
昨年度3年連続で入館者数最多を更新し、年間250万人以上が訪れる広島市の広島平和記念資料館。建物がある平和記念公園にも世界中から多くの人が訪れている。その賑わいから外れ、公園の一角に静かに立っているのが、盛り土の上に石造りの塔が立っている原爆供養塔。呉市にある白蓮寺の住職・吉川信晴さんは、およそ7万人という広島で最も多くの原爆犠牲者の遺骨が眠るこの場所で、60年以上に渡り毎月6日に供養を続けてきた。
1945年8月6日、広島に落とされた原子爆弾。被爆から2か月後に吉川住職の父が月命日の供養を始め、爆心地に近く多くの遺体が運ばれた臨時の火葬場に建立されたのが原爆供養塔だった(※1955年に老朽化により現在の形に建て替え)。1956年、父の死をきっかけに毎月6日の供養を受け継いだ吉川住職。多いときにはおよそ30人が参列していたが、その後減少し、ただ一人で読経を続ける日も。それでも雨の日も雪の日も、身元が分からない、また引き取り手のいない人々を弔うため、欠かさず原爆供養塔に通い続けた。
「本当は8月6日だけの話ではない」“原爆の日”である8月6日以外も絶やさなかった平和への祈り。2024年9月、吉川住職は87歳で急逝した。突然の別れにも、6日はやってくる。一人の僧侶の人生、そして80年以上続く“祈りの物語”を通して、次世代への継承について考える。
■番組タイトル:報道特別番組「6日を遺す ~原爆供養塔 祈りの継承~」
■放送日時:8月6日(木)9:50~10:45 広島地区




















