プレスリリース
雑草ダイコンに由来する自然変異が、接ぎ木相手の開花を後押し ~「GRAFT法」用台木の開発で新品種育成の加速に期待~

【発表のポイント】
●接ぎ木相手を開花させる能力が高いダイコン系統から、花成ホルモンの供給力を高める2つの自然変異を特定しました。
●接ぎ木実験により、これらの変異が台木の開花誘導能力を実際に高めることを確認しました。また、両変異は雑草ダイコンに由来することを明らかにしました。
●本研究成果は、花成ホルモンを利用して接ぎ木した植物の開花を早める「GRAFT法」の台木開発につながり、アブラナ科作物における新品種育成の加速に貢献すると期待されます。
岡山大学大学院環境生命自然科学研究科(農)の元木航助教、京都大学大学院農学研究科の木下有羽助教、東邦大学理学部の鹿島誠講師、近畿大学農学部の細川宗孝教授らの共同研究グループは、ダイコンにおいて花成ホルモン(フロリゲン)※1 の供給力を大幅に高め、接ぎ木した植物を開花させる能力を向上させる2つの自然変異を発見しました。
これらの研究成果は9月28日、国際植物科学誌「Plant and Cell Physiology」にResearch Articleとして掲載されます。
元木助教らの研究グループは、キャベツやブロッコリーなどのアブラナ科作物の交配育種を早めるため、接ぎ木による花成ホルモンの供給により植物の開花を早める「GRAFT法」※2 を開発してきました。花成ホルモンの供給力が高いダイコン系統を台木に選ぶことが技術開発の鍵となっていましたが、供給力の違いを生む遺伝的要因は不明でした。本研究では、花成ホルモンをつくるFT遺伝子の発現にブレーキをかけるFLC遺伝子の2つの相同遺伝子に生じた機能欠損型の自然変異が、花成ホルモンの供給力と台木の開花誘導能力を高めることを明らかにしました。さらに、これらの変異は雑草ダイコンに由来することを明らかにしました。
本研究成果により、花成ホルモンの供給力が高い「GRAFT法」用の台木を効率的に開発することが可能となり、アブラナ科作物における新品種育成の早期化に貢献することが期待されます。
【研究者からのひとこと】
接ぎ木相手の花を咲かせる能力が、雑草ダイコン由来の自然変異によって高まっていたことに驚きました。研究を通して、植物の個性を思いがけない形で農業技術につなげられたことをうれしく思います。本成果は、貴重な植物遺伝資源を保存・公開する機関の継続的な取り組みに支えられたものであり、こうした研究基盤を築いてくださる方々にも感謝しています。
【発表内容】
<現状>
新品種育成では、優れた個体を選び、開花させて交配し、種子を得るというサイクルを何世代も繰り返します。キャベツやブロッコリーなど一部のアブラナ科作物は開花までに長い時間を要するため、開花を早めることが育種期間を短縮する上での重要な課題です。
植物の葉でつくられるFLOWERING LOCUS T(FT)タンパク質は、葉から茎の先端の成長点へと移動して開花を促す花成ホルモン(フロリゲン)です。接ぎ木をすると、台木でつくられたFTタンパク質が接ぎ木相手へ移動し、その開花を促すことがあります。
本研究グループは、この仕組みをアブラナ科作物に応用し、花成ホルモンを多く供給できる特定のダイコンを台木として、キャベツなどの開花を早める「GRAFT法」を開発してきました。しかし、自身が早期に開花するダイコンでも、花成ホルモンの供給力と開花誘導能力は系統によって異なり、その違いを生む遺伝的要因は不明でした。
<研究成果の内容>
本研究では、接ぎ木したキャベツを開花させる能力が異なる2系統のダイコンを比較しました。一般的なダイコンは花を咲かせるために寒さに当たることを必要としますが、これら2系統のダイコンは、いずれも寒さを経験しなくても開花する早咲きの性質をもっています。しかし、CH-IL1を台木にするとキャベツが開花しますが、G2-IL1では開花が起こりません(図1:'早太り聖護院'は開花に寒さを必要とする対照品種)。CH-IL1の葉では、花成ホルモンをつくるRsFTa遺伝子の発現量がG2-IL1の約80倍に達していました。そこで、この大きな差を生む遺伝的要因を調べました。
両系統の交雑集団をdpMIG-seq法※3(Nishimura et al. 2024)を用いて遺伝解析し、RsFTa遺伝子の発現量に関係する2つの染色体領域を特定しました。さらに、Lasy-Seq法※4(Kamitani et al. 2019; Kashima et al. 2021)、全ゲノムリシーケンス解析、ロングリードシーケンス解析※5 を組み合わせ、候補遺伝子をRsFLC1とRsFLC3に絞り込みました。FLC(FLOWERING LOCUS C)遺伝子はFT遺伝子の発現にブレーキをかけ、開花を抑える働きをもちます。CH-IL1のRsFLC1には約1万塩基対の逆向き反復構造が、RsFLC3には正常なタンパク質をつくれなくなる変異があり、いずれも正常な転写産物が確認されなかったため、これらの変異を機能欠損型の自然変異rsflc1CH、rsflc3CHと名付けました。rsflc1CHとrsflc3CHの変異の組み合わせが異なるダイコンを台木としてキャベツを接ぎ木した結果、rsflc1CHおよびrsflc3CHの両方が開花誘導能力を向上させることが確認され、rsflc1CHの方がより強い効果をもつことが明らかになりました。また、別のFLC相同遺伝子であるRsFLC2は、両系統で機能が低下している可能性が示されました。
