プレスリリース
世界初!野生スナメリの子どもと非親個体の並行遊泳を確認 スナメリは従来説より高い社会性をもつ可能性を示唆

近畿大学農学部(奈良県奈良市)水産学科4年 野呂苑衣子(執筆当時)、同准教授 酒井麻衣、三重大学大学院生物資源学研究科(三重県津市)助教 八木原風、同博士後期課程3年 寺田知功(研究当時)、同博士後期課程2年 村山夏紀、同大学鯨類研究センター技術補佐員 神田育子、の研究グループは、ハクジラ類※1 の一種であるスナメリ※2 を三重県津市町屋海岸にてドローンで撮影し、野生スナメリの子どもと成体が並んで遊泳する行動を観察しました。その結果、子どもと交代で並泳する成体の存在を確認し、野生のスナメリにおいて初めて、子どもと親でない成体(非親個体)の社会行動を明らかにしました。本研究成果から、スナメリはこれまで考えられていたよりも、高い社会性をもつ可能性が示唆されました。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)10月21日(火)に、日本哺乳類学会が発行する哺乳類の生物学に関する学術誌"Mammal Study(マンマル スタディ)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●三重県津市町屋海岸において、スナメリの子どもが非親個体と並んで泳ぐ行動を野生下で初めて確認
●子どもと成体の間には、並んで泳ぐ行動や、体を擦り合わせる社会的接触※3 が認められた
●本研究成果は、スナメリが従来考えられていたよりも高い社会性をもつ可能性を示唆
【本件の背景】
スナメリは、最大体長が約2mの小さなクジラで、東アジア沿岸や大きな河川に生息しています。日本では、骨格や遺伝情報、繁殖期の違いなどで5つの群(仙台湾~東京湾、伊勢湾~三河湾、瀬戸内海~玄界灘、大村湾、有明海~橘湾、それぞれに生息する群)に分類されています。スナメリは、大きな群れをつくらず単独で行動すると考えられていますが、背ビレがなく個体の識別が難しいことから、野生のスナメリの社会性に関する研究はあまり進んでいません。飼育環境や半自然環境下で、母子や成体の雌雄のペアで行動する事例は報告されていますが、野生での社会行動はまだわかっていません。
スナメリも属するハクジラ類の一部の種では、成体が自分の子どもではない幼い個体と同伴すること(アロマターナル行動※4)が知られています。この行動は多くの哺乳類や鳥類で報告されており、子どもを保護しつつ母親の採餌などの時間を増やすことや、若いメス個体の子育ての練習、子どもへの虐待などが目的ではないかという仮説がありますが、詳細は明らかになっていません。スナメリもほかのハクジラ類と同様にアロマターナル行動をとっている可能性がありますが、これまでそのような報告はありませんでした。
【本件の内容】
研究グループは、三重県津市町屋海岸において、スナメリの子ども(新生仔)が成体と並んで泳ぐ行動をドローンを用いて観察しました。観察対象は、成体との体長比から生後6カ月未満と推定された新生仔のべ19個体で、そのうち新生仔4個体において成体が交代しながら並泳する事例が記録されました。新生仔4個体はそれぞれ2個体の成体と並んで泳ぐ、アロマターナル行動が確認されました。また、成体と新生仔の間で背中や体幹を擦り合わせる社会的接触や授乳が確認され、全ての事例において敵対的な行動は観察されませんでした。さらに、全ての事例で新生仔が成体に対して接近し並んで泳ぐことを求めていた一方で、成体はそれを拒否することはありませんでした。これらの社会行動は、成体による世話、または新生仔が成体を利用し、成体がそれを許容または無関心でいる状態、あるいは成体による虐待(たとえば誘拐)である可能性が考えられます。また、スナメリの新生仔は他のハクジラ類の新生仔と比べて単独で泳ぐ時間割合が多いことから、母子の絆がやや希薄であることが考えられました。今後長期継続データの取得や観察例数の蓄積と定量的な分析による解明が期待されます。
本研究は、野生のスナメリにおいて、世界で初めて新生仔と非親個体との社会行動を報告するものです。これにより、スナメリは従来考えられていたよりも、高い社会性をもつ可能性が示唆されました。このような行動は新生仔の社会性の発達や、特に脆弱な新生仔期に母と離れている時間を補填することに寄与していると考えられます。
【論文掲載】
掲載誌:Mammal Study(インパクトファクター:0.8@2023)
論文名:
Observations of changing partners during parallel swimming behavior between neonatal and adult finless porpoises (Neophocaena asiaeorientalis) in Ise Bay, Japan
(伊勢湾におけるスナメリの新生仔と並泳するオトナの交代の観察)
著者 :野呂苑衣子1、八木原風2、神田育子2、寺田知功2,3、村山夏紀2、酒井麻衣1
所属 :1 近畿大学農学部水産学科 海棲哺乳類研究室、
2 三重大学大学院生物資源学研究科、3 東京大学大学院総合文化研究科
URL :https://doi.org/10.3106/ms2024-0055
DOI :10.3106/ms2024-0055
【研究者のコメント】
酒井麻衣(サカイマイ)
所属 :近畿大学農学部水産学科
職位 :准教授
学位 :博士(理学)
コメント:
個体識別が難しく、野生環境での行動の詳細が明らかにされてこなかったスナメリにおいて、ドローンを活用して新生仔と非親個体との社会行動を捉えた本研究は、大変貴重なものと感じています。スナメリは従来考えられていたよりも、高い社会性をもつのかもしれません。学生による粘り強い野外調査に加え、大学間の連携によって得られたこの成果が、スナメリの社会性や行動の多様性についての理解を深める一助となれば嬉しく思います。
【用語解説】
※1 ハクジラ類:口の中に歯が生えたクジラで、体が小さい種類が多い。シャチ、ハンドウイルカのほか、マッコウクジラなど約77種が属する。
※2 スナメリ:鯨偶蹄目に属し、背ビレのない小型のイルカの一種。日本を含む東アジア沿岸に生息する。
※3 社会的接触:複数の個体が体を接触させる社会行動の一つ。イルカなどハクジラ類も行う。
※4 アロマターナル行動:親ではない成体や亜成体が子どもと関わる行動。世話、許容または無関心、虐待などが含まれる。多くの哺乳類や鳥類で見られる。
【関連リンク】
農学部 水産学科 准教授 酒井麻衣 (サカイマイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1358-sakai-mai.html