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    プレスリリース
    2025年12月19日 09:15
    新千歳空港国際アニメーション映画祭

    ロトスコープと新しいアニメ制作への挑戦 ー メイキングオブ:ひゃくえむ。 開催レポート|第12回 新千歳空港国際アニメーション映画祭

    11月21日(金)から25日(火)までの5日間、新千歳空港ターミナルビルを舞台に開催した「第12回新千歳空港国際アニメーション映画祭」。11月24日(月・祝)にはアニメ映画「ひゃくえむ。」の特別上映が行われました。この日会場には、監督の岩井澤健治氏とキャラクターデザイン・総作画監督の小嶋慶祐氏が来場。上映後にはお二人をお招きした制作の裏側に迫るトークプログラム「メイキングオブ:ひゃくえむ。」を実施しました。

    満員の会場での舞台挨拶

    『ひゃくえむ。』は、「チ。―地球の運動について―」で手塚治虫文化賞マンガ大賞を最年少で受賞するなど、数々の賞を席巻してきた作家・魚豊氏の連載デビュー作。その劇場アニメ化として大きな注目を集めています。今年のアヌシー国際アニメーション映画祭でワールドプレミア上映されたのち、北米でも劇場公開されました。
    岩井澤監督は、国内外問わず高い熱量で受け入れられていることについて「作品に対して前のめりな姿勢を見せてくれることが嬉しい」と顔を綻ばせます。

    また世界陸上のタイミングに合わせた公開ということが決まっていたという本作。制作の裏側について小嶋さんは「さまざまな奇跡が重なったおかげで作品が完成した」と明かし、その奇跡や苦労の裏側は「メイキングオブ:ひゃくえむ。」でたっぷり語られました。

    上映が終わると自然と拍手が起こり、観客の作品への深いリスペクトが感じられるひと幕となりました。

    メイキングオブ:ひゃくえむ。ー ロトスコープと新しいアニメ制作への挑戦

    トークでは、実写映像をベースにしたアニメーション技法「ロトスコープ」の特徴や制作プロセス、ワークフローの開発、さらにキャラクターデザインの工夫などが詳しく解説されました。
    聞き手は本映画祭プログラム・アドバイザーの田中大裕氏です。

    岩井澤監督は自主制作長編作品『音楽』に続き、商業作品として『ひゃくえむ。』の制作を決意。『音楽』をきっかけに出会った小嶋さんに初期段階から多くを相談していたといいます。
    「小嶋さんは『ひゃくえむ。』のキャラクターデザインに合うと思った」と語る岩井澤監督に対し、小嶋さんは「めちゃくちゃ自信があったわけではないが、これまでの経験から力になれることがあると感じていた」と振り返ります。結果として、小嶋氏はキャラクターデザインや作画監督にとどまらず多岐にわたる役割を担当。「クレジットを作ると小嶋さんの名前だらけになる(笑)」と岩井澤監督が語るほどでした。

    「属人性のない作り方」への挑戦

    『ひゃくえむ。』は、実写で撮影した映像を基にアニメーションを制作するロトスコープ手法で作られています。岩井澤監督は「自分にはその方法でしかアニメを作れない」と語り、既存の商業アニメ制作会社では実現が難しい制作体制を築くために、新たな制作会社「ロックンロール・マウンテン」を設立した経緯を紹介しました。
    小嶋さんは、ペイントアプリ「CLIP STUDIO」を用いた制作に可能性を感じ、「通常のスタジオでは試せない方法を実践できる環境に魅力を感じた」と語ります。また、ロトスコープによる“属人性のない作り方”を試す絶好の機会だと捉え、このプロジェクトへの参加を決めたことも明かしました。

    ロトスコープと相性の良い新しいワークフローを模索

    前例の少ない制作にあたり、岩井澤監督は「自主制作の手法を取り入れつつ、小嶋さんが中心となって新たなワークフローを構築していった」と語ります。小嶋氏は、ロトスコープによるシーン間の違和感を解消するため、「シーンラフ」という新たな工程を導入したことを紹介しました。実際の映像素材を交えながら、実写からアニメーションへと変換していくプロセスや、表情演出・背景処理などについて具体的に解説しました。
    このワークフローにより「修正量を最小限に抑えながら、欲しい絵を確実に得られるようになった」と一方の利点を述べる一方で、「アニメーターの自由度が減り、想像を超える絵が生まれにくくなる」と課題も指摘。制作を通じて見えてきた現場のもどかしさを率直に語りました。

    封じられた「アニメ走り」ー 陸上アニメーションの難しさ

    小嶋さんは「できればスポーツものはやりたくない」と打ち明け、陸上選手の走りをアニメーションで表現する難しさを語りました。実際の陸上選手と俳優の走り方の違いを観察し、腕の振りや体重移動などが「プロっぽく見えない走り」にならないよう工夫を重ねたといいます。
    また、アニメーション特有の表現技法として知られる「アニメ走り」がロトスコープでは使えない点について、「アニメの得意なことを封じられているように感じた」と話し、いかに効果的な”走り”を表現できるかに苦心したことを明かしました。

    ©魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会
    ©魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会

    一方で、本作前半の“小学生編”は、ロトスコープではなく通常のアニメーション手法で制作されました。
    早い段階から絵コンテを商業アニメーションの制作スタイルで準備していた岩井澤監督は「自分のやり方でしかできなかった」と振り返り、それに対して小嶋氏は「商業的な“うまいやり方”を加えたくなかった。岩井澤さんの純度がほぼ100%のシーンになっていると思う」と述べました。
    また、小学生編はアニメーションならではの演出を盛り込めた一方で、「(ロトスコープによる)走りのシーンがパワー負けしてしまうのではと焦っていた」と語り、アニメーターとしての葛藤も垣間見せました。

    “前のめり”な観客。次々と質問に手が上がる珍しい光景

    質疑応答の時間になると、会場から次々と手が上がり、普段はなかなか見られないほどの盛り上がりを見せました。まさに、舞台挨拶で岩井澤監督が語っていた“作品に対して前のめりな観客”そのものの光景です。
    質問は技術的な内容にとどまらず、原作に登場しないキャラクターデザインや設定、さらには劇中の「アスリート飯」に関するものまで、作品愛にあふれたものばかりでした。
    最後に小嶋氏は、現在も上映が続いていることへの感謝を述べ、「10億円を目指してほしい!」と期待を語りました。岩井澤監督も観客への感謝を伝え、「12月以降も上映を続けたい」と意欲を見せます。
    多くの立ち見客が出るほどの盛況ぶりで、今年屈指の熱気に包まれたトークイベントとなりました。

    新千歳空港国際アニメーション映画祭

    国内外の話題作など招待作品の上映はもちろん、多様な未来につながるアニメーションの体験を提供する70以上のプログラムを展開。ゲストと観客が密接に交流できる独自の場を活かし、アニメーションの意義を拡張するような新しい価値を生み出す「遊び場」として、エネルギーを持ち帰ることができる文化交流拠点の創造を目指しています。
    「第12回 新千歳空港国際アニメーション映画祭」
    開催日時:2025年11月21日(金)〜25日(火) 5日間
    場所:新千歳空港ターミナルビル(新千歳空港シアターほか)