以上から、開花誘導能力の高いCH-IL1では、RsFLC2の機能低下に加えて、RsFLC1およびRsFLC3の機能欠損変異が集積したことで、FLC遺伝子によるRsFTa発現の抑制が大幅に弱まり、接ぎ木したキャベツを咲かせるのに必要な量の花成ホルモンを供給できるようになったと考えられました。
CH-IL1は、市販のサヤダイコン※6 品種から、開花誘導能力が高い個体を選抜して育成した系統です。元品種ではrsflc1CHとrsflc3CHはいずれも固定されておらず、CH-IL1の育成過程で選抜・固定されたと考えられます。遺伝資源を調査したところ、rsflc1CHとrsflc3CHは主に雑草ダイコンで確認され、両変異は雑草ダイコンに由来すると考えられました。雑草ダイコンが生息する、耕起や除草によって環境が頻繁に変化する場所では、早く開花して次世代を残す性質が有利となるため、これらの変異が維持されてきた可能性があります。
<社会的な意義・今後の展開>
本研究では、FLC遺伝子の自然変異を利用することにより、FT遺伝子を過剰に発現させた遺伝子組換え植物等を用いることなく、接ぎ木相手の開花に必要な量の花成ホルモンを供給できることを示しました。アブラナ科作物のGRAFT法はすでに複数の種苗会社で導入され始めていますが、本成果による台木の改良を通じて、新品種育成をさらに加速できると期待されます。
今回発見したFLC遺伝子の変異は、花成ホルモンの供給力を高める自然変異の一例です。FLC以外にも有用な自然変異があるのか、ダイコンと他の植物種を台木にしたときになぜ開花誘導能力が異なるのかなど、まだ多くの謎が残されています。今後は、これらの解明を進め、他の作物におけるGRAFT法の開発につながる知見の獲得を目指します。
【論文情報等】
論文名:Disrupted FLOWERING LOCUS C alleles from weedy radish enhance the florigenic
potential of rootstocks for graft-mediated floral induction in Brassicaceae
掲載誌:Plant and Cell Physiology
著者 :Ko Motoki, Saki Kobayashi, Kazusa Nishimura, Yu Kinoshita, Makoto Kashima,
Koichiro Ushijima, Tanjuro Goto, Ken-ichiro Yasuba, Munetaka Hosokawa
DOI :10.1093/pcp/pcag119
URL :https://doi.org/10.1093/pcp/pcag119
【研究資金・謝辞】
本研究は独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費」(JP20K15518、JP23K13943)の支援を受けて実施しました。
本研究で使用したダイコン種子の一部は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の農業生物資源ジーンバンク事業、および東北大学大学院農学研究科植物遺伝育種学研究室が運営するTohoku Univ. Brassica Seed Bankから提供を受けました。
【関連出願特許】
名称 :FT遺伝子又はそのホモログを高発現するアブラナ科植物のスクリーニング方法、
及びそれに用いられる遺伝子マーカー、並びに得られたアブラナ科植物の利用
出願番号:特願2025-151145
出願日 :2025年9月11日
出願人 :国立大学法人岡山大学、学校法人近畿大学
【補足・用語説明】
※1 花成ホルモン(フロリゲン):植物の葉でつくられ、茎の先端に存在する茎頂分裂組織へと移動して花芽の形成を促す物質です。FTタンパク質がその主要な働きを担います。
※2 GRAFT法:花成ホルモンを多く供給できる近縁植物を台木として、接ぎ木した植物の開花を促す技術を、本研究グループは「GRAFT法(Grafting onto Relatives capable of Abundant Florigen Transmission)」と呼んでいます。
※3 dpMIG-seq法:多数の個体について、ゲノム全体に分布するDNA配列の違いを効率よく検出する手法の一つです。
※4 Lasy-Seq法:多数の試料について、遺伝子発現量を網羅的かつ低コストで測定するRNA解析法の一つです。
※5 ロングリードシーケンス解析:長いDNAやRNA分子の塩基配列を連続して読み取る解析技術です。本研究では、Oxford Nanopore Technologiesの技術を用いて、DNAと転写産物の構造変化を明らかにしました。
※6 サヤダイコン:肥大した根ではなく、主に若いさや(果実)を食用とするダイコンです。
【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 教授 細川宗孝(ホソカワムネタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2167-hosokawa-munetaka.html