プレスリリース
がん細胞が酸化ストレスから身を守り生存する仕組みを発見 ~防御を断ち細胞死を促進する新たながん治療標的として期待~

琉球大学大学院医学研究科 藤川由美子 助教、近畿大学薬学部 山下暁朗 教授、順天堂大学大学院医学研究科 大野茂男 特任教授らの横浜市立大学大学院医学研究科在籍時に組織した研究グループおよび理化学研究所環境資源科学研究センター 吉田稔 ユニットリーダーらの研究グループは、細胞内の活性酸素(注1)を取り除く新たな仕組みに関わる2つの酵素を明らかにしました。
細胞のストレスに応答するリン酸化酵素(注2)として知られるSMG1(注3)およびDNA-PK(注4)が、酸化ストレス(注5)から細胞を守る転写因子(注6)として知られるNRF2(注7)を直接リン酸化し、細胞内の活性酸素を取り除くことを突き止めました(SMG1/DNA-PK―NRF2経路)。さらに、SMG1またはDNA-PKを阻害すると、がん細胞における細胞内の活性酸素が過剰に蓄積し、主にフェロトーシス(注8)を介して、がん細胞の生存率が選択的に低下することがわかりました。これらの結果は、細胞が酸化ストレスから身を守る新たな仕組みの発見であると同時に、SMG1またはDNA-PKをターゲットとするがん治療の応用が期待されるものです。
本研究の成果はシュプリンガーネイチャー社が発行する医学・生物学分野の学術雑誌「Signal Transduction and Targeted Therapy(STTT)」オンライン版に2026年8月3日(英国時間午前10時)に掲載されました。
【発表のポイント】
◆細胞が酸化ストレスから身を守る新たな仕組みを明らかにしました(SMG1/DNA-PK―NRF2経路の発見)。
◆SMG1、DNA-PKという2つの酵素が、細胞の酸化ストレスに対する防御機構を支え、酸化ストレスに強いがん細胞の生存に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。SMG1、DNA-PKを阻害することによって、がん細胞の生存率が低下しました。
◆酸化ストレスは、老化や炎症疾患、がんの発生に関わります。また難治性のがんは酸化ストレスに抵抗して生存する能力が高いことが知られています。本研究の成果は、発生初期のがんおよび既存の治療に対して抵抗を示していたがんに対する新しい治療戦略につながると期待されます。
【発表概要】
<細胞が酸化ストレスから身を守る新たな仕組みの発見(SMG1/DNA-PK―NRF2経路)>
細胞はエネルギーを産生する過程で活性酸素を生じさせますが、活性酸素を取り除く仕組みによって、一定の量を超えないように保たれています。何らかの理由で細胞内に活性酸素が過剰に蓄積すると、酸化ストレスが生じ、正常な細胞は傷つき生存することができません。一方、がん細胞は一般的に増殖が盛んで、正常な細胞よりも活性酸素が多く生じているにもかかわらず、生存し増殖し続ける能力を有しています。細胞内の活性酸素を取り除く仕組みは多く知られていますが、この違いを説明する詳しい分子メカニズムは不明でした。
そこで、がん細胞に対して薬剤を投与することにより、細胞内の活性酸素を徐々に増加させたところ、活性酸素の蓄積が比較的低く、細胞が死滅していない状況においてSMG1およびDNA-PKが活性化していました。同時に酸化ストレスから細胞を守る転写因子として知られるNRF2が細胞内に蓄積していました。さらなる解析により、SMG1およびDNA-PKがNRF2を直接リン酸化することで細胞内に蓄積させ、酸化ストレスから細胞を守るという新たな仕組みが働いていることを明らかにしました(SMG1/DNA-PK―NRF2経路の発見)。これはSMG1およびDNA-PKが、細胞を傷つける活性酸素から細胞を守るために重要な役割を果たしていることを示唆します。活性酸素の蓄積がより過剰となると、SMG1/DNA-PK―NRF2経路の活性は弱まり、他の経路を介して細胞が死滅していくことが観察されました(図1)。

<SMG1とDNA-PKを標的としたがん治療応用への期待>
SMG1を特異的に阻害する化合物(SMG1阻害剤)を、理化学研究所 大貫哲男 ユニットリーダー(研究当時)、吉田稔 ユニットリーダー、国立研究開発法人産業技術総合研究所 新家一男 キャリアリサーチャーらの研究グループと協力し新たに同定しました。
正常細胞とがん細胞の特定の細胞株に対してSMG1阻害剤を投与すると、正常細胞は投与前と同程度に生存できましたが、がん細胞では投与前と比較し半数近くが死滅しました(図2)。詳しい解析により、がん細胞にSMG1阻害剤を添加すると、細胞内の活性酸素が増加し、酸化ストレスによって細胞自身が自ら選んで死滅する、制御された細胞死の1つであるフェロトーシスが生じていました。既存のDNA-PK阻害剤でも同様の結果が得られました(図3)。
これらの結果から、がん細胞が活性酸素の産生に抵抗して生存できる能力にSMG1/DNA-PK―NRF2経路が関与していることがわかりました。一方、がん細胞においてSMG1/DNA-PK―NRF2経路が阻害されると、活性酸素の発生と除去のバランスが崩れ、活性酸素がより過剰に蓄積し、がん細胞が主にフェロトーシスを介して選択的に死滅することもわかりました。これはSMG1/DNA-PK―NRF2経路を介した新たなフェロトーシス経路の発見であると同時に、SMG1およびDNA-PKをターゲットとしたがん治療応用を期待させるものとなります。
特にいくつかのがんにおいては、がんの発生段階において酸化ストレスの関わりが示唆されています。さらに、治療に抵抗を示す難治性のがんは、酸化ストレスに抵抗する能力が高いことが知られています。発生初期のがんおよび既存の治療に対して抵抗を示していたがんに対する新しい治療戦略としても期待されるものとなります。
本研究成果はシュプリンガーネイチャー社が発行する医学・生物学分野の学術雑誌「Signal Transduction and Targeted Therapy(STTT)」オンライン版に2026年8月3日(英国時間午前10時)に掲載されました。
