電磁石を用いた簡易的な方法で円偏光の回転方向の高速切替に成功 円偏光発光の高性能化の新たな道筋を開拓

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科教授 今井喜胤(よしたね)、日本分光株式会社(東京都八王子市)鈴木仁子らの研究グループは、近年注目の半導体材料であるペロブスカイト量子ドット※1 を用いて、外部から磁力を加えることでらせん状に回転しながら振動する円偏光を発生させたうえで、電磁石を用いて磁力の方向を連続的に切り替えることで、円偏光の回転方向を高速、連続的かつ可逆的に切り替えることに成功しました。
本研究成果によって、単一の円偏光発光体から右円偏光・左円偏光を高速で自在に取り出し、より高性能化することが可能となります。将来的には、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化や、3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コスト削減などに繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)5月31日(土)に、材料化学分野の国際的な学術誌である"Molecules(モレキュルーズ)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●電磁石を用いることで、円偏光の回転方向を高速、連続的かつ可逆的に切り替えることに成功
●ペロブスカイト量子ドットを用い、外部から弱い磁力を加えた場合でも円偏光の発生に成功
●高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化や、フルカラー3D表示用有機ELディスプレイの低コスト製造への応用が期待される研究成果
【本件の背景】
特定の方向に振動する光を「偏光」といい、その中でも、らせん状に回転しているものを「円偏光」といいます。円偏光を発する発光デバイス(円偏光を発する有機発光ダイオード)は、3D表示用有機ELディスプレイなどに使用される新技術として注目されています。
これまで、円偏光の右回転、左回転のいずれかを取り出す際には、鏡面対称(左手と右手のような鏡像関係)の構造をもつ光学活性※2 な発光体を用いるか、単一の光学活性な発光体を用いて周囲の溶媒の種類や温度を変える手法が用いられていました。しかし、こうした既存の方法では、高速、連続的かつ可逆的な円偏光の回転方向制御ができないという課題がありました。
また、近年発光デバイスの次世代材料として、ペロブスカイト量子ドットが注目されています。ペロブスカイト量子ドットとは、ナノメートルサイズの半導体材料で、サイズによって発光色を変化させることが可能です。テレビやセンサー、医療分野などさまざまな場面で活用されており、その貢献度から量子ドットの発見に関する研究に対して、令和5年(2023年)のノーベル化学賞が授与されました。
近畿大学理工学部では、これまでの研究によって、光学不活性※3 な分子を用いた場合でも、磁力を加えることにより、円偏光を発生させる新しい手法を開発しています。今回、単一の発光体を用いたシステムにおける円偏光制御技術の高度化をめざし、先行研究と比較して1/10以下の磁場強度でも円偏光の回転方向を高速、連続的かつ可逆的に切り替えることを目的に研究に取り組みました。
【本件の内容】
ペロブスカイト量子ドットは、室温で高い発光効率を示すことから、発光ダイオード用発光材料や太陽電池の材料として近年盛んに研究されています。研究グループでは先行研究で、アキラル(光学不活性)なペロブスカイト量子ドットに対し、外部から磁力を加えることによって円偏光を発生させることに成功しています。本研究では、電流の向きを変えることで磁力の方向を制御することができるようになったうえ、先行研究と比較して1/10以下の弱い磁場強度の電磁石を用いて、単一の発光体から円偏光を取り出すことが可能となり、その回転方向を、高速、連続的かつ可逆的に切り替えることに成功しました。
本研究成果は、将来的に、円偏光発光ダイオードの高度化など、新しい応用技術の開発に繋がることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌 :Molecules(インパクトファクター:4.2@2023)
論文名 :Magnetically Induced Switching of Circularly Polarized
Luminescence using Electromagnets
(電磁石を用いた円偏光発光の磁気誘起スイッチング)
著者 :今井喜胤1,2*、福地滉太1、柳橋良彦2、鈴木仁子3 *責任著者
所属 :1 近畿大学理工学部応用化学科、2 近畿大学大学院総合理工学研究科、
3 日本分光株式会社
DOI :10.3390/molecules30112426
論文掲載:https://www.mdpi.com/1420-3049/30/11/2426
【本件の詳細】
研究グループは、高い発光効率を示すことが知られている2種類のアキラル(光学不活性)なペロブスカイト量子ドットCH5N2PbBr3およびCsPbBr3について、外部から158mTあるいは198mTの磁力を加え、円偏光の発生を検討しました。
ペロブスカイト量子ドットにトルエンの溶液中で外部から158mTあるいは198mTの磁力を加えて光を発生させたところ、アキラルであるにもかかわらず480nmから580nmの範囲で円偏光の発生に成功しました。さらに電磁石を用いて、コイルに加える電流の向きを変えることで磁力の方向を制御し、単一の発光体からの円偏光の回転方向を、高速、連続的かつ可逆的に切り替えることに成功しました。
本研究は、単一のアキラルな発光体からの右回転の円偏光、左回転の円偏光を、高速、連続的かつ可逆的に切り替えることに成功したという点で優れています。
【研究者のコメント】
今井喜胤(いまいよしたね)
所属 :近畿大学理工学部応用化学科
近畿大学大学院総合理工学研究科
職位 :教授
学位 :博士(工学)
コメント:従来の円偏光の回転方向制御とは一線を画す、高速かつ可逆的な回転方向の制御に成功しました。この革新的な技術は、デバイスのさらなる高機能化への道を大きく切り開くと期待されます。
【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B)(課題番号 JP23H02040)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究代表者:赤木和夫)によって実施されました。
【用語解説】
※1 ペロブスカイト量子ドット:ペロブスカイト構造CsPbX3(Xは、Cl、Br、Iのいずれか)を有する10nm程度のナノ結晶材料。ハロゲンアニオン(X)やその組み合わせ、量子ドットサイズを変えることで発光波長を制御できるため、ディスプレイや照明への応用が期待されている。
※2 光学活性:物質が直線偏光の偏光面を回転させる性質(旋光性)があるとき、この物質は光学活性であるという。
※3 光学不活性:光学活性に対して、偏光面を回転させる性質がないとき光学不活性という。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 今井喜胤(イマイヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html