偶行動の進化における、間接移精から雌雄の外部生殖器がキー・ロックのようにしっかりと結合する直接移精、すなわち「交尾」の獲得に至るミッシングリンクの解明に大きく貢献するものです。

    コジマイシノミが生息する岩礁海岸は、常に波しぶきにさらされるような過酷な環境であり、このような場所で間接的に精包を受け渡すのは困難と考えられます。このような環境に進出したイシノミ類の祖先は、安全かつ効率的に精包を受け渡すためのさまざまな試行錯誤を行ったはずであり、今回明らかとなったコジマイシノミの配偶行動は、そのようなトライ・アンド・エラーの末に獲得されたものと考えられます。

    有翅昆虫類の祖先が「交尾」を獲得する過程にも同様の試行錯誤があったとすれば、昆虫類の配偶行動は、1)無翅昆虫類における初原状態としての間接移精から、2)コジマイシノミのような過渡的な直接移精の段階を経て、3)有翅昆虫類における直接移精、すなわち確実な外部生殖器の結合による「交尾」が獲得されたとの進化シナリオが導かれるのです。

    【今後の展開】

    昆虫類の「交尾」の進化に関する議論をさらに進展させるためには、特殊な外部生殖器をもつ海外のイシノミ類や、有翅昆虫類の姉妹群である無翅昆虫類、つまりシミ目の配偶行動の解析が不可欠です。今後、これらの種群を対象とした詳細な検討を行いたいと考えています。

    【研究助成金】

    本研究は、科研費 [武藤将道:特別研究員奨励費(JP20J00039);町田龍一郎:基盤研究 C(19K06821)]の支援のもと実施されました。

    【掲載論文】

    題名: Mating behavior of the jumping bristletail Petrobiellus akkesiensis (Archaeognatha: Machilidae: Petrobiellinae): Direct spermatophore transfer via genital coupling
     (コジマイシノミPetrobiellus akkesiensis(イシノミ目:イシノミ科:ヤマトイシノミモドキ亜科)の配偶行動:交尾器の結合による直接的な精包の輸送)
    著者: Shodo MTOW, Ryuichiro MACHIDA
    掲載誌: Arthropod Systematics & Phylogeny 83: 737–756
    掲載日: 2025 年 12 月 10日
    DOI : https://doi.org/10.3897/asp.83.e159694

    【研究者のコメント】

    イシノミ類は、世間一般はもちろん、昆虫研究者や愛好家からもほとんど顧みられることがない地味な昆虫です。しかし、昆虫類を深く知るうえで重要なヒントを秘める、畏怖すべき生き字引でもあります。気難しい一面(採集、飼育や種同定が難しい)もある一方、今回のような僥倖にめぐり合うこともあります。これからもイシノミ類の生きざまに関心を持ち、彼らが、そして昆虫たちが辿ってきた進化の道筋を解き明かしていきたいと思います。(武藤)

    数億年前、水域から上陸してきた昆虫類は、同時期に陸上に進出した植物である藻類などを餌としていたと考えられています。驚くべきことに、非常に原始的な昆虫であるイシノミ類は、現在に至るまで藻類を主食としています!今回、イシノミ類で初原的な直接移精が確認されたということは、陸上での生息域拡大に必須であった直接移精へのイノベーションを考えるとき、ゾクっとするほどのインパクトのある発見です。(町田)

    【お問い合わせ先】

    名城大学 農学部 助教 
    武藤 将道(むとう しょうどう)
    TEL: 052-838-2455
    E-mail: mtow@meijo-u.ac.jp

    筑波大学 山岳科学センター菅平高原実験所 客員研究員(研究当時) 
    町田 龍一郎(まちだ りゅういちろう)
    E-mail: ryuichiro.machida.qp@alumni.tsukuba.ac.jp

    【取材・報道に関すること】

    名城大学渉外部広報課
    TEL: 052-838-2006
    E-mail: koho@ccml.meijo-u.ac.jp

    筑波大学広報局
    TEL: 029-853-2040
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