<用語解説>
(注1)活性酸素:細胞が呼吸する際に生じる反応性に富んだ酸素に由来する分子群で、過剰に蓄積すると細胞が傷つき、老化や炎症疾患、がんの発生に関わると言われている。
(注2)リン酸化酵素:細胞内のタンパク質にリン酸基という目印をつける酵素で、タンパク質の構造や働きを変え、細胞内のさまざまな仕組みに関わる。
(注3)SMG1:細胞内のストレス応答に関わるリン酸化酵素で、遺伝子が働くために合成されるmRNAの品質管理に重要な因子であることが知られている。
(注4)DNA-PK:細胞内のストレス応答に関わるリン酸化酵素で、遺伝子の地図であるDNAの修復に関わる酵素として知られている。
(注5)酸化ストレス:細胞は活性酸素を取り除く仕組みによって自身を守っているが、何かしらの原因で活性酸素の発生と除去のバランスが崩れ、活性酸素が過剰に蓄積した状態のことで、細胞が傷つく原因となる。
(注6)転写因子:細胞内の遺伝子を機能させる因子でmRNAを合成させる。
(注7)NRF2:酸化ストレスから細胞を守る遺伝子のmRNAを合成する転写因子である。
(注8)フェロトーシス:酸化ストレスによって細胞の膜が酸化されて生じる過酸化脂質を引き金として、細胞膜が壊れることで細胞が死に至る現象である。生体内においてがん細胞の除去や神経変性疾患、虚血性疾患などに関わることが知られ、近年精力的に研究されている。
<論文情報>
(1)Two stress-responsive kinases suppress ferroptosis by activating antioxidant programs under mild oxidative stress
(2つのストレス応答キナーゼは、軽度の酸化ストレス下で抗酸化プログラムを活性化することでフェロトーシスを抑制する)
(2)Signal Transduction and Targeted Therapy(STTT, Springer Nature)
(3)著者:藤川由美子1,2,*、今井大達1,3、大貫哲男4、星野耕二5、Marco A. De Velasco6、松尾一彦7、黒澤瞳8、青柳杏子8、廣瀬博子8,9、中村良恵8、内山晃子8、鈴木香絵8、水口真理子1,10、高橋秀尚9、長田裕之11,12、加賀谷紀貴13、新家一男14、里深博幸15、加藤幸成15、黒柳秀人3、内海大介16、高橋健造17、中山隆志7、植村天受18、上村博司5、吉田稔4,19,20、大野茂男2,8,♰、山下暁朗1,21,♰ *筆頭著者、♰責任著者
(4)所属:1 琉球大学大学院医学研究科先進医療創成科学講座、2 順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態・治療研究センター、3 琉球大学大学院医学研究科生化学講座、4 理化学研究所環境資源科学研究センター、5 横浜市立大学附属市民総合医療センター、6 近畿大学医学部ゲノム生物学教室、7 近畿大学薬学部医療薬学科化学療法学講座、8 横浜市立大学大学院医学研究科分子細胞生物学教室(研究当時)、9 横浜市立大学大学院医学研究科分子生物学教室、10 麻布大学生命・環境科学部臨床検査技術学科免疫学研究室、11 理化学研究所環境資源科学研究センター化合物リソース開発研究ユニット、12 微生物化学研究所、13 次世代天然物化学技術研究組合、14 産業技術総合研究所、15 東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野、16 琉球大学医学部先端医学研究センター、17 琉球大学大学院医学研究科皮膚科学講座、18 近畿大学医学部泌尿器科学教室、19 理化学研究所環境資源科学研究センター創薬シーズ開拓基盤ユニット、20 東京大学特別教授室、21 近畿大学薬学部創薬科学科分子細胞生物学研究室
(5)DOI番号:10.1038/s41392-026-02892-1
(6)アブストラクトURL:https://doi.org/10.1038/s41392-026-02892-1
<研究支援>
本研究は、科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業 目標2「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」(JPMJMS2022)、日本医療研究開発機構 次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム(P-DIRECT)(15cm0106047h0005、15cm0106004h0005、15cm0106005h0005)、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP24ama121008)、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP15H04331、JP17H05671、JP17K19665、JP19K22601、JP20H03438、JP21K19413、JP24K02229、JP20K07595、JP26K10111、JP21K15015、JP24K18056、JP17H05596、JP20H04839)、第一三共株式会社TaNeDSおよび武田科学振興財団などによる支援を受けて実施しました。
【関連リンク】
薬学部 創薬科学科 教授 山下暁朗(ヤマシタアキオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/3222-yamashita-akio.html
薬学部 医療薬学科 准教授 松尾一彦(マツオカズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/788-matsuo-kazuhiko.html
薬学部 医療薬学科 教授 中山隆志(ナカヤマタカシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/756-nakayama-takashi.html