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報道関係者各位
プレスリリース

2016.09.27 11:30
日本医科大学 衛生学・公衆衛生学

 日本医科大学 衛生学・公衆衛生学(所在地:東京都文京区)は、全国から無作為抽出した9,491名の12歳から18歳の子どもを対象に、親の社会経済状況と抑うつ・不安の関連を調査いたしました。
 その結果、子どもに抑うつ・不安がある割合は、世帯所得が中位の世帯と比べ、下位5分の1の世帯では1.6倍、上位5分の1の世帯では1.3倍高いことがあることが明らかになりました(下グラフ)。また、ひとり親家庭では、両親世帯と比べ、子どもに抑うつ・不安のある割合が1.3倍高いことが示されました。

世帯所得と子どもの抑うつ・不安の関連
世帯所得と子どもの抑うつ・不安の関連

<世帯所得と子どもの抑うつ・不安の関連>
https://www.atpress.ne.jp/releases/112701/img_112701_1.jpg


■背景
 子どもの貧困が社会問題になる昨今、親の社会経済状況(所得、仕事、学歴)が悪いと子どもの健康が悪くなるのではないかと懸念されています。欧米では親の社会経済状況が悪いほど、その子どもが抑うつ・不安状態に陥るリスクが高くなることが多数報告されていますが、わが国ではこれまで同様の報告がありませんでした。


■研究方法
 厚生労働省が全国規模で無作為抽出により実施している、平成19、22、25年国民生活基礎調査に参加した思春期(12-18歳)の子ども9,491名を対象に、親の社会経済状況によって抑うつ・不安を有する割合が異なるかどうかを6年間にわたり経時的に分析しました。


■研究結果のポイント
1.親の社会経済的状況と子どもの抑うつ・不安の関連
 すべての年度のデータを統合し、親の社会経済的状況と子どもの抑うつ・不安(注1)の関連を分析したところ、調査年にかかわらず下記に示すような関連が一貫して見られました(下表)。
・世帯を等価可処分所得(注2)に基づいて均等に5群に分けた場合、中位の世帯と比較して、下位5分の1の世帯では、抑うつ・不安を有する割合が1.6倍高いことが明らかになりました(調整後オッズ比(注3)1.61:95%信頼区間1.27-2.05)。また、上位5分の1の世帯も、抑うつ・不安を有する割合が1.3倍高いことが明らかになりました(調整後オッズ比1.30:95%信頼区間1.03-1.62)。
・世帯構造別に抑うつ・不安を有する割合を比較したところ、ひとり親家庭では、両親世帯と比較して、抑うつ・不安を有する割合が1.4倍高いことが明らかになりました(調整後オッズ比1.36:95%信頼区間1.08-1.70)。

<表 親の社会経済的状況と子どもの抑うつ・不安の関連>
親の社会経済的状況/オッズ比(95%信頼区間)a
<世帯所得(年間の等価可処分所得)>
第5五分位(最も高い):1.30(1.03, 1.62)*
第4五分位     :1.17(0.92, 1.47)
第3五分位     :1.00(基準)
第2五分位     :1.33(1.04, 1.70)*
第1五分位(最も低い):1.61(1.27, 2.05)*
<世帯構造>
両親世帯      :1.00(基準)
ひとり親世帯    :1.32(1.05, 1.66)*
三世代世帯     :1.00(0.82, 1.24)
その他       :1.30(0.71, 2.37)

aここでのオッズ比は性別、年齢、兄弟の数、調査年の影響を補正した値を示しています。

2.世帯所得と子どものストレス状況の関連
・全体で40.7%の子どもが何らかのストレスを抱えていると回答しました。(また、ストレスを感じている子どもの方が抑うつ・不安を有する割合が高い傾向にありました。)

・ストレスを感じていると回答した子どもの中で、世帯所得(等価可処分所得)の5群別にストレスの原因の割合を算出したところ、下位5分の1の世帯では「家族との人間関係」(a)や「家族以外との人間関係」(b)や「家庭の経済状況」(d)にストレスを感じる傾向がありました。一方で、上位5分の1の世帯では「学業」(c)にストレスを感じる傾向がありました(下図)。


<所得5分位別 ストレス原因の割合>
https://www.atpress.ne.jp/releases/112701/att_112701_1.pdf

・また、ストレスを感じていると回答した子どもの中で、悩みの相談状況について分析したところ、下位5分の1の世帯では「相談する人がいない」という回答が多い傾向にありました。


■本研究の示唆、意義
(1) 世帯所得が高くても低くても、子どもの抑うつ・不安の割合が高い傾向にありました。しかし、世帯所得によってストレスの原因や相談状況が異なりました。
・世帯所得が低い場合には人間関係や家庭の経済状況にストレスを感じるものの、相談する相手がいない傾向にありました。
・世帯所得が高い場合には学業にストレスを感じる傾向がありました。
→子どもの抑うつ・不安を予防するためには、世帯所得によってアプローチを変える必要があります。

(2) 世帯構造では、ひとり親世帯の子どもで、抑うつ・不安を有する割合が高い傾向にありました。日本の働くシングルマザーの相対的貧困率はOECD諸国で58%(2008年時点)と最も高いことが報告されており、本研究ではその子どもたちの心の健康に悪影響があることが示唆されました。子どもの抑うつ・不安を予防するために、ひとり親世帯をターゲットとした政策も必要です。


■書籍情報
雑誌名 :Australian&New Zealand Journal of Psychiatry
     (掲載日:2016年8月23日)
タイトル:Socioeconomic disparities in psychological distress in a
     nationally representative sample of Japanese adolescents:
     a time trend study
著者名 :可知 悠子(日本医科大学 衛生学公衆衛生学)
     阿部 彩(首都大学東京 都市教養学部 人文・社会系
         社会学コース 社会福祉学教室)
     安藤 絵美子(東京大学大学院 医学系研究科
           健康科学・看護学専攻)
     川田 智之(日本医科大学 衛生学公衆衛生学)


■謝辞
 本研究は「平成27-29年度科学研究費補助金 基盤研究(C)(15K08573)」の助成を受けています。


■脚注
注1) 抑うつ・不安はk6質問票という国の調査でよく用いられているメンタルヘルスの評価尺度を用いて評価しました。尺度の得点分布は0点から24点までで、高くなるほど抑うつ・不安状態が強いことを示します。本研究では9点以上を抑うつ・不安を有していると定義しました。

注2) 等価可処分所得とは、世帯の可処分所得(収入から税金や社会保険料を引いた実質手取り分の収入)を世帯人数の平方根で割って調整した額のことです。

注3) オッズ比とは、暴露とアウトカムの関連の強さの指標です。本研究では暴露は社会経済的状況、アウトカムは抑うつ・不安を有する割合になります。オッズ比の値が1を超える場合、基準の暴露の人と比べて、評価項目が発生する可能性(オッズ)が高いことを意味します。

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