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報道関係者各位
プレスリリース

2016.06.17 10:30
IEEE

IEEE(アイ・トリプル・イー)は、『ヒューマンインタフェースと脳科学の行方』と題したプレスセミナーを2016年5月25日(水)に東京大手町で開催しました。

講演する土井氏
講演する土井氏

セミナーの前半では、東芝で2014年まで35年以上にわたってヒューマンインタフェースの研究に携わったIEEEフェローで国立研究開発法人 情報通信研究機構 監事の土井 美和子氏に、過去の事例を踏まえて、同分野におけるこれからのテーマを語っていただきました。後半は、脳科学のヒューマンインタフェースへの利用を研究する国立研究開発法人 脳機能解析研究室 副室長の成瀬 康氏に、デモンストレーションを交えて、成果を解説していただきました。


(1) IEEEフェロー 土井 美和子氏(国立研究開発法人 情報通信研究機構 監事)
【ヒューマンインタフェースの行方】
ビッグデータの時代が幕を開け、IoT(モノのインターネット)の活用法が模索されるなか、ヒューマンインタフェースはどうあるべきか。土井氏は、ビッグデータ以前の研究では、人間と機器が接する部分だけを考えてきたと述べました。一例として挙げたのは、土井氏が東芝で開発に携わった機械翻訳エディタです。ディスプレイの左側に英語、右側に日本語を表示させて、視覚的に使いやすくすることが当時のテーマでした。

しかし、これからのヒューマンインタフェースの研究には、多元的な視点が必要になります。土井氏は、自動運転車を例に挙げて、運転手が車両を操作する部分だけではなく、様々な界面(インターフェイス)の研究が進んでいくと見解を示しました。将来的には、他の車両や道路上の機器との間で、交通安全や渋滞緩和に必要な大量のデータが、やりとりされるようになるとのことです。土井氏は、そのような大量のデータの活用を踏まえた上で、例えば、歩行者から見てどの車両が安全なのかを外見で識別できるような、新しい発想のヒューマンインタフェースに期待していると述べました。


(2) 成瀬 康氏(国立研究開発法人 情報通信研究機構 脳機能解析研究室 副室長)
【ユーザビリティーに優れた脳波計の製作】
成瀬氏は、脳波から無意識の言語化できない情報を読み取り、ヒューマンインタフェースに応用する研究を行っています。まず、前段階として取り組んだのが、ユーザビリティーに優れた脳波計の製作でした。これまでは脳波を測ろうとした場合、人間の頭部にジェル状の電導性ペーストを塗らなくてはならなかったため、ひじょうに手間がかかったと言います。そこで成瀬氏は、電極を頭部にフィットさせる伸縮性と可撓性に優れたヘッドギアと、ワイヤレスで計測データを受け取ることができる小型脳波計を開発しました。現在、ヘッドギアは澤村義肢製作所と共同出願中で、小型脳波計は「Polymate Mini AP108」としてミユキ技研より商品化されています。

【無意識を利用したマーケティング調査】
脳波計を使った研究の例として、最初に挙げられたのは、無意識のマーケティング調査への利用でした。脳波にはN400と呼ばれる事象関連電位が存在します。これは、2つの単語を脳が認識した時、意味的な距離が大きいほど強い反応として現れます。成瀬氏によれば“なんでやねん反応”とも、呼ばれているとのことでした。例えば、あるタレントについて「女性らしい」と思うかどうかの質問をされた際、脳が無意識に「そうではない」と反応するほど強く現れます。

タレントのイメージに関するマーケティング調査の実験を行いながら、N400を計測すると、アンケートの回答=「主観評価」と無意識の反応=「脳波評価」との間に、乖離が現れることが確認できたと言います。特に「おもしろい」と思うかどうかという多義性のある質問をした際、タレントによっては、ひじょうに大きく乖離が現れたとのことです。成瀬氏は、この実験について「現在、実際のマーケティング調査にどれだけ使えるのかを企業と共同で検討しており、将来、その結果を皆様にご報告できると思います」と述べました。

【ミスマッチ陰性電位を英語のヒアリング学習法に応用】
次に挙げられた例は、大阪大学との共同研究である脳波を利用した英語のヒアリング学習法です。まず、聴き慣れた音は標準刺激、そこから外れた音は低頻度刺激と呼ぶという、用語の解説がありました。そして、ミスマッチ陰性電位と呼ばれる脳波は、どれだけ標準刺激と低頻度刺激を聴き分けられているかによって、反応の強さが変わるということでした。また、意識の上では違いが聴き分けられていなくても、無意識に反応自体は現れるという、特性も持っているとのことでした。

成瀬氏は、ミスマッチ陰性電位の強さを、円の大きさとして視覚化する装置を開発して、英語のヒアリング学習法に利用しました。例に挙げられた実験は、LとRの発音の聴き分けです。意識の上では聴き分けられなくても、人間の脳の中ではLの発音の方が、ミスマッチ陰性電位の反応が強くなり、その結果として円が大きくなります。

ここで、被験者は発音の違いを聴き分けようとするのではなく、ただ、円を大きくすることに集中します。しばらくして、円を大きくする感覚が掴めてくると、不思議と発音の違いが聴き分けられるようになります。成瀬氏は、この学習法について「自転車に乗る練習のように言語化できる感覚ではないけれど、効果はあります。将来、ゲームに応用することで、楽しみながら英語のヒアリング学習をする時代が、訪れるかもしれません」と述べました。

【聴性定常反応の計測でワークロードを定量化】
最後に挙げられたのは、脳波を利用したワークロードの定量化でした。これは、頭の働きにどれだけ余裕があるのかを、数値化することが狙いです。まず、順繰りにディスプレイに映し出されていく数字が、1つ前に何だったのかを次々に答えていく「1バックテスト」を行いながら、聴性定常反応(ASSR)と呼ばれる脳波を計測します。次に、数字が2つ前に何だったのかを答える「2バックテスト」を行い、同じように脳波を計測します。さらに、最終的には「3バックテスト」を行い、ここでも脳波を計測します。

1、2、3とテストが進行するにつれて頭は疲れていき、その様子が聴性定常反応として数値化されるという、実験の結果が示されました。頭に負荷がかかるほど、聴性定常反応の値は減少していくのです。成瀬氏は、このようにワークロードを定量化することで「どれだけ疲労が溜まっているのかを、客観的に評価することが、できるようになるかもしれません」と述べました。将来的には、労働環境の改善化に応用できる可能性を秘めた研究とのことでした。

そして、全体に関する重要な点を1つ。成瀬氏は、脳波を利用したヒューマンインタフェースを世に出すにあたっては、「怪しい」と思われないために、エビデンスを示すこと重要だと述べました。具体的には、科学的な論文と合わせてピュアレビューを通すことで、学術界のチェックを受けなくてはならないとのことでした。


【IEEEについて】
IEEEは、世界最大の技術専門家の組織であり、人類に恩恵をもたらす技術の進展に貢献しています。160カ国、40万人以上のエンジニアや技術専門会の会員を擁する非営利団体で、論文誌の発行、国際会議の開催、技術標準化などを行うとともに、諸活動を通じて世界中の工学やその他専門技術職のための信用性の高い「声」として役立っています。

IEEEは、電機・電子工学およびコンピューターサイエンス分野における世界の文献の30%を出版、2,000以上の現行標準を策定し、年間1,300を超える国際会議を開催しています。

詳しくは http://www.ieee.org をご覧ください。

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