報道関係者各位
    プレスリリース
    2025年11月13日 16:00
    学校法人近畿大学

    アルツハイマー病の新たな治療薬候補を発見 安全で安価な治療薬の開発に期待

    図1 アルギニンがアミロイドβの凝集を抑え、治療効果を示すことを確認
    図1 アルギニンがアミロイドβの凝集を抑え、治療効果を示すことを確認

    近畿大学医学部(大阪府堺市)内科学教室(脳神経内科部門)主任教授 永井義隆、近畿大学医学部内科学教室(脳神経内科部門)、大学院医学研究科医学系専攻博士課程4年 藤井佳奈子、近畿大学ライフサイエンス研究所准教授 武内敏秀らの研究グループは、アミノ酸の一種である「アルギニン」※1 が、アルツハイマー病の原因となるタンパク質「アミロイドβ」※2 の凝集を抑えることを明らかにしました。さらに、アルギニンの経口投与がアルツハイマー病に対して治療効果を発揮することを、複数の疾患モデル動物で確認しました。本研究成果により、アルツハイマー病の新しい治療薬候補として、アルギニンの臨床応用が期待されます。
    本件に関する論文が、令和7年(2025年)10月30日(木)に、エルゼビア社が発行する神経化学領域の国際的な学術誌"Neurochemistry International"(ニューロケミストリー インターナショナル)にオンライン掲載されました。

    *注意:アルギニンはサプリメントとして市販されていますが、本研究で使用しているものとは用法、用量が異なります。

    【本件のポイント】
    ●アルギニンが、アルツハイマー病の原因となるタンパク質「アミロイドβ」の凝集を抑えることを発見
    ●アルギニンを経口投与することで、生体内でアミロイドβの蓄積が減少し、治療効果を発揮することを複数の疾患モデル動物を用いて証明
    ●アミロイドβを標的とした、アルツハイマー病の新たな治療法開発につながる研究成果

    【本件の背景】
    アルツハイマー病は、最も代表的な認知症を引き起こす神経変性疾患です。大脳の神経細胞が徐々に変性・脱落することで物忘れや判断力の低下などが起こり、認知機能が徐々に低下します。現在、日本では600万人以上の認知症患者がいると推定されていますが、そのおよそ2/3をアルツハイマー病が占めると考えられています。高齢化に伴って年々患者数が増加しており、治療薬の開発が強く求められています。
    アルツハイマー病の原因の一つは、アミロイドβとタウ※3 というタンパク質が脳内で凝集して異常に蓄積することだと考えられています。このうち、特にアミロイドβの蓄積を抑えて病気の進行を食い止めようとする研究が進められており、なかでも、令和5年(2023年)に認可されたアミロイドβ抗体医薬※4 は、アミロイドβの蓄積を強く抑えることでアルツハイマー病に対して治療効果を発揮するとして、現在一部の患者に使用されています。しかし、抗体医薬は高価であり、現時点では治療効果が限定される一方で副作用の問題もあることから、多くの患者に使用可能な安全で安価な治療薬の開発が求められています。
    本研究グループは、以前、アミノ酸の一種であるアルギニンが、脊髄小脳変性症やハンチントン病などにおいて原因となるタンパク質の凝集を抑制し、治療効果を示すことを報告しました。そこで本研究では、アルギニンがアミロイドβの凝集も抑えることが可能なのではないかと考え、検討を行いました。

    【本件の内容】
    研究グループは、アルギニンがアミロイドβの凝集を抑え、アルツハイマー病への治療効果を発揮する可能性について検討を行いました。その結果、試験管内でアルギニンがアミロイドβの凝集を濃度依存的に抑えることを見出しました。また、アルツハイマー病のショウジョウバエモデルおよびマウスモデルに対してアルギニンを経口投与すると、アミロイドβの蓄積が顕著に減少し、治療効果が発揮されることを見出しました。
    本研究により、アルギニンがアミロイドβの凝集を抑え、アルツハイマー病に対して治療効果を発揮する可能性が示されました。今後、アルツハイマー病におけるアミロイドβを標的とした分子標的治療薬として、アルギニンの早期の臨床応用が期待されます。

    【論文掲載】
    掲載誌:Neurochemistry International(インパクトファクター:4.0@2025)
    論文名:Oral administration of arginine suppresses Aβ pathology
        in animal models of Alzheimer's disease
        (アルギニンの経口投与はアルツハイマー病モデル動物において
         Aβ病理を抑制する)
    著者 :藤井佳奈子1、武内敏秀2※、藤野雄三1、田中紀子1、藤野奈央1、
        武田明子1、皆川栄子3、永井義隆1,2※ ※共同責任著者
    所属 :1近畿大学医学部内科学教室(脳神経内科部門)、
        2近畿大学ライフサイエンス研究所、
        3国立精神・神経医療研究センター神経研究所 モデル動物開発研究部
    URL  :https://doi.org/10.1016/j.neuint.2025.106082

