どこにでも貼り付けられる機能性酸化物薄膜 ―万能成長基板を用...

どこにでも貼り付けられる機能性酸化物薄膜  ―万能成長基板を用いた新たな薄膜成長と素子応用展開―

 大阪大学 産業科学研究所の玄地 真悟さん(基礎工学研究科博士後期課程、日本学術振興会特別研究員DC1)、大坂 藍特任助教(常勤)、服部 梓准教授、田中 秀和教授らの研究グループは、2次元シート状の六方晶窒化ホウ素(hBN)上でFe3O4(マグネタイト)薄膜を成長させ、特性を維持したまま様々な材料上に貼り付けられるFe3O4薄膜(貼り付け可能素子)を世界で初めて実現しました。


 スイッチ素子等に使われる機能性材料の特性をウェアラブル素子やフレキシブル素子へ応用展開するために、貼り付け可能素子に対するニーズが近年高まっています。なかでも、Fe3O4は薄膜成長を行うことで、相転移に由来する電気的・磁気的性質の大幅な変化を利用したスイッチ素子への応用が可能なことから近年注目されています。しかし、優れた特性を示す高品質なFe3O4薄膜は格子整合性が良く、かつ硬い基板上での作製が主流であったため、薄膜成長が可能な基板は限定されてきました。

 この問題の解決に私たちは、あらゆる材料上に自由に貼り付けられる2次元シート材料であるhBNに着目し、hBNシート上でのFe3O4薄膜の作製を実現しました。作製したFe3O4薄膜は基板であるhBNとの格子不整合に関係なく高品質に成長し、相転移による明らかな電気抵抗変化を示すことを発見しました。さらにFe3O4の特性を損なわずにFe3O4薄膜が成長したhBNシートを別の基板へ貼り付けることにも成功しました(図(1))。これらの結果は、hBN特有の弱い結合作用によりhBN上では格子不整合に関係なく薄膜成長が可能であることを示し、hBNが様々な結晶構造を持つ薄膜を成長させられる万能成長基板としての機能を実証するものです。さらに、hBNシートの持つ柔軟で貼り付け可能な性質から、成長の場が硬い固体基板上に限定されていたFe3O4に限らず従来の薄膜成長の枠の中では実現が難しかった様々な機能性酸化物の貼り付けを可能とし、ウェアラブル素子やフレキシブル素子等の実現を期待させます。

 本研究成果は、米国科学誌「ACS Applied Electronic Materials」に、11月12日(金)23時(日本時間)に公開されました。


図1


図1 hBN上のFe3O4薄膜の剥離と貼り付けの模式図。


【研究成果のポイント】

◆ 高品質なFe3O4薄膜を六方晶窒化ホウ素(hBN)の上で成長させることに成功。

◆ 薄膜との格子不整合に無関係に薄膜成長できる万能成長基板としてのhBNの機能を実証。

◆ どこにでも貼り付けられる特性を活かし、フレキシブル素子等への応用が期待。



● 研究の背景

 Fe3O4はマグネタイトとも呼ばれる磁石で機能性酸化物の一種です。Fe3O4は-160℃近くで電気抵抗や磁化率※1といった電気・磁気的な特性が大幅に変化します。これは、Fe3O4がフェルベー(Verway)転移と呼ばれる相転移を示すためです。このFe3O4の性質を利用して、スイッチ素子等へ応用する研究がエレクトロニクスやスピントロニクス※2の分野で近年注目を集めています。今までは、格子整合性の良い酸化マグネシウム等の硬い基板上での薄膜成長が一般的でした。そのため薄膜成長に利用可能な基板は限定的なだけでなく、薄膜自体を基板から剥がし、さらに様々な場所に貼り付けることも困難でした。そこで、私たちの研究グループは様々な場所に貼り付けが可能な2次元層状物質と呼ばれる材料群に着目しました。特に薄膜を作製する工程では基板を高温にする必要があり、化学的安定性に優れるhBNを基板として選定し、hBN上にFe3O4薄膜を作製しました。



● 本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究では、図(2)に示すようにhBNシート上にFe3O4薄膜を成長させ、きれいに原子が並んだ結晶性の高いFe3O4薄膜の成長が実現しました(図(3))。さらに、hBNシート上のFe3O4薄膜は優れた相転移特性を示し、その特性は薄膜を別の場所へと貼り付けた後も劣化しないことを発見しました(図(4))。このようにhBNシート上では格子不整合を無視して薄膜が成長し、かつ高品質な薄膜が得られたことで、機能性酸化物の自由自在な薄膜成長の促進が期待できます。さらに、Fe3O4薄膜のみならずこれまで実現が難しかった機能性酸化物薄膜を用いた貼り付け可能な素子の作製が可能になり、hBNシートと組み合わせることで機能性酸化物の応用可能性を大きく広げることができます。


図2


図2 SiO2基板上に貼り付けたhBN上のFe3O4薄膜の光学顕微鏡像。


図3


図3 電子顕微鏡で観察したFe3O4とhBNの断面構造。


図4


図4 貼り付け前後のhBN上のFe3O4薄膜の電気伝導特性。



● 特記事項

 本研究成果は、2021年11月12日(金)23時(日本時間)に米国科学誌「ACS Applied Electronic Materials」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Prominent Verway Transition of Fe3O4 Thin Films Grown on Transferable Hexagonal Boron Nitride”

著者名 :Shingo Genchi, Ai I. Osaka, Azusa N. Hattori, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi, Hidekazu Tanaka


 なお、本研究は、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の渡邊 賢司主席研究員と谷口 尚フェロー・国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)拠点長の協力のもと行われました。また、本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(Grant Numbers 20J21010、20K15116)、東電記念財団、三菱財団、マツダ財団、日本板硝子材料工学助成会の助成を受けて行われました。



● 用語説明

※1 磁化率・・・物質に磁場をかけた時に磁石になりやすい度合いを表す値で、物質ごとに決まっている。

※2 スピントロニクス・・・電子が持つ「スピン」と呼ばれる磁気的性質を利用して、素子応用を行う研究分野。次世代のエレクトロニクスとして近年盛んに研究されている。



● 参考URL

https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/bis/

(大阪大学 産業科学研究所 ナノ機能材料デバイス研究分野 田中研究室)


https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/tdn/

(大阪大学 産業科学研究所 3次元ナノ構造科学研究分野 服部研究室)



● 発表者のコメント(玄地 真悟さん)

 Fe3O4薄膜を用いた貼り付け可能素子は、従来の「薄膜の成長基板は普通硬いもの」という概念を捨て、層状物質を薄膜の成長基板として利用する発想から生まれました。今後も層状物質と酸化物材料の融合を促進し、薄膜成長を開拓していきたいと思います。



● プレスリリース内容に関する問い合わせ先

大阪大学 産業科学研究所 教授 田中 秀和(たなか ひでかず)

TEL  : 06-6879-4280

FAX  : 06-6879-4283

E-mail: h-tanaka@sanken.osaka-u.ac.jp

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