    【本件の詳細】
    研究グループは、これまでに、アミノ酸の一種であるアルギニンが、脊髄小脳変性症やハンチントン病を含むポリグルタミン病※5 という別の神経変性疾患の原因となる凝集性タンパク質(ポリグルタミンタンパク質)の凝集を抑え、ポリグルタミン病に対して治療効果を発揮することを報告しています。そこで、タンパク質の立体構造を安定化させる作用を持つアルギニンが、アミロイドβの凝集も抑制する可能性について検討を行いました。
    アミロイドβは試験管内で時間とともに徐々に凝集しますが、あらかじめアルギニンを加えておくと、アミロイドβの凝集量が減少することが明らかになりました。また、この効果はアルギニンの濃度が高いほど顕著であることが分かりました。このことからアルギニンは、ポリグルタミン病の原因となるポリグルタミンタンパク質だけでなく、アミロイドβに対しても凝集を抑える働きを持つことが確認されました。
    そこで、アルツハイマー病のモデル動物にアルギニンを投与し、治療効果を調べました。まず、アルツハイマー病のモデルショウジョウバエに対し、アルギニンをエサに混ぜて経口投与したところ、アミロイドβの蓄積が顕著に減少し、細胞毒性が軽減することが分かりました。次に、アルツハイマー病のモデルマウスに対し、アルギニンを飲水により経口投与したところ、脳内のアミロイドβ蓄積が減少するとともに、神経変性に伴う行動異常が改善し、過剰な神経炎症が抑制されることが分かりました(図2)。これらの実験から、アルギニンがアミロイドβの凝集を抑制し、アルツハイマー病に対して治療効果を発揮する可能性が示されました。
    研究グループはこれまでの研究で、アルギニンがポリグルタミン病に対して有効であることを確認しています。アルギニンは、日本で医薬品として承認されており、先天性尿素サイクル異常症やミトコンドリア脳筋症の患者への投与実績から、人体への高い安全性と脳移行性※6 が確認されています。本研究において、アルギニンがアミロイドβの凝集を抑え、疾患モデル動物での治療効果が示されたことから、アルツハイマー病におけるアミロイドβを標的とした安全で安価な分子標的治療薬として、早期の臨床応用が期待されます。

    図2 アルツハイマー病モデルマウスの脳切片画像、茶色の斑点がアミロイドβの蓄積を表す。 (左)コントロール群、(右)アルギニン投与群
    図2 アルツハイマー病モデルマウスの脳切片画像、茶色の斑点がアミロイドβの蓄積を表す。 (左)コントロール群、(右)アルギニン投与群

    【研究者のコメント】
    永井義隆(ナガイヨシタカ)
    所属  :近畿大学医学部内科学教室(脳神経内科部門)
    職位  :主任教授
    学位  :医学博士
    コメント:
    アルツハイマー病やポリグルタミン病だけでなく、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症などの多くの神経変性疾患において、さまざまなタンパク質の異常凝集・蓄積が原因になると考えられています。私は、このようなタンパク質の異常凝集を防ぐ化合物をスクリーニングして、アルギニンを発見しました。アルギニンは人体への安全性が高く、既に医薬品として国内で承認されており、また化学シャペロン※7として一般にタンパク質凝集を抑制する作用を持つことから、多くの神経変性疾患に広く有効な治療薬となることを期待しています。

    【研究支援】
    本研究は、JSPS科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)(20H05927)、同基盤研究(A)(24H00630)、同基盤研究(B)(21H02840、22H02792、25K02432)、JSTスーパーハイウェイ事業(SHW2023-03)の一環として行われました。

    【用語解説】
    ※1 アルギニン:アミノ酸の一種。タンパク質の構造を安定化させる作用が知られている。日本では、L-アルギニンが医薬品として承認され、人体への安全性と脳移行性が確認されている。
    ※2 アミロイドβ:アミロイド前駆体タンパク質から切断されて、細胞外に放出される40残基程度のペプチド断片。アルツハイマー病では神経細胞の外に異常に凝集・蓄積し、老人斑と呼ばれるタンパク質の塊を形成する。
    ※3 タウ:微小管と呼ばれる細胞骨格に結合する細胞内タンパク質。アルツハイマー病では過剰にリン酸化されたタウタンパク質が細胞内に凝集・蓄積し、神経原線維変化と呼ばれるタンパク質の塊を形成する。
    ※4 アミロイドβ抗体医薬:アミロイドβを標的とした抗体医薬。初期のアルツハイマー病において、アミロイドβに結合してその蓄積を減少させ、治療効果を発揮するとされている。
    ※5 ポリグルタミン病:特定の遺伝子異常(CAG繰り返し配列の伸長)によりさまざまな神経細胞が徐々に変性・脱落し、運動障害や認知症を来す遺伝性神経変性疾患のグループ。さまざまな脊髄小脳変性症やハンチントン病などが含まれる。本疾患の患者では凝集性の高いタンパク質(ポリグルタミンタンパク質)が合成され、これが細胞内で凝集して毒性を発揮すると考えられている。
    ※6 脳移行性:脳移行性とは、薬や成分が血液から脳に届く能力。脳は「血液脳関門」というバリアで守られており、多くの物質は通過できないが、脳移行性が高い成分はこのバリアを通り抜けて脳内で作用する。
    ※7 化学シャペロン:タンパク質の立体構造を安定化させる作用を持つ化合物の総称。

    【関連リンク】
    医学部 医学科 教授 永井義隆(ナガイヨシタカ)
    https://www.kindai.ac.jp/meikan/2687-nagai-yoshitaka.html

    医学部
    https://www.kindai.ac.jp/medicine/
    ライフサイエンス研究所
    https://www.med.kindai.ac.jp/life/